「母の認知症が進み、介護費用がかさむようになりました。そこで銀行で事情を話し、母の口座から介護費を引き出そうとしたんです。すると窓口で“法定後見人を立てて、その後見人が手続きしないと、お金をおろすことはできない”と言われて……」
そう話すのは50代主婦のAさん。仕方なく家庭裁判所で法定後見人を選んでもらう手続きをしたところ、自分たち家族ではなく、弁護士が後見人に指名された。
後見制度で相談しに来るのは女性が8割
「すると、後見人になった弁護士が、母を別の施設に勝手に移し、私たちに居場所を教えようとしないのです。お金をどう使っているのかも“お母様のお金だから”と教えてくれません」
手数料はかさむけど、弁護士なら大丈夫だろうと安心していたのに……と、Aさんは肩を落とす。
「こうした後見人をめぐるトラブルが全国で頻発しています。これまで1000件以上に遭遇し、その対応をサポートしてきましたが、問題を起こしている弁護士や司法書士といった専門職はもちろん、後見制度を取り巻く家裁や行政のありようには、ほとほとあきれるばかりです」
そう憤るのは、一般社団法人『後見の杜』代表の宮内康二さんだ。成年後見制度をめぐるトラブルの実態を新著『成年後見制度の落とし穴』(青志社)にまとめ、問題を世に問うている。
「うちの親はまだ元気だし、私には関係ないかな」などと油断するなかれ。
「認知症の人は2022年現在、約600万人いるとされています。知的障害や精神障害のある人は計500万人。このように何らかのサポートが必要な人は、計1000万人以上に上ります。後見の問題は認知症などを患う本人だけでなく、生活を見守り支えている家族─主に娘や母親たちにも関わること。私たちのところへ、後見制度をめぐるトラブルやストレスで相談に見える方の8割は女性です」(宮内さん、以下同)
そもそも「後見人」とは何か。これは、認知症や知的障害、精神障害などによって、財産の管理や契約などをひとりで行うことに不安がある人を法的にサポート(後見)する人を指す。2000年に誕生した成年後見制度に基づいて決められ、判断力が十分でない人が、本人に不利な契約を結んだりしないようにするのが目的だ。
成年後見の方法は、大きく分けて2種類。1つは、本人に十分な判断力があるうちに、誰にどんなサポートをしてほしいか自分で指定できる「任意後見」。もう1つが、本人の判断力が失われたあとに、家裁が後見人を選ぶ「法定後見」だ。「法定後見」は、本人の判断力の程度に応じて「補助」「保佐」「後見」に分かれ、それぞれサポートの内容も変わってくる。
サポートをする後見人などとして家裁に選ばれるのは、本人の親族のほか、法律・福祉のプロや福祉関係の法人など。そのため、介護をスムーズにしたいと家族が後見人に立候補しても、選ばれるとは限らない。
プロの後見人が起こしたトラブル
「成年後見制度の創設に関わった法務省の担当者に聞くと、もともとこの制度は、家族が無償で後見人になって、本人の代わりにお金をおろして施設に払う……そうした状況を想定してできたものだといいます。実際、創設時は後見人に選ばれた人のうち9割は親族でした。ところが、制度ができて20年たった現在、後見人のうち親族の割合は2割と大幅に減っています」
理由の1つとして、親族の後見人が財産を勝手に使うなど不正を働く事例が多発したため、家裁が慎重になっていることが挙げられている。
「この“不正”といわれているもののなかには、後見人になった同居家族が“介護のために、おばあちゃんのお金を使って自宅の風呂をリフォームした”というようなケースもある。悪質とは言い難いものも含まれているんです」
と、宮内さんはこの流れに首をかしげる。そして、プロの後見人が安心かといえば、そうとも限らないのは冒頭で述べたとおり。最高裁判所の調査では、専門職の後見人による不正の被害は年平均2億円、1件あたり平均950万円だ。
