新型コロナ対策の規制も徐々に緩和され、今年の夏は「旅行をしよう」と考えている人も多いのでは?
旅に欠かせないものといえばホテルなどの宿泊先。だがそこに“トンデモない”客が滞在していることも……。
「ホテルの備品の電気ケトルでカニをゆでて食べたら4万円の損害賠償を請求された、という内容のニュースが話題になりました。“カニ”以上に非常識ではありませんが、電気ケトルを鍋代わりにしてラーメンやスープのようなものを作っていた宿泊客はいます。とても考えられません」
そう苦笑ぎみに話すのはホテルマンユーチューバーの『安達さん。』。
カップラーメンを買ってきてお湯を注げばいいものを、わざわざ電気ケトルの中で即席ラーメンを作るとは。
清掃スタッフがきれいにするのにかかる手間
「ソーセージや卵をゆでたり、キムチ鍋やしゃぶしゃぶをしていたという強者(つわもの)もいるそうです」(旅行雑誌編集者)
そのため清掃時にふたを開けたら食べ残しや汁、油でギトギトなんてことも……。
「たとえ故障はしなくても、清掃スタッフが内側をきれいにするのには手間も時間もかかるんです」(安達さん。)
どんなに洗っても内側についたにおいが取れなかったり、故障すれば買い替える必要がある。 安達さん。によると電気ケトルは昔からどのホテルの客室にもあったが、それで調理をするトラブルはこれまで聞いたことがなかったという。
ホテル側の損害はほかにもある。調理時に発生した煙が客室内に充満。クロスやリネンににおいがついてしまうと、業務用の洗浄機を駆使しても脱臭に1日以上かかることもあるので改善しないこともある。クロス自体を張り替えないといけないケースもあるという。
ホテル側から損害賠償請求をされる可能性も
被害がひどい場合には電気ケトルの間違った使い方をした宿泊客に対し、次の宿泊客から得られるはずだった宿泊費分を請求したり、部屋の修繕費や損害賠償の支払いを求めることは十分にある。
旅館やホテル事情に詳しい佐山洸二郎弁護士が説明する。
「刑事、民事、両方の対象になります。民事では当該の電気ケトルで普通にお湯を沸かせなくなったり、部屋に異臭がついてしまった場合、宿泊施設側から電気ケトルの弁償代や部屋のクリーニングなどの損害賠償を請求される可能性があります」
さらに佐山弁護士は「そこまで成立した事例はまれだと思います。あくまでも理屈上の話」と前置きをしたうえで刑事罰を受ける可能性も示唆。
「通常の用法で使えなくなると、刑法上の器物損壊罪が成立する可能性はあります。それに変な使い方をして異臭を発生させ部屋が使えなくなってしまったり、数日間クリーニングをするため、その期間にほかの宿泊客を受け入れられないことになれば業務妨害罪が成立する可能性もあるとみられます」
たかが電気ケトルの調理くらいで、と思っていると重い罰を受ける可能性もあるのだ。
「間違った行為によってホテル側から損害賠償請求をされることのほうが現実的にありうる話なんです」(佐山弁護士)
さらに危険なのは卓上コンロを持ち込んで自炊をする客。「卓上コンロは火器。一歩間違えれば火災が起きる危険がありますし、煙で客室内のスプリンクラーが作動します」(安達さん。、以下同)
当該の部屋だけでなく、同じフロアは水浸しになる。全館に非常ベルが鳴り響き、避難を呼びかけるアナウンスまでされてパニック状態に。
「営業に関わる損害賠償は当該の宿泊客に請求されます。ちょっと料理をしようと思った、という軽い気持ちでは取り返しがつかないことになるかもしれません」
ただし、電気ケトルでの調理に限らず突拍子もない行動をする客は多いのだ。
「厄介なのは酔っ払いによる嘔吐です……。ですが室内の場合、よほどひどい状態でない限りホテル側で処理をして請求はされないケースが多いのですが……」
過去に安達さん。が遭遇したケースは想像を絶した。
「部屋で飲酒して、気持ち悪くなって客室内で嘔吐。そのあと、なぜか部屋から出てしまい、廊下やエレベーターホールも汚し、倒れていたんです。周辺はとても見るに堪えない状態……ほかのお客様にとっても不快だし、ホテルもダメージでしかない」
業者を呼んで清掃したというが汚れやにおいはなかなか取れず、すぐには部屋を貸し出すことができなかったそう。
バスローブやカーテン、客室のテレビまで持って帰った客も
中には吐しゃ物からノロウイルスなどに感染するリスクもある。安達さん。自身も嘔吐した宿泊客の後始末をした際、ノロウイルスに感染した経験もあった。
さらに最近、業界関係者を悩ませるのは『バズり』目的のSNS投稿だ。
「ある若者たちは宿泊先のホテルで即席ラーメンを作ったのですが、器がなかったため浴室の洗面ボウルを器代わりにしてラーメンを食べていた様子をSNSに投稿し、炎上していました」(前出・旅行雑誌編集者)
こんな行為はありえないレベル、と安達さん。は憤る。
「ホテル側もほかの客に迷惑になるので絶対にやめてほしい。宿泊先でトンデモないことをしでかした人たちの情報がSNSで拡散され、まねをする人が出てきてしまうことを危惧しています。安心安全を提供するのがホテルなのでこうしたことをされるのはデメリットでしかないんです」(安達さん。以下同)
ほかにも安達さん。らホテルマンをあ然とさせたのは『なんでも持って帰ってしまう客』。バスローブやカーテン、客室のテレビまで持って帰ってしまった人もいたとか……。
「注意すると普通に謝ってくれるんです。宿泊マナーを知らなかったり、あまり深く考えずにその場のノリでやってしまった、という感覚なのでしょうか……」
前出の佐山弁護士も注意を呼びかける。
「これから夏休みです。家族旅行やお子さんが友達との旅行を考えていたら親御さんからひと言、注意を呼びかけていただきたい。ホテルの部屋で子どもが間違った過ごし方をして家族が法的な責任を負ったり、損害賠償を支払うという可能性もあります。顧客側には“お客さんは神様です”という意識が根強い場合がありますが、悪質な行為をしたり、不当な要求をした場合、ホテル側が宿泊を断ったり、最悪、訴訟に発展する可能性もあります」
「お金を払っているから何をやってもいい」という安易な考えは当然、通用しない。
「宿泊トラブルでの訴訟や表沙汰になっているものはほんの氷山の一角です。宿泊客自身の身を守るためにもきちんとルールは確認し、気になることがあれば宿泊施設と事前に相談するのが大切」(佐山弁護士)
せっかくの旅行。苦い思い出にならないように振る舞うことが求められている。
【取材先紹介】
●佐山洸二郎弁護士 神奈川県弁護士会、横浜パートナー法律事務所所属。ホテル・旅館業界に詳しく、トラブル予防や解決などにも尽力。そのほか労働問題などにも詳しい。
●ホテルマン 安達さん。 関東や関西などの宿泊施設で10年以上勤務。現在は現役ホテルマンユーチューバーとしてレビューなどを発信する『ホテルマン「安達さん。」』を配信