逮捕された廣出翔容疑者(病院の広報誌より)

「けしからん話だ。ようけ調べて横領した金は全部取り立ててほしい」

 と男性町民は怒りがおさまらない様子。

 巨額の公金横領事件があったのは、三重県度会郡の南端にある南伊勢町。2016年に伊勢志摩サミットが開かれた賢島から海岸線を西へ約18キロ、町域の約6割が伊勢志摩国立公園に指定される風光明媚なところだ。人口約1万1400人の小さな町を揺るがしているのが、同町職員・廣出翔容疑者(38=6月28日に懲戒免職)の信じがたい犯行だ。

のどかな雰囲気にみえる南伊勢町役場だが…

17年から今年5月にかけ約1億6790万円を横領

「町の内部調査の結果、会計担当をしていた廣出容疑者が17年から今年5月にかけ総額約1億6790万円を横領した事実が浮かび上がりました。町は廣出容疑者を刑事告訴し、民事でも損害賠償を求める方針です。なんとしても金を取り戻したいわけですが、横領した金は好きなアイドルなどにほとんど使い切ったとみられ、その無軌道さが町民の怒りに拍車をかけています」(全国紙社会部記者)

 三重県警は8月17日、業務上横領の疑いで廣出容疑者を逮捕。同県警によると、今年3月1日から5月13日までの間、町立南伊勢病院の会計担当者として金融機関で複数回にわたり、病院の口座から現金計740万円を払い戻して着服した疑い。被害総額と比べればわかるように、一連の横領事件を解明するきっかけにすぎない。

「容疑は認めている。アイドルのグッズ購入やコンサート代、インターネットのゲームの課金などに使ったと供述しており裏付けを進めているところ。740万円以外の告訴事実についても調べている」(捜査関係者)

 犯行の手口は大きく2つ。正式な出金手続きをとらず無断で病院口座から引き出すパターンと、診療報酬など口座に入金すべき金の一部を着服するパターンだ。

 同町の内部調査によると、犯行1回あたり数十万円単位に抑えていたという。つまり、少しずつちょろまかしていたわけだが、なぜ巨額に膨れ上がるまで被害に気づけなかったのか。

新入職員時代の廣出翔容疑者(04年の町広報誌より)

 病院関係者は肩を落としてこう話す。

「チェックが甘かったとしか言いようがない。病院には廣出容疑者以外にもお金を扱う職員が何人かいるが、電子会計システムを使いこなせるのは彼だけ。必然的にチェックの中心になり、財務諸表をつくる担当者でもあった。いかにも入金されているように、月々の財務諸表の現金預金残高と、通帳残高の数字を合致させる偽装を見抜けなかった。今思えば彼は、周囲がどんな数字を見ているかよくわかっていた。チェック作業の大事な部分を担当する彼を信頼し、やられてしまった」

事件の舞台となった町立南伊勢病院

 年度末決算を迎えた今年4月、数字が大きく合わず、何らかのケタ間違いか、科目の仕分けミスをまず疑ったという。廣出容疑者が会計担当者として病院に転任してきた2019年から4年目に入り、積み重ねた横領金額はごまかせないレベルになっていた。さらに昨年は新型コロナウイルスのワクチン接種などで現金収入が増えているはずなのにやけに少なかった。

「疑問点を彼に尋ねると、あらかじめ準備していたのか早く回答するものの、納得できるようでできなかった。それが横領が発覚したきっかけ」(前出の病院関係者)

貢いだ相手は25歳の女性アイドル

 横領は病院会計にとどまらず、前任の下水道課でもやっていたと判明。足掛け6年となる公営企業会計のプロフェッショナルが黒い金をつぎこんだのが、ひと回り以上も年齢の離れた25歳の女性アイドルだった。

「中堅女性アイドルグループのA子さんが“推しメン”で、SNSで本人とさかんにやり取りしていました。テレビなどではあまり見かけないグループですが、根強いファンを持ち、インドア派でか弱いイメージのA子さんは人気メンバーのひとり。約5分1万円で直接話せるという課金制ビデオ通話を長時間、連日繰り返し、高級ブランドバッグのプレゼント攻撃もして、A子さんから『しょうくん』『VIP』と呼ばれる存在になっていました」(前出の記者)

廣出翔容疑者の推しアイドルはほんわかムード(※写真は加工)

 例えば廣出容疑者が時間をつくってライブに駆けつけた日、A子さんはSNSで、

《しょうくん!今日もライブ来てくれてありがとう もうさすがしょうくんよ!!!さすが××VIP》(××はA子さんの名前、編集部で一部変更)

 とファンサービス。横領した金による“推し活動”とは知るはずもなく、素直に喜ぶA子さんをもっと喜ばせようと犯行を重ねたのか。名前を呼ばれたり、推しメンにVIP待遇されるのはさぞ嬉しかったに違いない。

 A子さんのアイドルグループを運営する事務所に取材を申し込むと、

「その件ではコメントしないと決めているので、何も話せません」

 ときっぱり。

 アイドルに溺れた廣出容疑者とはどのような人物なのか。町役場の同僚は、

「周囲となじもうとせず、アイドル支援に人生をかけているようにみえた。自分が支えているという自負があったのではないか。職場の目を気にせず有給休暇をとって遠方のライブなどに出かけていたから、彼は有給取得率がきわめて高いんです」

いつも白いポロシャツ姿で…

 と実生活を明かす。有給休暇取得は労働者の権利だから何の問題もないが、横領した金を自分に投資する様子はなかったという。

「いつも白いポロシャツ姿で、もう10年近く同じ小型車に乗っている。派手になったり無駄遣いするのは見たことがない。仕事の指示をすれば淡々とこなし、コミュニケーションを取ろうと話しかけても会話は続かない。無口でおとなしく地味な男です」

 と病院スタッフ。自宅の近隣住民らによると、独身で実家暮らし。少年のころから目立たないタイプで異性関係は苦手だったという。

 近所の住民は、

「本人は“一生かけても全額返金する”と役場に言っているそうだが、どうやって工面するつもりか。おかしな男ではなかったのに」

 と言葉少なだった。同町によると、事件発覚後に返金されたのは約650万円だけ。過剰な疑似恋愛のあとに待つのはいばらの道だ。

 
廣出翔容疑者の推しアイドルはほんわかムード(※写真は加工)
新入職員時代の廣出翔容疑者(04年の町広報誌より)

 

 

 

事件の舞台となった町立南伊勢病院