映画界などで告発が相次いだことを発端に、性暴力への社会的な関心が高まっている。一方で見過ごされてきたのが、男性が受ける性暴力だ。
女性よりも表面化しにくい「男性の性被害」
「性被害に遭うのは女性だけ」「男性なら抵抗できるはず」といった偏見が根強く残り、被害を訴えづらい実情がある。
そうした中、厚生労働省は本年度から、男性・男児の性被害の実態調査を始める。被害者の性別に関係なく調査をする「DV・性暴力被害者の医療と連携した支援体制の構築のための研究」の中での取り組み。
男性の性被害に関する本格的な実態把握は初めて。医療機関での支援体制について、検討を進めていく。
男性の性被害は、女性の性被害に比べて多くはない。それゆえに表面化しにくい。
警察庁の「刑法犯に関する統計資料」によると、「強制性交等」の男性被害者は、17年が1.4%(女性被害者は98.6%)、18年が4.3%(同・95.7%)、19年は3.6%(同・96.4%)、2020年は5.4%(同・94.6%)。
増加傾向にあるが、女性に比べればごく少数だ。また、「強制わいせつ」に関しても男性被害者の場合、過去10年で3~4%台の推移に留まる。
ただ、これらは警察が認知した数に過ぎない。加えて、17年に改正刑法が施行されるまで、「強制性交等」の被害対象に男性は含まれていなかった。
性犯罪は統計では把握されない暗数が多く、かつ男性の場合、女性よりも被害を訴えにくいのが現実だ。そのため、実態が把握されにくい。被害にあった当事者自身、性暴力であると自覚しづらいことも珍しくない。
佐々木洋太さん(仮名=40代)は小学校4年のとき、担任から「指導」を受けた。理科の時間に虫眼鏡を使った観察をする授業があり、そのとき太陽の光を当てて、副読本を焦がした。授業中には何も言われなかったが、次の授業が始まるとき、注意された。
「怒られたというよりは、“よくないことだから指導をする。前に出てこい”と言われました」(佐々木さん、以下同)
当時、クラスの人数は30人程度。洋太さんは教壇の近くまで行き、クラスメイトに対して背を向ける形で立っていた。そこで担任は「ズボンを下ろせ」と言った。
洋太さんは言われるままに、自分でズボンを下ろした。すると担任は、下着の上から洋太さんの性器の部分を揉んだ。
クラスメイトの前で担任から受けた「指導」の衝撃
「“悪いことをすると、こういう目にあうんだ”と思いました。クラスメイトも見ていたと思います。異様でした。怖いので、声が震えて、声にならないような感じでした」
衆人環視の中で、担任からされた性被害。洋太さんは何も言えず、口が乾くだけだった。
「(指導をすると)大きい声で言われたわけではないので、クラス全員に聞こえたわけではないと思います。しかし、前列の何人かには聞こえたと思います。あのときの記憶が頭をめぐっています。今から考えれば、そんなこと、拒否すればいい。しかし、当時の僕には到底無理な話でした」
しばらくすると、担任は「(席に)戻っていい」と言った。洋太さんは自分でズボンを上げて、席に戻り、授業が再開された。何事もなかったかのように時が過ぎた。
ほかの児童からは何か言われてもおかしくはない状況だが、何をされたのか、誰も洋太さんに尋ねることはなかった。
「ほんと、気持ち悪い出来事でした。それを理由にいじめられたりするなら、まだ理解はできます。しかし、僕のされた出来事に触れる子はいませんでした。見なかったことにしたのかもしれない。話題にしてはいけない雰囲気だったんです。誰もそのことを話さないし、噂にもなりませんでした」
話題にもならなかった理由のひとつは、体罰をする担任だったせいもある。授業と授業の合間の休み時間は、外に出て遊ばないといけないという指導がされていた。
あるとき、洋太さんは遊ぶためのボールを忘れて教室に戻り、担任と鉢合わせした。すると、担任から「なんでここにいるんだ」と言われ、殴られた経験がある。こうした体罰の一環として、性暴力があったとも言える。
洋太さんにとって、「指導」を受けた衝撃はその後も引きずった。他人に打ち明けることができたのは、大学4年生になってからだ。
「当初は衝撃的すぎて相談できませんでした。それでも中高生のときは、なんとか登校したんです。大学生になると、精神的なつらさから気持ちの整理が難しくなり、学業不振に陥ってしまった。研究室へ行けなくなりました」
そのため、大学の保健室に行くようになり、たまたま相談ができた。担当者は「よく自分に話をしてくれたね」と言って泣いてくれた。
被害体験から生じた不安はあったが、我慢することで自分を保っていた洋太さんは、「話すことで整理をつけることができました」と振り返る。
「性暴力によって自分の心が歪められたというよりは、ちゃんと処置をしてもらわなかったことへの怒りがありました。“男性でも性被害はある”と言い続けていかないと、すぐ忘れられます」
いじめの延長で受けた性暴力
安田徹さん(仮名=40代)は5年ほど前から、性別や性的指向を問わない性被害について、当事者の話を聞く勉強会を重ねている。男性の参加者も多く、会はすでに20回を数える。
厚労省が実態調査をすることについて、安田さんはこう話す。
「正直、すごく遅いなと思っています。17年の刑法改正のときに、強姦罪から強制性交等罪となり、被害対象に男性も含まれました。そのときに調査してほしかったです。ただ、国もやっと重い腰を上げてくれたので、このきっかけを大切にしてほしい」
