高齢社会の影響により、“70歳リタイア”時代に突入。しかし、さらに時代の先を行くパワフルなシニアが増えている。70代で新しいチャレンジをスタートさせ、卒寿目前の今も現役で活躍中の3人にそのパワーの源を聞いた。
87歳のヘルパー「五体満足なら頑張らないと」
87歳のヘルパー・千福幸子さんは、介護の現場で“老老介護”を明るくこなす。千福さんが介護業界に入ることを決めたのは70歳を過ぎたころ、きっかけは夫の介護だった。
「当時はその年齢で働こうなんて人はいませんでしたから、仕事探しに役所に行っても『年が行きすぎている』という反応でしたね」
しかし周囲の声を気にすることなく資格の勉強を続け、73歳で旧ヘルパー2級に合格。ヘルパーとして働き始める。さらに76歳で介護福祉士、80歳でケアマネジャーの試験にいずれも一発合格。常に歩を前に進めながら、この15年間、体調不良で仕事を休んだことは一度もない。
「最初は年をとりすぎていると言われたけど、もう時代も変わりました。利用者さんと年齢が近いからこそ、心に寄り添えることもあります」
仕事で大事にしているのは“笑い”。千福さんだからこそ言える強烈なツッコミで利用者を笑顔にさせる。
「今まで贅沢なものを食べすぎてツケがきたと後悔している透析患者さんとは『私は貧しいものばかり食べてたから元気よ』『自業自得や』なんて言い合って笑っています。病院へ行く毎日は退屈でしょ。せめて私といる時間くらいは笑顔でいてほしいんです」
これまでは「100歳まで現役で」と仕事を続けてきたが、最近は心境に変化も。
「今お世話している方の利用が終わったら、私も潮時かなと思うこともあります。新しく利用する方も、90歳近いヘルパーが来たら、びっくりするでしょう」だからといって簡単に引退する気もない。
「利用者さんには『私を無職にしないためにも、頑張って生きてもらわんと!』と言ってます(笑)。五体満足な私はもっと頑張らな、とも思います」
持ち前の行動力で、終活からも目を背けない。
「遺すお金はないけれど、借金も残さないからねと子どもたちには伝えてあります」
“70歳過ぎたら、おつりの人生”と千福さん。その日暮らせるだけの収入と口に合う食事、日本酒があれば満足だ。
88歳で始めたアラ卒YouTuber「“年だから”は使わない」
小林まさるさんが料理の世界に足を踏み入れたのは70歳のとき。義理の娘であり、人気料理家の小林まさみさんのアシスタントをしたのがきっかけだ。78歳で自身初のレシピ本を出版、89歳の現在も精力的に活動を続けている。
「俺は『年だから』って言い訳するのが嫌い。何歳からでもチャンスはあるよ」
“面白そうだと思ったら、まずは飛び込んでみる”がモットー。昨年は88歳の記念に『小林まさる88チャンネル』でYouTuberデビューも果たした。趣味の釣りや健康の秘訣など、89歳の今を動画で伝えている。
「YouTubeなんてまったく知らなかったけど、俺の場合、後ろに棺桶が見えてるから(笑)。いくばくもない時間、立ち止まる時間がもったいないと思って始めたんだ。“自分の記録を遺したい”という気持ちもあったかな」
YouTubeでは、自身の戦争体験も語っている。
「戦争中に死を覚悟した経験があるせいか、怖いものはない。だからこそ生きてる今、なんでもやろうって気持ちにつながっているのかもしれないね」
前向きな小林さんの姿に、視聴者からは『癒される』『親にも見せたい』という声も多い。その元気の秘訣は、お風呂体操だ。
「湯船に浸かりながら、肩を伸ばしたり腕をグルグル回したり、ストレッチ。かれこれ50年近くやっているよ」
三日坊主になりがちな運動も「毎日入るお風呂とセットにして習慣づける」のがまさる流。片道20分かかるスーパーへの買い出しや犬の散歩も日課。気づけば1万歩は歩いているというから、体力も若者に負けていない。
YouTubeの次なる目標は?
「同世代の人たちを集めて、まさるの料理教室なんてやってみたい。料理には終わりがないから、面白いアイデアは尽きないよ。残りの人生にチャレンジの機会をくれた息子夫婦には感謝しかないね」
100kmウォークを何度も走破「挑戦できることにワクワクする」
24時間以上、不眠不休で歩き続ける100kmウォークに挑戦する森田馨さんは87歳。
「40代後半で夫に誘われて走り始めたのがきっかけ。当時は女性の市民ランナーは少なく、気が進まずに泣きながら隠れるように走っていました」
それでも走ることを続け、フルマラソンには20回以上出場、北海道サロマ湖で開催された100kmマラソンも完走した経験がある。そこからウォーキングに転向したのは75歳のときだ。
「年をとると、万が一の転倒で歩けなくなることもあります。若いころとは違うから、絶対にケガをしてはいけないと思って走るのをやめました」
かわりに始めたのがウォーキングだった。2019年には、84歳で100kmウォークに初挑戦し見事踏破。
「100kmマラソンに比べると、年のせいかしんどかったですね。でも沿道には夜中まで応援してくれる人がいて、温かさに涙が出ました」
マラソンを続けていたころに、描いていた夢がある。
「京都まで走っていこうと思っていました。30kmくらい走ったら休憩しつつ。でも今はもう走れないので、電車で京都までひとり旅したいですね」
終活はまだ考えていない。なぜなら次の挑戦がすでに決まっているからだ。
「11月にある100kmウォークに挑戦する予定です。今年の5月も出場したのですが、靴ずれのため56km地点でリタイア。また挑戦できることに、今からワクワクします」
しかし絶対に完歩しなければ、という気負いはない。
「みんなと一緒にスタートできるだけでうれしい。私の友達、みんな若いんですよ(笑)」
〈取材・文/中村未来〉