短期連載(2)『女が離婚を決めた瞬間ーー』
優しい夫と描いた幸せな未来。ところが、待っていたのは浮気、育児放棄に振り回される生活に疲れ果てる現実だった。ママ友からも笑われて気がついた自分自身の「結婚」への気持ちーー。
「25歳のときに参加した合コンで、隣の席に座っていた男性が今の夫です。2歳上の営業マンで、九州男子特有の彫りの深い顔立ちで愛嬌もあり、場を盛り上げてくれたんです。誰に対しても分け隔てなく話しかける彼は、いかにも“モテるタイプ”。私などに目もくれないと思っていました」
こう語るのは元メーカー勤務の裕美さん(仮名・34歳)。ロングヘアで、はつらつとした雰囲気だが、結婚生活を語るうちに、苦渋に満ちた表情に変わっていった。
「合コンの翌日に彼からLINEが届いたんです。私だけでなく全員に送っていたようでした。マメだなあ、寂しがり屋なんだろうなあ、というのが彼に対して感じた気持ちでした。それ以上でもそれ以下でもなかったんです」
合コンから10日ぐらいたって、彼から「クライアントと打ち合わせで、あなたの会社の近くに来ています。終わってから、ご飯いかがですか」というLINEが来た。裕美さんはその誘い方を意外に感じたという。
「“近くにいるから”なんて、マニュアルどおりのテクじゃないですか。はっきり言えばダサい。モテるタイプなら、こちらが断れないような誘い方をするんじゃないかって。でも文字どおりの、単純な理由かもしれないと思い直しました。なので“予定が入っていないからいいですよ”と応じたんです」
当初は「タイプではない」と思っていた
待ち合わせのワインバルに着くと先に到着していた彼が待っていた。快活に迎えてくれる様子に好感を持ったが、心のどこかでタイプではないと好意を否定している自分がいたのだが……。
「彼は地元の福岡出身の芸人のものまねがとてもうまくて、ずっと笑いっぱなしでした。いつの間にか終電が近いことに気づいて慌てて店を出ましたね」
駅に向かう途中、「美味しそうにご飯を食べて、しかも僕の話に笑いっぱなしの女性は今までいなかった。楽しく過ごせたよ。ありがとう」
とお礼を言われた裕美さん。さらに「仕事のことで、いろいろあってね。おかげで気分が少し紛れた。また会ってくれる?」という誘いに、思わず「いいですよ」と答えてしまったという。
次の“デート”は休日の公園のベンチでお弁当を食べて、犬の散歩に来た人とおしゃべりをした後、裕美さんの近所の地域イベントに一緒に行った。裕美さん自身、それまでしたことのない庶民的なデートは新鮮だった。3回目のデートの後に「付き合ってほしい」と告白されたときは素直に「うん」と笑顔でうなずいたという。
「あのとき“これまでどんな女性と付き合ってきたの”と聞くべきでした。後悔しても遅いですけど」
恋愛対象ではなかったはずが、付き合ってからは裕美さんのほうが夢中になってしまったという。彼は女性のあしらい方がうまく、ある意味“才能”だと気づいたときには、すっかり虜になっていた。
「付き合って1年目ぐらいに、彼の周囲に女性の影がちらついたんです。すると彼と同じ職場で働く共通の友人が、彼がほかの複数の女性とデートしている様子がSNSでアップされていると教えてくれました。彼に問いただすと“仕事先の女性から誘われてご飯に行っただけ。仕事の延長”と軽くスルーされたんです。
彼の営業成績が順調らしいこともあって、うるさい女と思われたくなかったので、我慢しました。でもある日、知らない女性から、彼とその女性のツーショット写真がSNSで送られてきたんです。女性はスリップ姿、彼が上半身裸で、いちゃいちゃしていて……」
「誘われるままに応じる男」元カノの忠告
女性からその後連絡がなかったので、写真を送りつけてきた真意を知るため、自分から「会いましょう」と呼びかけた。
「実際に会ってみたら、彼の元カノで、写真は付き合っていたころのものでした。嫌がらせ目的かなと警戒したら、元カノは彼の浮気性が原因で別れたと打ち明けてくれたんです。
彼女は、彼が複数の女性たちとデートしていることをSNSで知っていました。またSNSから彼の今の本命が私だということがわかり、過去の自分を重ね合わせてしまい、ついカッとなって写真を送りつけたのだと。浮気癖が直ってないことにムカムカしたとかで……」
