「どうしてパンツははかないといけないの?」「犬に利き手はある?」……。
そう子どもに聞かれたら、あなたはどんなふうに答えるだろうか。
大人のファンも多いNHK『子ども科学電話相談』
放送開始から38年目を迎えたNHKラジオ第1の長寿番組『子ども科学電話相談』には、冒頭の質問をはじめ、全国の子どもたちが投げかけた「?」が届く。
「動物」「昆虫」「天文・宇宙」など、各分野の専門家にぶつけられる質問は、素朴な疑問から鋭い問いかけ、奇問に難問まで幅広く、時に奥深い。
「大人が見過ごしてしまうことを“なぜだろう?”と、素直な気持ちで聞いてくる。そこがすてきですよね。なかには大人顔負けの知識を持つ子も少なくありません」
そう話すのは、2013年から回答者として出演している成島悦雄先生。獣医師で元・井の頭自然文化園の園長も務めた、“動物のプロ”だ。
「大人の場合、“知らないことがあるのは恥ずかしい”と思いがちで、わからないことを質問できないという人が結構います。僕ら専門家の側も、実際には中途半端な理解しかしていなかったとしても、案外、専門用語を使えば説明できたりするものなんです。
でも、子どもたちが相手だとそうはいかない。専門用語が使えませんし、質問に答えられるだけの知識を持っているか回答者の力が試されるわけで、いつも真剣勝負。それが番組の魅力になっているのだと思います」(成島先生)
ちなみに、前述した「どうしてパンツははかないといけないの?」という質問は、'17年の放送当時、小学1年生だった男の子によるもの。
「家にいるときは面倒くさいのでパンツをはかない」という男の子に対し、公立諏訪東京理科大学教授の篠原菊紀先生は「おじさんもホテルに行くとパンツを脱ぐ癖があって」と衝撃回答!
世界を見渡せばパンツをはかない民族もいるうえ、日本でパンツをはくようになったのは、洋服を着始めた150年ほど前から。そのため科学的に言えば「パンツははかなくてもいい」としながらも、「世の中のルールや文化という面からは、パンツははくものだと思っておいたほうがいろいろ楽だと思います」と回答している。
こうしたやりとりはSNS上で評判を呼び、これまでに何度もツイッターのトレンドを席巻してきた。大人も夢中にさせる『子ども科学電話相談』の魅力に迫ってみよう。
動物のプロを唸らせた3つの問い
成島先生によると、回答者に質問内容が知らされるのは放送前日が多いそう。1回の放送で3~4の質問に答える構成だが、最後の質問だけは当日に連絡してきたリスナーに直接答えることも。ぶっつけ本番で臨むわけだが、「コロナ禍前は、質問を伝えられるのはすべて当日の朝でしたから。心の準備ができるようになりました」と笑う。
そんな成島先生に、特に印象に残っている質問を3つ挙げてもらった。
獣医師・成島先生がセレクト!印象深い質問 ベスト3
Q. 生まれ変わったらあまりご飯を食べない動物になりたいです。どんな動物がいますか?(2019年1月4日放送)
Q. 人間より賢い生き物はいるの?(2019年4月27日放送)
Q. 犬にも右利き、左利きはありますか?(同番組から生まれたサイト『シチズンラボ』で調査中)
まずは、「生まれ変わったら、あまりご飯を食べない動物になりたい」という小学4年生の女子からの問いかけ。
「ナマケモノを例に挙げ説明しました。南アメリカにすんでいる動物で、木にぶら下がっていて、1週間に1回ぐらいしかウンチもおしっこもしない。あくせくご飯を食べることに一生懸命ではなく、エネルギーをセーブして生きている。最低限のもので命をつないでいければいいという選択をした動物だとお話ししたんです」(成島先生、以下同)
科学的な事柄について、小学生でもわかるように説明するのは至難の業。そのため、例えば「哺乳類」と言うのではなく「お母さんが子どもを産んで、おっぱいで育てる動物」と言い換えなければならない。さらに成島先生は質問の背景も想像する。
「なぜこんな質問をしたのかと聞くと“ご飯を食べたくない”って言うんです。スリムな体形が喜ばれる社会の風潮もありますから、ちょっと心配になりましてね。“科学的に考えるのはとてもいいことだけど、育ち盛りの時期なので、ご飯を食べて元気になってください”と伝えました」
小学生「人間より賢い生き物はいるの?」
小学2年生の男の子から「人間より賢い生き物」について聞かれたときも、科学的な回答にとどまらなかった。
「普通に考えれば人間より賢い生き物はいません。オンラインでやりとりができて、宇宙にも行けるのは人間だけ。そうして科学的な面では進歩したけれど、ウクライナで起きているように戦争が絶えたことはなく、地球温暖化を引き起こしたのも人間です。そう考えると、必ずしも人間は賢いわけではない。戦争をやめてみんなが幸せに生きていける知恵や可能性を持っているのだから、若い君たちにはぜひ、その方向に進んでもらいたいとお話ししました」
3つ目に挙げたのは「犬にも右利き、左利きはありますか?」という質問。
これに成島先生は「考え込んでしまった」と打ち明ける。
「犬を飼っている小学校高学年の女の子が、“うちの犬は必ず左側から足を出す。だから左利きではないかと思った”と言うんです。女の子自身が左利きだそうで“動物にも利き手はあるのでしょうか”と質問をされました。
人間は二足歩行ですから手はフリーの状態、つまり移動手段ではないわけです。そんな人間の利き手や利き足を、動物に当てはめて考えていいものだろうか。そうした疑問があり、NHKの担当者に回答できませんと伝えました。もう1人の回答者、(元・旭山動物園園長の)小菅正夫先生も答えられないと言われていました」
すると、担当者は大いににおもしろがった。“動物のプロ”がそろって頭を抱えたからだ。
「そこで全国調査をすることになりました。視聴者に呼びかけて、動物の利き手について報告してもらったんです。すると、人間のように右利きが多いといった傾向はみられませんでしたが、個体によっては右前足をよく使うとか、左前足を頻繁に使うケースもあることがわかりました」
犬を対象にしたものではないが、ニホンザルの利き手を調べた文献はすでに存在する。これは小学生にして、プロの研究者と同じような問いを立てられたということ。
「子どもはいろいろな質問をぶつけてきます。大人が忘れてしまった知識欲や好奇心が旺盛なときに、その芽を摘まないことが大切。親子で一緒に図鑑を見たり、動物園や図書館に連れて行ったりすることで、子どもは自分で調べられるようになりますから」
編集部がセレクト!記憶に残る質問 ベスト3
Q. どうしてパンツははかないといけないのですか?(2017年8月30日放送)
Q. 人はどうして生まれてきて死んでいくのですか?(2018年8月30日放送)
Q. 外国のネコと日本のネコはお話ができますか?(2022年7月10日放送)
お話を聞いたのは…元・井の頭自然文化園園長 獣医師
1949年生まれ、栃木県出身。上野動物園、多摩動物公園の動物病院での勤務を経て、井の頭自然文化園園長を務めた。動物図鑑などの監修、著書も多数。『子ども科学電話相談』には「動物の先生」として2013年から出演中