写真はイメージです

 短期連載(1)『女が離婚を決めた瞬間ーー』
一途な思いを実らせて、ようやく手にした幸せな時間が簡単に崩れ去る“砂の城”だったとしたらーー。浮気を繰り返す夫の本心を知ったとき妻の心は……。

「出会いは高校1年生のころ。それから15年間付き合って、結婚しました。夫は長身のイケメン。成績も優秀で有名私大を卒業してから上場企業に2年間勤務の後に起業し、5年前にIT会社の社長になったんです。彼は私の誇りです。22年間彼に尽くすことが生きがいでした

 そう語る志穂さん(仮名・38歳)は、漆黒のロングヘアをアップにした清楚な佇まいの女性。その容姿とは裏腹に、淡々と語る口調に強さがにじむ。夫の浮気は、結婚前から多々あったという。しかし─。

「私は夫に選ばれて結婚したんです。子どもが生まれてから、夫の浮気が落ち着いたと思っていたんですけどね」

 浮気を繰り返す夫を許してきたのは、志穂さんが家庭の事情で大学進学を断念したことも影響している。高卒で銀行に就職したものの、勉強したいという気持ちを拭えず、子育てをしながら大学の通信コースに進学したほどだ。そのため優秀な夫を尊敬していたという。

「それに職場でも友達の飲み会でも、夫以上にカッコいい男性はいなかったんです」

 夫の浮気癖は、大学生時代に遡る。当時、彼は複数の女性と付き合っていた。つらくはあったが、志穂さんは「必ず自分のもとに帰ってくる」と信じていたという。

“女性の影”を見て見ぬふり

「幸いなことに、大学生のころの彼は本気で付き合った女性がいなかったんです。すべて遊びでした。しかも私は大学卒業直前に夫の親に紹介されたんです。そこでますます“彼には私しかいない”と思い込むようになりました」

 社会人になってからも、夫の周囲には女性の影がちらついたが「本気じゃないから」と見て見ぬふりをしていた

「彼と別れるという選択はこれっぽっちもなかったんです」

 自分の人生は彼と共にあると思い込んでいた志穂さん。25歳を過ぎたころに、親から「結婚はしないの?」と聞かれたが、そのたびに「彼のプロポーズを待っているから」と繰り返し答えていたという。ところが状況が一変することが起こった。30歳を目前に、“彼のフィアンセ”と名乗る女性から連絡があったのだ。

「カフェで会うことになりました。女性は私より5歳年下のモデルの卵と言っていました。女性はテーブル席の私の前に座るなり、“彼と婚約しているから別れて”と左指に光っているリングを見せつけたんです」

 そのリングは、志穂さんがもらったリングよりも高価なブランドのもの。腹は立ったが“短気は損気”と自分に言い聞かせて、

「何年付き合っているのかを聞くと“半年”と答えてから“出会ってすぐに意気投合したの。その日のうちにプロポーズされたの”と誇らしげでした。そこで私は“プロポーズされたのに、すぐに結婚しなかったのはなぜ”と聞きました。その女性は苦々しい表情で“あなたがいるからよ”とすごい目で睨んだんです」

 そのとき志穂さんは“勝てる”と確信したという。

“私は15年来の彼女だから、簡単に別れることなどできないの。時間の無駄だから、彼と別れてほかの男と付き合いなさい”と一歩も譲らなかったんです。無言で睨みつける女性に“それに私は彼の両親から、将来の妻と認められているの。あなたは彼の両親に会った?”と言うと、黙ってしまいました。

 そのまま彼女はスマホを取り出して、黙々と操作を始めたんです。それ以上話すことは何もないので、すぐにカフェを出ました」

15年以上付き合って、ようやく結婚

 それからは「何があっても動じない」と決め、結婚を急ごうとした。タイミングよく彼の両親が「15年以上も付き合っているんだから、結婚すべきでしょう」と結婚を後押ししてくれたという。

「彼も“そうだな”とうなずいたんです。やっと結婚できるとうれしくなりました」

 その後、志穂さんの両親と彼の両親の6人で食事してから、結婚の日取りが決まった。だがプロポーズの言葉はなかったという。

「いつも一緒にいるから、今さら改まることはないよと言う彼に、“プロポーズしてほしい”と言いました。女性はプロポーズの言葉で幸せになれるのよと伝えると、“そうか”とびっくりしていました。多くの女性と付き合ってきたのに、相手の気持ちがわからないんですよ。じゃあ、私が教えてあげなきゃと、初めて彼に対して優位な気持ちになりましたね