さらに元カノは「彼は女性に誘われるままに応じる男」だと忠告してきた。だが裕美さんはきっぱりと「私が更生させます」とひるまなかったという。
「そのころは結婚は彼以外に考えられませんでした。彼の浮気癖を知る友達たちから別れるように説得されたんですけど、反対されればされるほど、彼にのめり込んでしまいました」
裕美さんは彼に元カノとのやりとりを話した。すると「元カノにいろいろと迷惑をかけてしまった」と裕美さんの前で彼女への謝罪の言葉を口にしたのだ。彼のそんな様子をなぜだか「可愛い」と感じてしまった自分がいたという。
裕美さんが「もし結婚して子どもが生まれたら浮気をやめる?」と感情を抑えながらさりげなく聞いてみると「うん」とうなずいた彼。
「彼と結婚して浮気性を直すしかないと思いました。でも、彼からいつプロポーズされるかはわかりません。そこでできちゃった結婚を計画。こっそりと妊娠誘発剤を飲み、彼には安全日だと嘘をついて、ついに妊娠しました。30歳直前でした」
「男は浮気をするもの」が暗黙の了解
付き合ってから5年目。妊娠を告げると彼は「父親になるんだ」と感慨深そうな表情で「結婚しようか」とやっとプロポーズをしてくれた。裕美さんはこれまでの我慢や努力が報われた気がして、涙を流したという。
「結婚披露宴でも、喜びで泣いてしまった私を見て、事情を知っていた女友達たちは私に同情しながら、祝福をしてくれました。でも一部からは“これからまた大変だね”と心配する声も聞こえました」
そんな披露宴の席で夫の両親や親戚に挨拶したとき、裕美さんは漠然とした不安を感じた。夫の叔父さんや男性の従弟が夫と同じように女好きだということが親族の間で話題になっていたのだ。
「男は浮気するもの、という一族の暗黙の了解を感じて、ヒヤリとしました。でも夫は父親になったら、浮気をやめると約束してくれたんです。夫を信じよう、そう心に誓ったんです」
ところが夫は、いともあっさりと裕美さんを裏切ることに。しかも最悪な形となって裕美さんに災難が降りかかったのだ。
「子どもが生まれてから、夫はほとんど育児をサポートしてくれません。悩んだ末に私は会社を辞め、育児に専念。私が育児でへとへとになっているので“できるだけ早く帰って”とお願いしても“仕事なんだ、ごめん”と子どもの顔を少しなでてからすぐに寝てしまいます。
そんな中、ママ友の1人から、夫がほかの女性と食事しているのを見たとLINEが来たんです。育児には何も協力してくれない夫。しかも結婚前のように女の影がちらついて……。“やっと結婚できたのだから、我慢するしかない。妻は私なのよ”と自分自身に言い聞かせました」
だが、そんな思いにも限界が来る。ついに「あなたが浮気をしていることが私のママ友の間で噂になっている」と夫に告げた裕美さん。結婚してからわかったことは、夫が外面を気にすること。
だから噂になっていると言えば浮気をやめると思ったのだが─。
「夫と結婚すること」がゴールになっていた
「女性は営業部の後輩で、プロジェクト終了後に打ち上げをしただけ」と、しらを切り通してきた。困った裕美さんは夫の言い訳を、そのままママ友らに告げたが、誰も耳を貸さず、あっという間にママ友グループに話は広まってしまったのだ。
「噂に尾ひれがついて、夫婦仲が冷めているとか、浮気を繰り返しているのは妻に不満があるからとか。味方はたった1人のママ友。LINEでいつも励ましてくれたんです。でもそのママ友が引っ越してしまうことになって。ますます孤立無援になってしまいました」
ママ友からはじかれて孤独になったことを夫に訴えても「ママ友なんか一時的な関係。気にすることなんかないよ」と他人事のように夫は言い放った。
「一体、私はなぜ彼と結婚したのだろうと初めて自分の結婚を考えました。そのとき、自分の中で夫と結婚することがゴールになっていたのでは、とふと気づいたんです」
最近では妻の座を手に入れた喜びも感じられなくなった裕美さん。子どもがもう少し大きくなってから仕事に復帰しようと思っている。夫と別れ、子どもと一緒に生きていくには、何はともあれ経済力が必要だからだ。
取材・文/夏目かをる