「海外の選手もあんなガッツリ(入れ墨を)入れてて、日本(人)だけ入れ墨でリングに上がるのはダメって……。時代も変わってるし、そんなもんどうでもいいだろって思うんだよ」
そう話すのは、元プロボクサーの大嶋宏成さん(47)。元祖“入れ墨ボクサー”だ。語ったのは、入れ墨ボクサーとして後輩にあたる井岡一翔について。彼は7月13日に行われた防衛戦に勝利した。
大嶋さんは'97年にプロデビュー。翌'98年にはライト級全日本新人王を獲得している。チャンピオンになることは叶わなかったが、'00年の日本ライト級王者に挑戦した試合は、後楽園ホールの入場者レコードを塗り替えた。大嶋さんのその人気の一因は、“入れ墨ボクサー”という彼のストーリーにあった。
“入れ墨を消すこと”を条件にプロテストの受験を認められ
大嶋さんは中学を卒業後、暴力団の構成員に。当時、胸と両腕に入れ墨を彫った。その後、紆余曲折を経て、ボクサーだった父親の影響もあり、プロボクサーを目指した。だが“入れ墨”を理由に、数多くのボクシングジムに入門を断られた。唯一受け入れてくれたのが『輪島スポーツジム』だった。日本のプロボクシングを統轄するJBC(日本ボクシングコミッション)は、“入れ墨を消すこと”を条件にプロテストの受験を認めた。
“元祖入れ墨ボクサー”とし人気を博し、盟友である畑山隆則と共に『ガチンコファイトクラブ』(‘02年放送、TBS系)にも講師として出演。さまざまな面で物議を醸した井岡vsドニー・ニエテス戦をどう見たのか。
「技術うんぬんを俺がどうの言える立場じゃないけど、井岡選手は勇敢でね、穴のないさまざまな能力を兼ね備えたチャンピオンですから。すごく良かったと思う。'18年にニエテスに負けた前回よりすごく良かったですね」(大嶋さん、以下同)
井岡の試合が行われると必ずといっていいほど、“入れ墨”が話題に上がる。JBCが定めたルールとして、「入れ墨など観客に不快の念を与える風体の者」は試合に出場できないためだ。この試合も井岡はファンデーションで入れ墨を隠して臨んだ。
「俺は別にボクサーが入れててもいいと思うんだよ。ただ、1つひっかかるのは、チャンピオンは、世界チャンピオンになってから入れている。チャンピオンになってから入れたってのはひっかかるところ」
ボクシング人気が落とした“考えの古さ”
大嶋さんは前出のとおり、プロになる前に入れ墨を入れており、プロになるためには入れ墨を消さなければならなかった。皮膚を移植する6〜7時間にも及んだ手術で入れ墨を消した。それは“のたうち回りたい”ほどの痛みを伴うものだった。
「俺は(プロ試験を受けるうえで)前もってそう言われたから消した。(当時暴力団に所属いていた自分の入れ墨と異なり)別に今はファッションとして入れてる入れ墨だから、全然いいと思う。日本もやっぱり変えていかなくちゃなんないと思う。もう入れ墨があってもいいし、自由に好き勝手に、自分の身体なんだから。カッコよくて」
JBCが大嶋さんの入れ墨を拒んだのは'90年代のこと。'20年代に入ってもその規定は変わっていない。
日本では'90年代以降、『K-1』や総合格闘技など、さまざまな格闘技イベントが生まれた。そこには入れ墨のある選手もおり、亡くなった山本“KID”徳郁さんなどはその激しい格闘スタイルだけでなく、入れ墨を含めた“ファッション性”も人気の一因だったといえる。
「ボクシングの人気が落ちているのは、やっぱり演出もそうだし、考え方が古いのよ。変わらないと」
今回、入れ墨で物議を醸したのは井岡だけではない。対戦相手のニエテスにも腕や胸に入れ墨があった。しかし、ライバルはそれを隠しておらず、“不公平”という声が上がったのだ。
「海外で戦ってる選手が日本に来たからって、“日本はダメです”なんて言えない。そんな入れ墨が入った海外選手、いっぱいいるんだから。いつまでも古臭いことやってないで、そんな時代じゃないんだって」
「みんながおかしいと言うルールは変えなきゃいけない」
JBCは前出のとおり“ルール”で入れ墨を禁止しているが、大嶋さんがプロになる際は、実はそのルールはなかった。
「事例がなかったから。入れ墨は俺が初めてで。事例が無かったからアタフタしたんじゃないの? コミッションに入れ墨を見せたときは“胸の部分を落とせば”って。たぶんそう言ったら諦めるだろうと思ったんだろうね。でも俺が消しちゃったもんだからダメと言えなくなっちゃったというね。俺の時代と今の時代は違うじゃん?
こういう問題が今も起きている以上、それが話題になってる以上、変えなくちゃいけないよね。だってみんなおかしいって言ってんだから。(ルールを変更することが)難しいだのなんだじゃなくて、変えなきゃいけないよ」
ちなみに、“元祖”はニエテスの入れ墨について……。
「テレビで見てたけど、(相手に入れ墨が入ってたことは)俺気づかなかったんだ(笑)。(入れ墨がどうとか)そういう目で見てなかったから」
新たな入れ墨ボクサーがリングに上がる日はいつかくるか。