『スーパーマリオ』や『ポケットモンスター』と並んで世界的に人気を集めているゲーム『ファイナルファンタジー(以下、FF)』。この名作を題材にした新作歌舞伎が、'23年春に上演されることになった。
「『FF』シリーズは、武器や魔法を駆使して仲間とともに冒険する“ロールプレーイング”といわれるジャンルのゲーム。今回、歌舞伎化される『FFX』は'01年に発売された大ヒット作。壮大で繊密なストーリーは今なお“泣けるゲーム”の筆頭に挙げられています」(ゲームクリエイター)
FF歌舞伎の企画者は梨園の名門『音羽屋』の名跡を継ぐ尾上菊之助。7月19日の発表に合わせて本人も熱い意気込みを語っている。
マンガは以前から上映されていた
《相互の文化をつなぐ新しい架け橋にしていきたいと思い、「新作歌舞伎ファイナルファンタジーX」を企画いたしました。(中略)このような時代だからこそ、見て頂きたい心に響くストーリーです。ぜひ劇場にお越しください》
ゲームを題材にした歌舞伎は初めてだが、マンガに関しては以前から上演されている。
「'15年に少年ジャンプの人気漫画『ワンピース』が歌舞伎になったのが最初ですね。'18年にも同じく少年ジャンプの『NARUTO』、'22年初頭には、お笑い芸人キングコングの西野亮廣さんが手がけた絵本『えんとつ町のプペル』が市川海老蔵さん主演で歌舞伎化されました」(スポーツ紙記者)
菊之助も、'19年にスタジオジブリのアニメ映画『風の谷のナウシカ』を歌舞伎化し、先日まで歌舞伎座で行われていた『七月大歌舞伎』でも公演するなど、革新的な取り組みを続けている。
「歌舞伎はお客さんに見てもらって成り立つものですから、話題作りは必須。若いファンが歌舞伎を見ることで新しい層の開拓も期待できますし、古典歌舞伎の世界では活躍できないような立場の弱い若手役者でも大きい役を任されるチャンスにつながります」(20代の歌舞伎ファン)
品と格が損なわれないか心配だが
歌舞伎は、江戸時代には人形浄瑠璃文楽や落語など当時のエンタメを取り入れ、明治以降は先行芸能である能、狂言も取り込んで発展してきた側面もある。
「明治時代には西洋の演劇を取り入れ『新派』というジャンルや、'90年代には派手な舞台演出の『スーパー歌舞伎』も誕生しています。アニメやマンガ、ゲームなどから影響を受けてもなんらおかしくありません」(同・20代の歌舞伎ファン)
その一方で、梨園関係者からは批判的な声も。
「歌舞伎は400年の歴史を持つ伝統芸能。若者に人気がある作品を歌舞伎にすれば、注目は集まるでしょうが“品と格”が損なわれてしまわないか心配です。時代の流れとはいえ、複雑な思いですよ」
歌舞伎評論家の中村達史さんは、現在の風潮をどう見ているのか。
「もしFF歌舞伎を海老蔵さんや中村獅童さんが企画したのでしたら、周囲から“創作歌舞伎ばかりでなく古典歌舞伎をやるべき”という声が出たと思います。しかし、菊之助さんはこれまで真摯に古典に取り組んできた役者ですからね。彼が企画発案だとしたら、そういう文句は比較的出づらいでしょう」
菊之助はなぜ、伝統を損なうかもしれないリスクを負ってまで、エンタメ要素の強い歌舞伎の開催に突き進むのか。
「彼はいずれ尾上菊五郎を襲名し、座頭として興行に責任を持つ立場にあります。コロナ禍で舞台公演が打撃を受ける状況を見て、伝統を守るのと同じように、収益や歌舞伎の人気を高めるために新しい試みが必要だと考えたのでしょう。実際、難解な古典の舞台は空席が目立つ傾向にありますが、話題作を歌舞伎化すると原作のファンが舞台に足を運ぶためチケットの売れ行きがいいんです。昨今の歌舞伎のエンタメ強化の動きは興行主の松竹の思惑もあるのでしょうが、菊之助さん自身も歌舞伎界全体の先行きを案じてのチャレンジなのかもしれませんね」(中村氏)
マンガ、アニメ、ゲームときたら、次の題材は……。
中村達史 歌舞伎評論家。歌舞伎学会に所属。歌舞伎やそのほかのジャンル含め、年間に50〜80公演ほど観劇。主な著作に『若手歌舞伎』(新読書社)