ちむどんどんに出演する黒島結菜と竜星涼

 いよいよ9月末に最終回を迎えるNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』がクランクアップした。

 沖縄の言葉で「胸がドキドキする」を意味する『ちむどんどん』は、沖縄北部山原出身の比嘉家四兄妹を中心とした物語だ。視聴率15%以上を維持しているにもかかわらず、ネット上の意見や雑誌等の記事での毀誉褒貶がかなり激しい。どちらかと言えば「つまらない」という意見を目にする機会が多く、話の整合性のなさや不確かな時代考証を指摘する声も上がっている。

「高視聴率とはいっても、最低ラインといっていい数字です。朝ドラは2010年放送の『ゲゲゲの女房』から放送開始時間を15分繰り上げて8時スタートになりました。このテコ入れにより視聴率はV字回復し、『ゲゲゲ~』以降の朝ドラは20%前後をキープしていますから。

 視聴率はリアルタイム視聴をカウントするので、この数字の落ち込みは放送時間にテレビを見ている人が減っている、つまりいつも朝ドラを見ていた家でテレビのスイッチが消されているということでしょう。ただ、録画での視聴や配信サービスのNHKプラスで見ている人もいるので一概には言えませんが、数字があまり奮わない、毀誉褒貶が激しいのは、やはりドラマとして面白くないのが原因だと思います」

 そう語るのは、映画やドラマに詳しいライターの成田全さん。

「楽しんで見ている方がいらっしゃるのは承知の上ですが」と断った上で「『ちむどんどん』はここ5年ほどのNHK東京制作の朝ドラの悪いところが凝縮されているように感じますね」と嘆息を漏らす。

倉庫へ入れられたキャラはその後出てこない

 NHK東京制作の朝ドラとは、毎年4月から9月まで放送される連続テレビ小説で、ここ最近で言えば『半分、青い。』『なつぞら』『エール』『おかえりモネ』がそうだ。これらに共通する悪いところが「倉庫」という概念だという。

“倉庫”とは物語に登場したもののすぐに出なくなったキャラクターや設定がしまい込まれる場所という意味で、主にネット上で使われる用語です。ときどき倉庫から出したり入れたりして便利使いされる登場人物もいますが、基本的には倉庫へ入れられるとその後はほぼドラマには出てきません」(成田さん、以下同)

 “倉庫”という用語がネット上で目に見えて増えたのは、朝ドラ100作目の『なつぞら』からだという。

「“朝ドラ”には人と人とがぶつかり合ったり助け合ったりしながら、夢を持った主人公が成長していく姿を見守るという定形があります。しかしその定形をある意味で壊した『半分、青い。』の次の『なつぞら』辺りから、主人公の存在感を上げるための都合のいい展開と、そのための新たな登場人物を出しては倉庫へ入れることが見受けられるようになったと感じています。

 最初に“便利使いだな”と思ったのは『なつぞら』の主人公なつを空襲のときに助けた命の恩人・佐々岡信哉です。何かあると倉庫から出てきてなつのために世話を焼くのに、冷淡とも思えるような対応をされ続けていて、その便利使いと献身ぶりから“問いかければ何でも答えてくれるスマートスピーカーのようだ”とネット上で“アレクサ”と命名されてしまいました

佐々岡信哉を演じた工藤阿須加

 その週に起きる問題と、その解決のために新しい登場人物が出てきては週末に倉庫入り……これはこれまでの朝ドラでも繰り返されてきたことではある。

登場人物が“薄っぺら”で共感や感情移入が難しい

 しかしネットの普及で誰もが簡単に情報へアクセスできるようになったこと、また視聴者の目も肥え、週単位でドラマ撮影があり、ゲスト出演者のスケジュール事情もわかっている。それに加え、個人の感想を言える場がネット上にあり、同じ意見の人が多くなれば書き込みも活発になる。

 でも物語がつまらないと、原因の追求が始まり、物語を進めるために都合よくキャラクターを動かしていることなどが指摘され、意見がマイナスへ傾く……それが“倉庫”という、作劇の穴を揶揄する概念が生まれた理由ではないかと成田さんは考えているという。

「中でも『ちむどんどん』の登場人物は設定が全体的にやや薄っぺらなところがあり、なぜその考えや行動に至ったかの背景や過程がしっかり描かれずに突発的に出来事が起きるので、共感や感情移入が難しいんです。

 今作で倉庫入りした人は、比嘉家の子どもたちをいじめていた金持ちの息子・島袋と眞境名商事の息子・秀樹、料理対決をしたヤング大会の対戦相手高の生徒、高校卒業後にブラジルへ渡った陸上部のキャプテン、比嘉家長男の賢秀に破壊された名護のハンバーガーショップと店主、賢秀が所属し寸借詐欺をしたボクシングジム、比嘉家長女・良子に思いを寄せ婚約寸前までいった金吾とその家族、良子の結婚相手・博夫の実家のおじいやおばあ、良子の同僚教師と担当児童、鶴見のおでん屋台と女将、家族の思い出の味ポルチーニのリゾットを比嘉家次女・暢子が働くレストラン“アッラ・フォンターナ”へ食べに来た父と娘、沖縄で遺骨収集をしている嘉手苅、比嘉家三女・歌子の元勤務先の同僚……。

 こうした人たちが週の初めに登場しては比嘉家4人きょうだいの前に立ちはだかり、金曜日までに問題を解決する、というパターンが毎週繰り返されています。普通、ドラマには視聴者の心に残る脇役が出てきて、それが“推しキャラ”となり、物語に出てこなくなっても『あの人、今頃どうしているんだろうな』と懐かしく思い出すものなんですが……『ちむどんどん』にはそれが全然ないんです

