タレントの小島瑠璃子さん(28歳、以下こじるり)が、中国での活動を見据えて来年から現地の大学に留学すると表明した。
イギリスに留学したウエンツ瑛士さんやカナダに留学中の光浦靖子さんのように、芸能人が欧米に留学することは珍しくないが、隣国の中国はなぜかあまり聞かない。当事者以外にはあまり知られていない中国の留学事情を紹介するとともに、こじるりの中国でのキャリアについて考えてみたい。
こじるりは8月8日、ツイッターとインスタグラムに「中国での活動を見据え、来年から中国の大学に留学します」と直筆の文章を投稿した。
以前から中国移住を検討していると公言し、勉強中の中国語も披露していたこじるりは、テレビでの露出が減っているとメディアで指摘された今年6月にも、ツイッターで「レギュラー番組の降板や私の今後について色々な憶測が飛んでいますが、お話出来る状況になり次第皆さんに、自分の口で説明します!」と綴っていた。すでに中国移住の準備を始めていたのだろう。
筆者の推測だが、こじるりは今年9月の留学を視野に、仕事をセーブしていた可能性がある。中国の新年度は9月で、留学カリキュラムも基本的には同月にスタートするからだ。
中国留学はゼロコロナ政策に翻弄
一方で、中国ではゼロコロナ政策で2020年から留学ビザが出ておらず、同年以降中国の大学に進学した日本人は、「中国に親戚がいて、親族訪問ビザで渡航できる」などの特殊事例を除いて、今も日本からオンラインで授業を受けている。2020年9月に中国の大学院に進学した日本人の中には、一度も現地に行けないまま留学を終えそうな人もいるのだ。
上海のロックダウンが解除された2022年6月には、中国政府がようやく「留学ビザの発給を再開する」方針を示し、日本で足止めされている中国政府奨学金の合格者にも、文部科学省から「もうすぐ渡航できる」との連絡が来た。ただしその後日本で第7波が到来し、9月の新学期まで1カ月を切った今も、ビザ発給の進展はほとんどない。
こじるりも本来は9月に中国に留学するはずが、ビザの見通しが立たないことから来年に延期したのではないだろうか。中国留学の希望者は2年以上ゼロコロナに翻弄されているのだ。
こじるりは「28歳、一度ゼロからチャレンジしてみようと思います!!」と決意をつづっているが、実はアラサーは、中国留学のメジャー勢力でもある。
中国留学者は大きく2層にわかれる。1つは大学の専攻や第二外国語で中国と接点があり、交換留学する「現役学生層」。早稲田大学と中国トップクラスである北京大学のように、2つの大学の学位を取れるダブルディグリー制度を設けている大学も珍しくない。
もう1つが、就職してから仕事で中国と接点ができ、キャリアのたな卸しも兼ねて留学する「社会人層」だ。中学生から習う英語、K-POPや韓流ドラマなどエンタメが入り口になるハングルに対し、中国留学はビジネス目的が多い。そのため、こじるりの「28歳」は、中国語を学ぶ適齢期とも言える。
留学にもさまざまな方法がある
一方でこじるりが留学する場合、現実的な選択肢として「語学留学」と「学位取得を伴う正規留学」がある。
語学留学は、多くの大学では学費を払い16歳以上であれば入学できる。北京大学の場合、学費は年間約70万円 。中国語をまったく勉強したことがなくても、入門クラスがあるので問題ない。ゼロからでも一生懸命勉強すれば1年間で生活に必要な会話は身につく。中国語を使って仕事をしたいなら、2年の学習が目安となる。
学位取得を伴う正規留学の場合、「中国人と一緒に学ぶ通常学部」と「留学生本科」の2つのルートがある。中国人と一緒に専門を学ぶ場合は、中国語能力を示す証明書を提出し、面接など選考試験をパスしなければならない。北京大学と、同じくトップクラスの清華大学では、予備校のような「予科クラス」があり、予科で1~2年準備して学部に進学する日本人が多い。