例えば、プロの後見人によるトラブルとして、宮内さんは実際にこんな相談を受けている─。父親が亡くなり相続が発生したことで、「精神障害のある弟に後見人を立てる必要がある」と言われたBさん。弟の後見人として家裁に選ばれたのは、弁護士だった。
この弁護士が後見人として信じられない行為を連発した、と宮内さんは指摘する。
「精神科病院に入院している弟さんに会おうともせず、姉であるBさんに、弟の財産をどのように動かしているかという報告書も見せませんでした。さらに14年たち、弟さんが亡くなったあとで調べたところ、驚きの事態が発覚しました。弟さんが相続していた実家が、後見人によって、Bさんに相談なく格安で売却されていたのです」
後見人だった弁護士に格安で売却した理由を聞いたところ、「実家はメッキ工場だったので、汚染調査や撤去にお金がかかるため、その値段しかつかなかった」と釈明。しかし、実家がメッキ工場だったという事実はない。
成年後見制度の種類と違い
「“不動産の処分で得られる報酬が目当てで、必要性のない売却だったのでは?”と考えたBさんは裁判を起こしています。なお、この後見人に払われた報酬は14年間で1200万円でした」
これらのトラブルについて、宮内さんは、「銀行や家裁など、さまざまな機関の事なかれ主義や、点数稼ぎが原因ではないか」と指摘する。まず、財産や契約に関して全権がゆだねられる法定後見人が安易に決められていることが問題だ。
「銀行や介護施設から法定後見人を立てるよう求められ、やむなく家族が家裁に後見人の選出を願い出るわけですが、そもそも法定後見人が不要だったり、後見制度の中でもサポートレベルの“保佐”や“補助”で十分だったりする場合が多い。そうした確認を十分にしないまま法定後見人を求めるところがあり、その基準はあいまいです」
こうした問題を受けて、全国銀行協会も、家族が後見人なしでも介護や医療のための費用を引き出せるよう指針を設けているが、金融機関によって対応にバラつきがある。
「深刻なのが、自治体が高齢者や知的障害者、精神障害者の後見人を立てようとして、親族ともめるトラブルです。これは'16年に施行された、『成年後見制度の利用の促進に関する法律』が原因だと私は考えています。
自治体が後見制度の利用促進をしたという実績づくりのため、親族と疎遠なひとり暮らしの高齢者に後見人をつけようと、強引に動いているおそれがあります。親族に無断で施設や病院に入れて行き先を知らせないので、親族が走り回って探しているケースもあるほどです」
このようなトラブルを予防する方法の1つが、あらかじめ本人が元気なうちに信頼できる人と任意後見契約を結んでおくこと。本人と意思疎通ができるのに銀行や施設に法定後見人を立てるよう言われた場合は、全国銀行協会や金融庁、消費生活センターに相談するのもいいだろう。
「すでに法定後見人とトラブルが起きている場合、まずは当事者団体『後見制度と家族の会』に相談してみてください。これまでの事例をもとに対策をアドバイスしてくれます。それでも解決しない深刻なトラブルは『後見の杜』に連絡を!」
●成年後見制度の種類と違い
●任意後見制度
今はまだ元気な人が対象。将来、物事を判断する能力が不十分となったときに備えて、サポートしてくれる「任意後見人」や支援の内容をあらかじめ契約で定めておく制度。
●法定後見制度
判断能力が不十分になった人が対象。家庭裁判所によって選任された「成年後見人」が財産や契約などの権利を守り、支援が必要な本人をサポートする制度。判断能力の程度に応じて「補助」「保佐」「後見」の3つに区分される。
補助 判断能力が不十分な人
保佐 判断能力が著しく不十分な人
後見 常に判断能力が欠けている人
教えてくれたのは宮内康二さん
一般社団法人『後見の杜』代表。シニアによる市民後見活動の推進と並行し、成年後見制度のトラブル対応をサポート。『後見の杜』を立ち上げた。新著『成年後見制度の落とし穴』(青志社)では、成年後見制度をめぐる深刻なトラブル事例を紹介。改善を強く訴えている。
取材・文/吉田きんぎょ