《参加するすべてのアスリートや彼らを支える関係者のみなさま、番組を楽しみにしている視聴者のみなさまへ向けて、25年の集大成として、感謝と思いを込めて、熱く伝えていきたいと思います》
TBSが1997年から中継をスタートした『世界陸上』。2年に1回行われてきた大会で、18回目となる今年は“陸上の聖地”と呼ばれるアメリカ・オレゴン州ユージーンで7月16日から行われる。そして『世界陸上』といえば、中継がスタートしてからMCを務めてきた、織田裕二の顔を真っ先に思い浮かべる人が多いだろう。
だが今年の大会は織田にとって特別な大会となる。13大会連続で務めてきたMCを今大会で卒業することが発表されたのだ。冒頭のコメントは、自身のMC最後となる大会へ向けた、彼のコメントだ。『世界陸上』の織田といえば“熱さ”と“名(迷)言”がセットになって語られてきた。
「織田裕二さんの『世界陸上』からの卒業というのは、極端に言えば平成の初めくらいから続いてきた、“熱いイケメン”の時代の終焉を感じます」
こう話すのば、週刊女性の連載でもお馴染みの芸能評論家・宝泉薫氏。織田が25年のMCに幕を下ろすということで、宝泉氏とともに、彼の“名(迷)言”を振り返りつつ、その功績に触れていこう。
何やってんだよ、タメ!
「『地球に生まれてよかったー!』は、僕は素晴らしい言葉だと思っているんです」(宝泉氏・以下同)
2007年の大阪大会の男子100m決勝で、ジャマイカのパウエル選手とアメリカのタイソンゲイ選手の走りが見られることについて、織田の口をついた言葉。
「実際のところ、織田さん自身はコメントがそんなに上手い方ではなく、ある種の押しの強さや勢いで勝負するタイプだと僕は思っています。 感動を表すときに使う“生まれて初めて”や“生きている気がする”という言葉と、地球というスケールに組み合わせているのが上手いです」
放送当時は賛否両論、失笑(失礼!)を買ったともいえるコメントだが、宝泉氏は「考えて出たものではなく、おそらく言葉が降りてきたのでしょう」と、賞賛する。また、2003年のパリ大会では、男子100m2次予選で、金メダル候補のアメリカのドラモンド選手がフライングの判定に抗議。トラックに寝っ転がってアピールした際に『事件はパリで起きています!』と叫んだ言葉も印象に残っているひと言。
「上手くはないですが、彼が言うことに意味がありますよね。何せ“本家”ですから。『踊る大捜査線』での功績なので、許してあげたいパターン(笑)。あと、2007年の大阪大会で為末大選手が男子400mハードルで予選落ちした時の『何やってんだよ、タメ』。このコメントは面白い」
この言葉は、ほかの解説者がではなく、織田が言ったことで面白さが出るのだという。
「この言葉を、もう少し競技や放送に対して深みがある人が発すると、いろんな計算が働いていると思いませんか? 決勝に日本人が出てくれないと視聴率が取れないとか、そういう“あざとさ”がチラついてしまう。でも、同じように悔しがるにしても彼は本気で怒っているんですよ。単純に、子どもが自分のことのように悔しがっているのが手にとるようにわかる(笑)。
そういった感情が滲み出ているので、前出のふたつとこのコメントは面白いなと思います」
日本陸上連盟と織田サイドの確執
しかし、「これ以外は、むしろ上手いことを言おうとして失敗しているケースが多い」と、指摘。その最たるものとして2009年のベルリン大会3連覇を狙う、女子棒高跳び金メダル候補のロシアのイシンバエワ選手を見て『ベルリンの壁を超えちゃうわけだ』について、
「“ベルリンの壁”というキーワードも、ベルリン大会だからアリなんだけれど、彼の場合、こういうコメントが似合わないというか……。棒高跳びには非常に使いやすい言葉ですが、考えて出てきた感じがあると、彼らしくないなと。
おそらく、彼は上手く言えたと思ったのでしょう。その後にも男子100mでジャマイカのボルト選手の走りに対して『ベルリンでは早くも記録の壁が崩壊しました』とコメントしています。同じ言葉で“2匹目のドジョウ”を狙うことで、また上手いことを言おうと考えちゃっている感じがします」
何年もMCをやっているうち、自分らしさだけではなく、もっと自分も進化したいという気持ちが強くなったのでは、と宝泉氏は分析する。
そんな中、2013年のモスクワ大会前に日本陸上連盟と織田サイドの確執が報じられた。織田の言動が“不謹慎”だと陸連には映っていたというのだ。その後もMCとして大会に関わっていくのだが……。
「基本的に周囲の人は織田さんのMCぶりを褒めてくれるじゃないですか。山本高広さんにマネされて、多少はイヤだったかもしれませんが(笑)、何回も続けているということは、本人も世間の評判も悪くないのだろうと思いますよね。
陸連と織田さんサイドの間に入ったTBSも“そろそろ、落ち着いたトーンの実況もいいと思います”といった説得をしたのではないでしょうか。ただ、織田さん本人は“言葉の魔術師”のようにコメントができる人ではないので、限界がきちゃったのかなと。それが2015年の女子100m決勝に出場した、ジャマイカのシェリー・アン選手に対する『アニメのラムちゃんを思い出すなぁ……』のコメントになったのでは」
シェリー・アン選手はこのとき、髪の毛を緑色に染めた姿を見せていた。織田は、アニメ『うる星やつら』のヒロインと重ね合わせたのだ。
「この辺りは、本人も熱いボルテージが下がってしまって、なんとなくMCが“接待”になってしまっている気がします」
織田のバトンを受け取るMC
さて、織田が去った後の『世界陸上』だが、宝泉氏はバトンを渡す次のMCについてこう語る。
「難しいでしょうね。1度くらいならやっても、と思う人はいるかもしれない。これまでは織田裕二さんという存在が、テレビ的な意味では1人で番組を背負ってきたと思います。彼がいなくなると、これからの『世界陸上』を放送するTBSはツラいと思いますよ」
16日から10日間、織田裕二の“ラストショー”が始まる。今回、宝泉氏はどんなことを彼に期待するのか?
「感涙にむせぶ、なんて場面があって欲しいですね。ただ今回、アスリートの中に視聴者やMCを魅了する“物語”を持った人がいるのか……。
スポーツの感動は、アスリートが背負った物語から発生するので、そういう流れがないと盛り上がらないですよね」
確かに、日本人で金メダル候補といえるアスリートは報じられていない。もしかしたら、25年のMC人生に幕を下ろす、織田自身の“物語”が涙を呼ぶことになるのかもーー。
取材・文/蒔田稔