“ノーマスク”に関する、全国初の行政処分が下ったーー。
9月1日、国土交通省中部運輸局が『伊豆箱根バス』に対して、運行バス2台を使用停止とする行政処分を行ったもので、同社は「運転手は他の客に迷惑がかかると判断して降車を求めたが、不適切だった」として、これを受け入れた。
はたして何が起きたのか。全国紙社会部記者が経緯を説明する。
「問題とされたのは2022年4月上旬、静岡県伊豆の国市を走行中の路線バス内にマスクを着用せずに乗車した客に対し、運転手は再三にわたって着用を求めるも従わなかったためにバス停ではない場所で停車、客を降車させたとのことです。
ところが、道路運送法では“マスク着用の有無で乗車を拒否できる”との規定はないために、運転手の行動は違反と見なされてしまった。ですが、運転手やバス会社を非難する声は少なく、むしろ処分に同情する声が広まっています」
実際、一報が『読売新聞オンライン』などで報じられると、コメント欄を含めたネット上では、
《バス会社もまた、被害者と考えるべきだと思う。マスク着用しない客を乗せないことは義務なのか権利なのか》
《え?なんで?他の乗客守ったんだからむしろ褒められるべきだと思うんだけど マスクしてない人乗ってきたら客としてはすごい嫌だもん、運転手さんに感謝してるお客さん多いと思うよ》
《4月の時点だと政府はマスクを積極的にお願いしてたはず。なのに行政処分というのは厳しい印象がある。政府が「お願い」なんて甘いことをしてるからこういう事が起こるのではないか》
バス会社は“被害者”と見なされるとともに、政府のコロナ対策の“矛盾”を指摘する意見が多く占めるのだった。
「要請・お願い」で責任は問われない
公共の交通期間をはじめ、各施設内では“当然”のように着用する、または促されるマスクではあるが、現政権の岸田文雄首相はもとより、“アベノマスク”を配布した安倍晋三元首相、そして菅義偉元首相らは「マスクをしなさい」などと、1度として“義務”付けたことはない。
政府はあくまでも国民にはマスク着用を「要請」、つまりは「お願い」しかしていないのだ。コロナ禍における政府の動向を注視してきた、政治ジャーナリストは少々呆れ気味だ。
「その路線バス問題が起きた1か月後の2022年5月時点では、岸田首相はマスク着用の緩和は“実現的ではない”と引き続き要請しておきながら、自身はというとノーマスク外交。世論から批判の声が聞こえると一転して、夏季に向けたマスク緩和の可能性への言及を始めたのです。
そもそもワクチン接種自体も義務ではなく要請止まりで、政府は国民の身に何か起きても責任は問われないというスタンス。先日には5歳〜11歳の接種を“努力義務”と促す一方で、ワクチン未接種者に対する強制や差別は問題ともしている」
有効な政策を打ち出せずに、8月中旬にはコロナ新規感染者数が4週連続で世界最多というありがたくない記録も残した日本。それでいて“検討する・注視する”と責任逃ればかりを繰り返すかのような“あいまい政府”を尻目に、各々で感染対策に勤しみ、努力義務を果たしている国民。そして政府の要請を守ったにもかかわらず、国交省から処分を言い渡されてしまった『伊豆箱根バス』。
コロナ禍で苦境のバス業界に追い打ち
「かねてより地方では路線バスの廃止が増加し、さらにコロナ禍が拍車をかけて乗客や観光客は減少と、バス事業は年々危機的状況に陥っているといいます。事業者のおよそ9割以上が赤字と見る向きもあるほど」(前出・政治ジャーナリスト、以下同)
国交相は8月26日、ようやくコロナ禍で経営難になっているバス事業者に対して、地域交通の維持を目的とした補助金支給の制度づくりに動き出した。具体策は2023年度予算編成の過程で検討される模様。
「マスクを拒否した客と運転手とどんなやりとりがあったのか、もしかしたらマスクができない状況や事情があったのかもしれません。それでも、20人以上が乗っていたという乗客の安心と安全を守るがための行動だとしたら、やはり運転手とバス会社を批判することはできない、責任を負わされるのはおかしいのではないでしょうか。
法律に則った対応は正しいのかもしれません。ならば“お願い”というあいまいなものではなく、政府として法改正を行うなど、責任の所在を明確にした“義務”として国民に示してほしいものですが……」
マスクをめぐって全国初の行政処分を受けた『伊豆箱根バス』だが、引き続き車内での「マスク着用のお願いは継続する」としている。真面目に“お願い”を聞き入れている国民、企業ばかりが損をする世の中にならないことを願いたい。