一時は“スーサイド・フォレスト(自殺の森)”として外国人観光客にも人気スポットであった富士の青木ヶ原樹海。20年以上、ここを取材の場とするルポライター・村田らむが見た、その現在の姿は。そして“ここ何年かで一番ヤバい”あるものとは。
自殺者の亡骸を探しに行く趣味を持つKさん
ある日、ファミリーレストランで食事をしていた僕の携帯に、LINEの通知が届いた。食事の手を止めてアプリを開くと、そこにはご遺体の写真が何枚か……食欲が一気になくなる。
そんな写真の送り主は、樹海で知り合ったKさんに決まっている。Kさんは一流企業で働きながら、土日には“青木ヶ原樹海に自殺者の亡骸を探しに行く”趣味を持つ、稀有な人なのだ。
彼が今までに見つけた亡骸の数は100体を超えている。僕も取材でたまに一緒に樹海に行かせてもらっているが、そうそう見つかるものではない。3~4回行って1回見つけるくらいがせいぜいだ。“亡骸を見つける”という目的のために、土日や休日をすべて注ぎ込むKさんの熱意はスゴイとしかいいようがない。
そんな彼がご遺体を見つけたときのテンションは当然高い。先日は、かなり腐乱している状態の写真が送られてきた。顔はドス黒く眼球は飛び出して、眉毛や髪の毛には降り積もった雪のようにハエの卵が産みつけられている。口の中には無数のウジ虫がうごめいており、凄まじい状態だ。
KさんのLINEは続く。
“彼はすごい皮肉のきいたパーカを着ているんですよね”
と、ご遺体が着る上着のロゴの写真を送ってきた。『FUTURE』と書かれていた。もう未来のない亡骸が“未来”と書かれた服を着る。そのことがKさんにはとても皮肉に映ったようだ。
そんな不謹慎なKさんであるから、どんな状態のご遺体を見つけても大体淡々としている。なのに、今回は様子が違った。とても焦っているようなのだ。画像のすぐ後に送られてきたメッセージにはこうあった。
《さっき見つけたんだけど、ちょっと怖いから、もう現場を離れますね》
Kさんが恐怖した若いご遺体
Kさんはご遺体を見つけたあと、しばらくその場に滞在したり、共に食事をとったりする人だ。“へぇ、怖いなんて。珍しいこともあるものだな”と感じた。
食事を終えた後、あらためて送られてきた写真を見てみることにした。
そのご遺体はたしかにひと目でわかるほど異様だった。
亡くなっているのは、まだ若い男性だ。
20代……ひょっとしたら10代かもしれない。短い黒髪に、やんちゃそうな顔つきをしている。つまり、まだ顔立ちがはっきりとわかるほど、腐っていない状態だ。
それがなんとも不自然な形で、木に首を吊っている。
倒れた木と首をタオルで結び、ブラリとぶら下がっている。男性の上半身は裸だった。
夏場でも裸で青木ヶ原樹海に行く人はいない。ましてや春先の出来事だったので、そのころはたとえ自殺志願者でも厚着をして臨むほどの冷え込みがある。だが、画像を見る限り、彼のまわりに上着らしきものはない。下はジーンズ姿で靴は片方が脱げ落ちていたが、もう片方も見当たらない。足が宙に浮いているのに踏み台がない。どうやって首を吊ったのか。
画像を拡大してみてわかったのだが、首のタオルの上には、自転車の荷台用のゴムロープが巻かれていた。枝に自分の首をタオルでしばりつけ、その上にゴムロープまで巻くのは至難の業だろう。そもそも、タオルは喉にかかっていなかった。つまり、それで窒息するわけもなかった。
そして、身体にいくつもの赤い筋状の痣。はじめは切り傷かと思ったが、きつく縄でしばった痕のようでもある。両手は赤黒く変色していたが、これはうっ血したためのようだった。
長々と書いてきたが、どう見ても彼は殺されていた。他殺死体だ。
“殺してしまった若者の死体を自殺遺体に見せかけるため、樹海に持ち込んで、首吊りしたかのように偽装した”
こう仮説したら、不自然な点は1つもなくなる。
「これ……って殺されてるのかな。しかも結構雑に」
平和なファミレス店内でひとり呟いてしまった。
Kさんは1人で樹海を散策し、旧遊歩道沿いでご遺体を見つけた。
だが、それがどう見ても他殺死体だったので、“ひょっとしたらまだ殺害犯がすぐ近くにいるかも”と考えて、現場を離れたのだろう。
あらためて写真で見ると死後1か月ほどだった
程なく落ち着きを取り戻したであろうKさんから再びLINEが来る。
《焦って帰りましたが、あらためて写真で見ると、さほど新しい死体でもなさそうです。過去に出会ったものと比較すると、おそらく死後1か月くらいかな。夏場だったら2か月で骨になるけど、冬場はあまり変化しない。地面から足が浮いていたから、虫に食べられず済んだのかもしれませんね》
Kさんの見解もやはり他殺死体だ。再度、現場に戻って警察に通報しようと決めた。
数週間後、Kさんと僕は樹海に入った。