22年間、一途に夫を思い続けた志穂さんだが、彼の“本心”に気がついたとき─

 結婚前に、ほかの女性がいないかを確認した志穂さん。彼は「いない」と答えたという。その言葉を信じて、念願のウエディングドレスを着てバージンロードを歩いたのだ。その1年後に妊娠。授かったのは、夫に似た可愛い女の子だった。思えば、このときが幸せの絶頂期だったのかもしれない。予期せぬ出来事が生じたのは、7年目の結婚記念日のことだった。

「結婚記念日の夜、私と娘と3人でレストランで食事をすることになりました。夫は多忙ですが、記念日を大事にします。誕生日やクリスマスも家族で一緒に祝っていました」

 パート先のオーガニックショップを早退。予約したエステサロンに向かっている途中、知らない番号から電話がかかってきた。普段ならスルーする志穂さんだったが、その日は朝からウキウキしていた。そんな気持ちのせいかもしれない、電話に出ると知らない女性の声が飛び込んできた。

夫の子どもを妊娠している、と言う女性

「私の名前を確認してから、女性は夫の子どもを妊娠しているから、さっさと離婚しなさいと言い放ちました。絶句しましたが、すぐに気を取り直して“いたずら電話はやめてください”と電話を切ったんです」

 深呼吸をしてから、志穂さんは歩き出した。だが次第に不安が募ってきたため、幼なじみにLINEをした。すぐに「いたずらよ」と返信があったので、ほっとして再びエステサロンに向かったが、心のどこかで引っかかるものがあったという。

「出産前に銀行を退職して、育児に専念しました。子どもの手がかからなくなってきたので、パートで働きながら大学の通信コースで勉強し始めたのもこのころです。この後も、夫の子どもを妊娠したという女性から毎日のように電話がかかってきて“出ていけ!”と怒鳴られることが続きました

 夫とは長い付き合いだから別れられない、と電話の女性を引き下がらせようとした志穂さん。ところが夫より3歳年上だという相手の女性は、毎日何度も電話をかけてきた。

「夫に浮気をしたのかと問いただすと、あっさりと認めました。ショックでした。しかも“あれは頭がおかしいんだ”と忌々しそうに言い、“誰の子どもかわからないから、相手にしない”と無責任なことも口にするんです。そこで私への電話をやめるように伝えてくれと頼みました。

 すると夫は“電話番号を変えてくれ”と言うだけ。“番号を変えても、きっとまたかけてくる。だからどうにかして”と訴えたのですが、夫は苦笑いをするだけでした

妻に離婚を意識させた夫の本音

写真はイメージです

 志穂さんはこのとき初めて「夫は私を守ってくれない」とわかったという。だが娘のためにも、夫に守ってもらわなければ家庭崩壊になりかねない─。

「そこで夫に、娘のために女性と別れてくれとお願いしました。もし慰謝料が必要なら、追い払うために払ってほしいと。ところが夫は“慰謝料をもらいたいのはこっちだ。頭がおかしい相手に払う必要はない”と強固に拒否したんです。そこで私から女性に電話をして、夫の言葉をそのまま伝えたんです

 電話の向こうの女が一瞬黙ってしまった。そして「本当にそう言ったんですか」とすすり泣きながら、志穂さんに次のように訴えたという。

彼は“僕の結婚は別れる理由がなかった。だから仕方なく結婚した”と言っていました。そして“君にはときめきを感じているからまた抱きたい”と何度も私の部屋にやってきてたんです。頭がおかしいだなんてひどい

 女性のすすり泣きを聞きながら、志穂さんは「別れる理由がなかった」と夫が言ったのは本当だろうとぼんやりと思った。そして夫の真意を確かめないまま結婚話を進めたことは、間違っていたのだろうかと初めて自分の結婚を疑った。

 電話を切った後、「もう別れよう」という感情がふっと湧いてきた。だが今は子どもがいる。子どもの養育費を払ってくれさえすれば、離婚できるのかもしれない。

 自分の心が冷めていくのを感じながら志穂さんは、夫は私にも本気ではなかったんだ、とこのとき初めて知ったのだった。

取材・文/夏目かをる

短期連載(2)『女が離婚を決めた瞬間ーー』へ続く。