日本の社会人に人気があるのが、「留学生本科」だ。留学生だけで構成されるクラスで、4年かけて中国語や中国ビジネスを学ぶ。大学ごとの難易度の差が少ないうえに、中国語を勉強しながら大卒の学位も取得できるので、高卒や専門学校卒の日本人に人気が高い(中国は一部の技能職を除いて、大卒でないと就労ビザが出にくい)。大学中退、専門学校卒だと2~3年生への編入も可能なので、大学中退とも言われているこじるりに適したコースでもある。
語学留学や留学生本科は入学のハードルが高くないため、どの大学を選ぶかはそれぞれの「好み」となる。日本人に人気が高いのは、プロフィールや履歴書に書きやすい北京や上海の名門大学だ。これらの大学は日本人が非常に多く、2017年に上海の名門校である復旦大学に留学した都内の男性は、「日本人学生会だけで130人以上いた」と振り返る。
日本人社会から距離を置くため、あえて「日本人の少ない地域」を選ぶ人もいるし、中国の歴史や文化が好きな人は、少数民族の多い雲南省、『三国志』の聖地・四川省に行くこともある。尖閣諸島で日中関係がかつてなく悪化していた時期に小学生の息子を連れて留学した筆者は、日系企業が多く進出し、日本語学習者も多い「親日的」な大連を選んだ。
また、中国留学で注意事項としてよく挙がるのが、「方言」問題だ。上海は留学先として人気だが、現地の住民は中国の標準語である「普通話」とは大きく違う「上海語」を話す。標準語のど真ん中に見える北京も「訛りが強い」と言われ、中国人の間では、「(東北地方の)ハルビンが一番発音がきれい」とされている。
中国語が堪能な日本人と言えば、卓球の福原愛さん、石川佳純さんが有名だが、2人ともコーチの影響で東北訛りが入っており、「(中国の)東北弁を喋る日本人」であることが中国人の萌えポイントになっている。
バラエティータレントの知名度は高くない
さて、こじるりは中国での活動を見据えて移住するとのことだが、現時点で中国での知名度は高くない。
中国留学のニュースも、現地のSNSではほとんど話題になっておらず、中国で活動する俳優・矢野浩二さんがこじるりと中国動画サイト「ビリビリ動画 」で共演した際も、視聴者が配信中に投稿したコメントには「日本の芸能人」「お姉さん」「福原愛に似てるね」との文字が並び、こじるりを知っている人の投稿はほぼ見当たらなかった。
こじるりがまだ中国で知られていないのは、彼女がバラエティータレントだからだろう。日本のポップスやドラマは中国では大人気で、ドラマ『半沢直樹』に登場する堺雅人さんや上戸彩さん、ジャニーズタレントは非常に知名度が高いが、こじるりが活躍するバラエティーは、タレント同士の人間関係やエピソードトークに焦点が当たるため、国境を越えて見られるのは難しい。
ただ、こじるりの「中国好き」は、彼女が中国で活動するうえでは、このうえない武器になる。アメリカとの対立が深まり、愛国心が高まっている中国では、「中国のことをほめてくれる外国人」は大歓迎され、短期間で多くのファンを獲得でき、中国政府がスポンサーにつくような大きな仕事のオファーが来る可能性もある。
2021年には中国当局が、テレビ局に出演者の起用に「愛国心」も基準にするよう通知を出した。芸能人に限らず、中国のよさを発信してくれるクリエイター、大学の研究者などは重用される傾向にある。
文化人としてブレイクする可能性も
国際社会で中国への警戒感が高まっているご時世に、「日本での順調なキャリアを捨てて中国に来た」人気タレントのこじるりは、今後それだけでも注目を浴びるだろう。
日本でも「賢さ」を武器にバラエティーで立ち回ってきた彼女は、中国に活動の場を移すことで、デーブ・スペクターさん、厚切りジェイソンさんのような文化人、有識者寄りのタレントとしてブレイクする可能性は高いと言えるだろう。
浦上 早苗(うらがみ さなえ)Sanae Uragami
経済ジャーナリスト
早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育など。中国メディアとの関わりが多いので、複数媒体で経済ニュースを翻訳、執筆。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。新書に『新型コロナVS中国14億人』(小学館新書)。Twitter: @sanadi37