そのご遺体があった場所は、富岳風穴と精進湖の中間点だった。観光ルートでもなく、自殺場所としてもあまり選ばれないエリアだった。
以前、この一帯をKさんと歩いたことがあるが、やたらと骸骨が見つかった。自殺場所としてはマイナーであるため、自殺者が発見されることなく、そのまま骨になってしまうケースが多いのだ。
1日で4体の骸骨を見つけたこともあった。木にロープが吊るされていて、その下にバラバラと骨が転がっている。もう怖いという感じもせず、ただただ物悲しい雰囲気が漂っていた。頭蓋骨だけが見当たらないこともあった。
「頭蓋骨は丸いのでコロコロと転がってしまうんです。かなり離れた場所で発見されることも多いですよ」
と、Kさんは口早に解説してくれた。
書籍『完全自殺マニュアル』で紹介された場所に自殺者多数
ちなみに自殺者が最も多く見つかった場所は、ミリオンセラーにもなった書籍『完全自殺マニュアル』に“ここで死んだら見つからない”と紹介されていた場所だ。
「その場所では1日に何体も見つけることも。当時は2ちゃんねるで募った“死体探し仲間”と来ていましたが、その一帯はあまりにもたくさん見つかるので“死体の団地”と呼んでいました」(Kさん、以下同)
自殺者を探すために樹海に入る人は、実はたくさんいる。絶対に死体を見つけてほしくない人は、樹海で自殺しないほうがいい。
話を戻そう。つまり今回は樹海の中ではマイナーな自殺スポットで発見されたケースだ。本来は見つかりづらい場所だが、偶然すぐ近くに道があったのだ。
「旧登山道か旧生活道路ですね。目立つ道路じゃないけど、たどって歩く人がいたら見つけてしまいますね」
ただしKさんが見つけた直後にどかっと雪が降り、樹海には入れない状態になっていたという。
警察が事件化しない理由
「もしアレを警察が見つけたら、さすがに他殺として報道されていると思うんです。まだ報道がされていないっていうことは、まだそのままあるんじゃないかなぁ」
Kさんと僕は、まだ少し雪が残る道を歩きながら、その問題の場所に進んだ。
「この先です。あ……、もうなくなっていますね。あそこにあったんですよ……」
Kさんは指をさす。ご遺体があったという場所は、たしかに旧道から見上げる場所にあり、道沿いに来たら、絶対にわかる。雪が解けて樹海に来た誰かが見つけて通報したのだろう。Kさんはとても残念そうだった。
「おそらく……なのですが、
誰かが“彼”を連れてきたんです。
生きた状態か、死んだ状態かはわからないけど、どのみち樹海の奥までは連れていけなかったんでしょうね」
樹海は1人でも歩くのが大変な場所だ。
例えば抵抗する男性を連れて歩くことも難しいし、死体を背負って歩くとしてもしんどい。だから、旧道沿いに歩いてきて、森に入ってすぐの場所で吊るした……。だから雪が解けて、死体は発見され、警察に通報された。
ただ、そうなると1つ疑問が残る。
警察があの死体を見つけたとして、なぜ事件化していないのだろうか?
「たぶん警察は“自殺”として処理したんでしょう。もしあれが他殺となったら報道せざるをえないですし。そうなると、青木ヶ原樹海は今後、“他殺スポット”としても注目されかねない。
だったら、自殺として穏便に処理しておこうっていう話なんじゃないかな。一応は首吊りの形になっていたわけだし……」
Kさんから写真が送られてきたとき、正直、
「なんてずさんな犯行だろう。これでは逮捕してくださいと言わんばかりだ」
と思った。だが、それは違った。そこが“青木ヶ原樹海”であったことで、誰かが逃げ切れてしまったのだ。その誰かは現在も、日本のどこかで普通に暮らしているのだろう。
そうやって葬り去られた殺人事件は、世の中には山ほどあるはずだ。“自殺の9割は他殺である”─とある元監察医の言葉を思い出す。
今日もどこかで……と思うと、少し背筋が寒くなった。
教えてらむさん!樹海にまつわるQ&A
Q「一般の人でも行ける場所ですか?」
「樹海は辺境の地と思われがちですが、実は東京から車で2時間程度。公共機関なら河口湖駅からバスを利用して、富岳風穴または鳴沢氷穴のバス停を目指して。周辺含め観光スポットですが、観光客に見えないような服装で行くと自殺対策の監視員さんに呼び止められますのでご注意を!」
Q「樹海ではコンパスがきかないの?」
「それは都市伝説で、ちゃんと使えます。僕は迷いそうになった経験があるので、米軍仕様のコンパスを2つ持っていきます。おすすめは地図をダウンロードできる、もしくは地図が内蔵されたGPSを使えるアプリ。そういうマップアプリを入れた携帯を持っていくと便利ですよ!」
ルポライター、イラストレーター、漫画家。愛知県名古屋市出身。貧困やホームレス、新宗教など社会的マイノリティーをテーマにしたルポルタージュが多い。近著に『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)など。