被害を出したラーメン店のホームページ。多数の“生肉”を提供していた

 “事件”はまず、ツイッターから発覚した。6月16日、とある一般ユーザーが友人とラーメンを食べに行った旨を画像とともにツイッターに投稿。

人気ラーメン店提供 鶏の“レアチャーシュー”で大量食中毒発生…!(ラーメン店のインスタより)

 その後、3日後に腹痛と下痢、そして39度を超える発熱に。共にラーメンを食べた2人の友人も同じ症状が。彼らは1週間近くこれらの症状に苦しめられた。このご時世、コロナも疑われたがそれは違った。コロナのような、いかんともしがたいウイルスによる災害ではなく、それは“人災”だった。

「愛媛県松山市のラーメン店で食事をした19人に下痢や腹痛、発熱などの症状が出て、同市保健所は食中毒と断定、店は営業停止となりました」(社会部記者)

 鶏を白濁するまで煮込んだ流行りの『鶏白湯』スープに、これまた流行りの低温調理がほどこされた鶏の“レアチャーシュー”が浮かぶ。しかし、その断面はスーパーで売られる“生肉”のように見える。

 ちなみにツイッターの投稿者はラーメンと同様に、表面以外は生状態と思われるチャーシュー丼もあわせて食べている。

サイドメニューのチャーシュー丼も生状態(ラーメン店のインスタより)

「食中毒を出したラーメン店は、業界で有名なラーメンプロデューサーの島田隆史氏が手がけたフランチャイズ店です。彼の直営店はミシュランビブグルマンを獲得。その“評価”と、年商5億円という“成功”を謳い文句に多くの店をプロデュースしています」(飲食コンサルタント)

低温調理はプロでも難しい

 島田氏がプロデュースするほかのラーメン店にも、“同じチャーシューを出しているの?”などの電話が寄せられたという。

 低温調理によるレアチャーシューは、鶏に限らずラーメンにおけるトレンドの1つ。低温調理自体も流行中だ。

「一般家庭にも広まっていますが、前提として低温調理は“プロでも難しい”ということを、調理人もそれを食べる消費者も自覚するべきです。ラーメン店に限らず、ほかの飲食店でも、“これちゃんと火が通ってないな”という料理が出てくることがあります」(ラーメン店店主、以下同)

 加熱する時間は温度によって変わるが、60〜70度ほどの“低温”でじっくり加熱する調理。これにより、高熱で加熱するより、中心部がレア状態でしっとりした口当たりとなる。

「素材となる肉は、どれだけ食肉業者が形やサイズを整えたとしても個体差がある。それによって加熱時間などは変わってくる。低温調理がいくら科学的に安全だという根拠のある調理法であっても、個体差などを見極める職人的な“目”も必要になります」

“マニュアル”で管理しているラーメン店もあるが、それだけでは難しい部分がある。

「もちろん数字というきちんとした“基準”も必要。うちの店でも低温調理を行っていますが、必ず中心部を温度計で計測してから提供しています。マニュアルを盲信して、専門知識のないアルバイトなどが調理している店は、非常に怖いですね。マニュアルにも当然、温度や加熱時間は定めているはずですが、それはあくまでただの“基本”となります。個体差があれば、それに応じて調整しなければいけません」

ラーメンは繁盛店ほど危険?

 ラーメンにおいては“繁盛店ほど危険”なこともあるという。なぜか?

「繁盛している店はチャーシューを含めた具材をその都度調理、カットするのではなく、まとめて仕込み、提供時にラーメンにのせます。冷房を効かせていても厨房はものすごく暑い。その状況下に食品を置いていたら……。さまざまな菌が増殖する可能性が高いことは容易に想像できると思います

 低温調理によるチャーシュー作りは、プロだけでなく一般にも浸透してきている。ネットで検索すれば多数のレシピがヒットする。

「“危うい”ものも少なくない。ただただ“この温度で何分加熱する”だけでは安心とはいえないわけです。ネットのレシピを鵜呑みにして、同じようにやれば大丈夫と考えるのは危険だと思います」

カンピロバクター怖いのは食中毒後

「新鮮だから大丈夫」は大間違い!(※画像はイメージです)

 今回の食中毒は保健所の調査によって『カンピロバクター』が原因とわかった。

「カンピロバクターは、鶏の腸管にいて、食肉にするための解体の際に肉の表面を汚染します。この菌は“らせん状”の形をしている。それにより“肉の内部に潜り込む”得意技を持っています。そのため表面を殺菌しても安心できないのです。サルモネラ菌などは中に入らないので、表面を焼けば危なくないといえますが」

 そう話すのは、食中毒に詳しい新潟薬科大学名誉教授の浦上弘氏。どの程度の鶏肉がこの菌に汚染されているかというと、恐ろしい数字が……。

「鶏の50〜70%にカンピロバクターがいるといわれています。この数字は肉の処理場の調査によるもの。すごくばらつきがあるのですが、ひどいときでは100%ともいわれます。“生食は無理”ということです」(浦上氏、以下同)

 カンピロバクターは、生きていくのに薄い酸素が必要で、最適な濃度は5%程度。空気中の酸素濃度20%では死滅するという。しかし、肉の内部に侵入するので、多少空気にさらしても、湯通しして表面を殺菌しても安心できない。中途半端に加熱して、中が生の鶏チャーシューは……言わずもがなであろう。

「“新鮮だから大丈夫”と言って表面を軽く加熱しただけで中は生状態の鶏肉を提供する店があります。カンピロバクターは酸素濃度が20%では生きづらいですが、中に入ってしまう。新鮮であればより生きている可能性が高い。“新鮮だから危険”といえるわけです。表面を焼いただけでは不十分です。原因となる食品は、鶏刺し、鶏わさなどの生肉。また、生の鶏肉を扱ったキッチンでの汚染です」

食中毒の恐ろしい症状

 その症状は……。

「2日〜7日と比較的長い潜伏期のあとで、発熱、倦怠感、筋肉痛などに次いで吐き気、腹痛、1日に10回以上に及ぶ下痢が1日〜3日程度続きます」

 しかし、これらの症状が治まったとしても……。

「その後も怖い。食中毒の発症後、ギランバレー症候群という運動麻痺、呼吸麻痺を伴う合併症が現れることがあります。ギランバレーの発症は遅く、食中毒の発症から2週間程度、1か月後に現れることもあります」

 '16年、兵庫県の飲食店で同じくカンピロバクターによる食中毒が起こった。鶏ささみのたたきを食した男性はその後、ギランバレー症候群を発症。四肢の麻痺により後遺障害1級と認定され、1億円を超える損害賠償金で示談となっている……。

「予防としては、鶏刺しなどの生状態では食べない。鶏肉はきちんと加熱する。また生の鶏肉を触った手でそのまま別のものを触ったりしないことですね」

 和食であれば刺身、洋食であればレア。人間は、“生”を尊んできた。しかし、むやみに「美味しい」だけを求めると、その先に危険な未来が待っていることも……。