ますます盛り上がる「卵サンド」の流行。人気の卵サンドの進化をたどります(撮影:今井 康一/東洋経済オンライン)

 数年前から続く卵サンドの流行が、最近ますます盛り上がっている。

 ゆで卵をつぶしてマヨネーズであえたおなじみの卵サンドもあれば、卵焼きを挟んだ和風テイスト、オムレツサンド、ベーコンやレタスなどと一緒に挟むなど、さまざまな卵サンドが人気を博している。日本生まれのものだけでなく、アメリカから上陸したサンドイッチも、最近では韓国ブランドの店もある。韓国でも卵サンドは流行中だ。

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 提供する店は、喫茶店やパン屋だけにとどまらず、卵料理専門店や卵サンド専門店まで登場し、流行は全国に広がっている。いったいなぜ、卵サンドの流行が過熱しているのだろうか。

「火付け役」になった卵サンドは?

 火付け役とされるのは、東京・麻布十番にある甘味処で、夜はお好み焼きや一品料理も出す「天のや」。ランチタイムとテイクアウトが中心で、だし巻き卵の「玉子サンド」を店内で1人前1050円(テイクアウトは1125円)で販売している。

 メニュー数が多い同店では、日によって卵サンドを仕込む数は違うが、テイクアウトの予約だけで60~70人分程度は日常的に作っているという。これまで最も多く作ったのは、ハーフサイズ400人分の大口予約を受けたときで、「店を閉め、徹夜で1日半仕込みにかかりました」と天野博湖(ひろこ)社長は言う。

 同店における卵サンドのブームは、2014年7月に『行列のできる法律相談所』で芸能人のおもたせグルメのナンバー1になってから始まる。2016年ぐらいまで「長い行列ができて、店が回らないので12時に開店した後、早めの13時半に閉めざるをえなかったほどでした。並んでいる人のうち、3分の2は帰っていただくしかありませんでした。中国や韓国からのお客さんもすごく多かったです」と天野社長。

(撮影:今井 康一/東洋経済オンライン)

『探偵!ナイトスクープ』でも、同店の卵サンドが紹介されている。

  天野社長は「テレビ朝日さんは近所ですし、TBSさんも近い。フジテレビも遠くない。テレビ局が近いため、麻布十番では芸能人が職場に差し入れする、舞台の楽屋に差し入れするという使われ方をする店がもともと多いんです。芸能人は舌が肥えているイメージもありますし、そうしたおもたせの卵サンドとして、口コミから広がったことが、人気のきっかけだったと思います」と分析する。

甘味処になぜ「玉子サンド」が生まれたのか

 1927年に大阪市で創業した同店は、希少な丹波の大納言小豆を使ったあんこのおいしさで知られていた。卵サンドを販売し始めたのは戦後。「初代の頃から、雑炊や雑煮を食事メニューとして出していたので、前日から漬けた昆布とカツオのだしを仕込んでいました。おにぎりと漬物、だし巻き卵の軽食も販売し、それとは別にミックスサンドも作っていました。そこから、だし巻き卵をサンドイッチにしたらどうかとアイデアが生まれ、試作段階では三つ葉やニンジンを入れたりもしたようです」(天野社長)。

 高度経済成長期には、難波で観劇をする際のお供に卵サンドの人気が高くなる。2000年に日本経済新聞で大きく同店の卵サンドが取り上げられ、2002年に東京に移転してからは、「あんこがおいしい甘味処」というより「卵サンドの店」として認識されるようになったという。

 卵サンドの人気ぶりを受け、デパ地下などの商業ビルを始め、韓国や中国からも出店オファーが来るなど、ビジネス拡大の勧誘は多いが断っている。何しろ、天のやの「玉子サンド」は手がかかる。

 昆布でだしを取ることから始め、奥久慈卵を使って火入れの温度管理に気をつけながら、じっくり焼く。型崩れしないほどの硬さは保ちつつ、口に入れた食感はフルフルの柔らかさ。辛子のアクセントが効いていて、シンプルな薄味なのに食べ飽きない。

(撮影:今井 康一/東洋経済オンライン)

「卵焼きとパンの食感が口の中で一体になる」(天野社長)バランスにしている。予約販売の際は、あらかじめ受け取り時間を確認してから直前に作るようにしているという。防腐剤などの食品添加物は使わない。天のやは、『ミシュランガイド東京』で2015年版から毎年、お好み焼き店として、カジュアルに食べられるビブグルマンのカテゴリーで選ばれ続けている。

京都にある「伝説」の卵サンド

 ブームの前にも注目されていた卵サンドがあった。それは京都で閉店した老舗洋食店「コロナ」のオムレツサンドを、2013年に継承した喫茶店「マドラグ」。後継ぎでない人が味を継承した、という話題性もあって、数年ほどメディアでその店や、京都の分厚い卵焼きもしくはオムレツのサンドイッチがくり返し紹介された。同じ頃、具材がパンの厚みの何倍も入るボリュームサンドがはやっていた。

 サンドイッチの流行はその後も、ホットサンド、フルーツサンドなどと形を変えて続いており、その中の1つだった卵サンドが近年存在感を増している、という流れが要因の1つとしてある。

 一部の店では分厚い卵焼きやオムレツを挟んだサンドイッチが人気だったとはいえ、基本的に関西でも、そして全国的にも、日本の卵サンドは長らく、ゆで卵をつぶしてマヨネーズであえたものが主流だった。卵サンドについて最も古いと思われる記述の1つは、1909(明治42)年刊行の『弦齋夫人の料理談 第二編』で、ゆで卵を裏ごしして、バターと辛子と塩を加えて練ったレシピが紹介されている。

 それがやがてゆで卵をつぶす簡略系が広がり、今やさまざまなバリエーションに広がっている。天野社長は「卵は、和食でもイタリアンでもフレンチでも中華でも、必ず登場するじゃないですか。フレンチのソースなど、『これが卵?』と思うほど変形させることもあるし、硬さもいろいろある。自由自在に変形させられる食材」であることが、人気の要因ではないかと話す。

 定番と異なる卵サンドが知られるようになり、卵の変幻自在な性質が再発見されて、独自のレシピで売り出す店が増えたことが、流行につながったと考えられる。

 また、日本人は卵好きで知られる。肉食禁止の風潮がとくに強かった江戸時代に、卵料理は広まった。もしかすると、タンパク源として貴重だったことが卵食人気につながったのかもしれない。

どこか温かみがある味わいに癒やされる?

 肉食が当たり前になった今も人気なのは、どこか素朴で温かみのある味わいが要因ではないか。コロナ前から硬めプリンも流行し、卵は最近人気が高い食材の1つと言える。

 終わらないコロナ禍と、新たに始まったウクライナ戦争、そして迫りくるインフレ時代。不安材料がたくさんあるせいか、昔ながらの定番料理が装い新たにはやることが最近は多い。ドーナツ、ギョウザ、カレー。

 あるいは、外国由来の新しい料理やスイーツが次々にはやることに疲れている人や抵抗感がある人も、懐かしグルメのバージョンアップなら手を伸ばしやすいのかもしれない。卵サンドに求められているのは、そうした安心感なのではないだろうか。


阿古 真理(あこ まり)Mari Aco
作家・生活史研究家
1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。写真(c)植田真紗美