安田さんが被害に遭った場所も学校だった。小学生のときから高校生までいじめを受け、その延長で性被害に遭った。小学校高学年のとき、ズボンとパンツを脱がされた。
中学に進学してからも、小学校時代の加害者の大半が一緒。いじめは続き、ゴキブリや昆虫を食わされたり、便器に顔を押し付けられたりした。担任は気がつかないふりをして、止めようともしなかった。先輩からもいじめられた。
あるとき、男性の先輩の1人から呼び出された。
「2人きりの状況で、裸にされて、先輩の男性器を口に含まされ、首を絞めながらお尻をレイプされました。先輩が卒業するまで呼び出されました」(安田さん、以下同)
その後、被害はエスカレートしていく。教室内で自慰行為を強制された。加害者の女子生徒の1人が言い出したことで、集団リンチの中で自慰行為をさせられたこともある。
また、別の女子生徒の発案で、自慰行為中、男性器にカッターを突きつけられた。「早く射精しないと切り落とすよ」と笑っている姿は恐怖だったという。
「いじめ被害の自覚はあったので、いじめに関する集会やイベントで体験を話していました。21歳のときに、“それって性暴力じゃない?”と指摘する人が出てきました。そのため、自分は“性暴力の被害者”なんだと考えるようになったんです。そこで医療機関を勧められました」
“男性の性被害は対応がわからない”と言われて
インターネットが普及していない時代。心療内科を中心に自分で調べて、診察をしてもらった。
「約30か所に行きました。しかし、どこもしっくりくるところはありませんでした。“男性の性被害は(対応が)わからない”と言われて、断られたこともあります。“気にしないことだ”と言う医療者もいました。
睡眠や食事、記憶の混乱など、被害の影響について聞かれて、淡々と答えたせいかもしれません。その後、人前で被害を語る機会を積極的に作っていきましたが、人に話すことで少しずつ気持ちの整理ができました。
本来なら、被害にあっている中1のときに助けてくれる大人がいればよかった。でも、当時は誰かに相談することなど思いつかなかったんです」
こうした経験を踏まえて、安田さんは勉強会で積み重ねたデータも含め、性別や性的志向を問わない性被害の実態状況について厚労省への申し入れを検討中だ。
厚労省調査と類似の調査をした団体もある。自殺を考えている人に対するインターネットでの相談活動をしているNPO法人『OVA』だ。
性暴力を含むDV被害について、配偶者や親密なパートナーから被害を受けた20歳以上の人を対象に調査した。21年12月、「性を問わないDV被害に関する実態調査と新しい相談体制の検討」をまとめた。
調査の動機について、伊藤次郎代表はこう話す。
「(新型コロナウィルスの感染拡大による)緊急事態宣言が出される直前のころ、家庭内の暴力被害が目立つようになりました。被害者の多くは女性です。
しかし、激増とまではいいませんが、男性の被害相談も増えたんです。かなり重篤な相談もありました。男性被害者はなかなか注目されません。被害者の性別を問わないで支援する重要性が、相談の現場から出てきました」
DVの中で起こる男性の性被害の実態
伊藤代表らの調査では、被害内容を表す選択肢の中に「気が進まないのにパートナーから性的な行為を強いられる」という項目がある。
「よくある」「たまにある」を加えると、男性から女性の被害は4割弱。女性から男性の被害は2割強。女性に比べて少ないとはいえ、男性も性的なDV被害に遭っていることがわかる。
「女性が被害者の場合、緊急避妊などの知識がないと対応できません。一方、男性は離婚や裁判などに向けた法的サポートを求める傾向が強い。
性暴力支援のあり方を研究し、大人支援を行う側の育成をし、受け皿を強化していくことが必要です」(伊藤代表、以下同)
また同調査では、男性から女性への被害、男性から男性への被害といった性別の組み合わせのほか、地域によっても暴力の内容が変わることが明らかになっている。
しかし、具体的な相談窓口を知っている人は少なかった。望ましい相談体制については、順に「メール」、「電話」、「対面」、「LINE」を選ぶ人が多かった。
「夫婦やパートナー間で生じる性暴力のほか、男性同士の間での被害もあります。男性と女性とでは、同じ被害者であっても性暴力への対処の仕方が異なります。
女性の場合、身近な人に相談する傾向がある一方、男性は公的窓口に相談するケースが多い。そうしたニーズに応じた相談支援を行うことが重要です。まずは、男性も性暴力被害を受けることがあると発信していきたいです」
厚労省の母子保健課は「配偶者やパートナーに限定することなく、また、男性を含め性別にかかわりなく、性被害の実態調査をします。その上で、性被害者が医療機関を訪れたときにどうすべきかを把握し、支援体制を作っていきたい」としている。
本格的な実態調査をきっかけに、これまで見過ごされてきた男性被害者への支援が求められている。
取材・文/渋井哲也
ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。自殺、自傷、いじめ、虐待など、生きづらさをめぐる問題を中心に取材を重ねている。新著『ルポ自殺:生きづらさの先にあるのか』(河出新書)が8月に発売予定