 テレビウォッチャーの神無月ららさんは「悪役はほぼ全員取って出し、出たらすぐに倉庫アイテムと化す」と語る。

「さらに暢子たちの味方も倉庫へ行きがちで、暢子の幼馴染の早苗はその典型。高校時代こそいつも隣にいましたが、暢子上京後は最初の道案内をしただけで倉庫入り。暢子の結婚式で久々に登場した時は“いた! 良かった!”と安堵しました(笑)。早苗と励まし合って東京生活を送るシーンがあれば、暢子のキャラクターにもっと奥行きが生まれるのに、便利使いされるだけでもったいないですよね。

 結婚式と言えば、沖縄時代からずっと比嘉家にお金を貸してきた石丸謙二郎さん演じる大叔父の賢吉がいなかったことにも驚きました。あんなにお世話になった人を結婚式に呼ばないなんてありえんし、借金問題がウヤムヤのまま倉庫行きは悲しい……大叔父さんこそ、アッラ・フォンターナの料理で労うべきでした」(神無月さん)

一番の悪手はドラマの“謳い文句”

 話を転がすため、そして主人公一家を窮地に陥らせるために必要なキャラクターを出し、問題が解決すれば倉庫へしまう……エピソードを積み重ねることなく、その場その場で人物や設定が増え、倉庫の備品は増えるばかりなのに、誰も適切に管理をしていないと言う成田さんは、「しかしそんな中でも一番の悪手は、当初の釣書までも倉庫へ入れてしまったことでしょう」と指摘する。

≪大好きな人と、おいしいものを食べると、誰でも笑顔になる――ふるさと沖縄の料理に夢をかけたヒロインと、支えあう兄妹(きょうだい)たち。傷つきながら、励まし合いながら、大人への階段をのぼっていく個性豊かな沖縄四兄妹の、本土復帰からの歩みを描く、笑って泣ける朗らかな50年の物語≫

『ちむどんどん』

『ちむどんどん』では番組開始前にこのような惹句を発表しており、沖縄本土復帰50年を記念するドラマという謳い文句でスタートした。

「しかし日本へ返還される前の沖縄の描写がほとんどなく、まずここで視聴者は肩透かしを喰らいました。

 そして父が亡くなり、借金を抱える比嘉家は少しでも家計を楽にするため暢子が東京の親戚のところへ養子に行くことになったのを土壇場でひっくり返し、“家族で幸せになる”と宣言しました。“じゃあ借金はどうなるの?”と視聴者が固唾を呑んで見守った翌週の第11回、17歳になった暢子は高校へ進学しており、さらに兄の賢秀も中退ながら高校へ進学、姉の良子に至っては短大まで出て教師になっているなど“そのお金はどこから出たの?”と疑問が噴出、借金問題がどうなったのかほとんどわからないまま今に至っています。

 ここでつまずいた視聴者は多いと思いますが、実は7月に放送された総集編『ちむどんどん特別編』で比嘉家所有のサトウキビ畑を売って借金を返したということが暢子役の黒島結菜さんのナレーションで説明されていました。しかし本放送の疑問を解消するための答えが“違う倉庫”から出されては、見ている側としてはもう手も足も出ませんよね。

 さらにコックや新聞記者など仕事の描写もご都合主義的で、借金を含めたお金の問題をすぐウヤムヤにして倉庫入りさせてしまう、メインのテーマであるはずの料理メニューに心惹かれない、暴力沙汰や犯罪、違法行為を物語を進めるために使うのもどうかと思います。

 そして時代考証が甘くて、当時を知る世代は違和感を抱くシーンが多く、1970年代には超高額だった長距離電話を気軽にかけ、沖縄と東京を人が簡単に行き来するなど、問題点を挙げればキリがありません。また笑いの演出や劇伴(シーンの背景に流れる音楽)もズレ気味ですし、泣けるために必要な物語の積み重ねもほとんどない。しかも余計な話が多く、毎回疑問が増えるので、朗らかどころか朝からイライラする人、続出なんです」(成田さん)

暢子の成長が感じられない

 特に視聴者がイライラしているのがヒロイン暢子の態度だという。

「自分の夢を叶えるため、純粋にひたむきに努力するのが朝ドラの主人公ですが、暢子は人の意見に耳を傾けようとせず、“うちは絶対にあきらめない”“何か間違ったことしてる?”と我を通す。それが結果的に強運と、周りの人の助けと受容でなんとかなっているのに、特別に感謝するわけでもなく、すべて自分の手柄のように振る舞う態度に見えてしまうことが、視聴者に不快感を与えているのだと思います。

 そしてとにかく“成長”が感じられないんですよね。暢子は高校生のときと声の高さも、動きも、考え方も、沖縄言葉も、ファッションセンスもさほど変わらず、学んできたことを活かそうとする描写もあまりないんです。名作朝ドラ『おしん』で主人公を演じた田中裕子さんは10代から始まり、20代、30代、40代とドラマの中で年を重ねるたびにだんだんと声が低くなり、動きも落ち着きを見せ、自分のことは自分で始末をつけるなど人間としての成長を感じさせてくれました。

 しかし一度自分で決めるとテコでも動かないなど“やっぱりおしんだ”と思える変わらない部分もあり、人物としてブレていなかったんです。まあでもこれは演者の問題ではなく、脚本と演出の問題でしょうね。『ちむどんどん』に出演している役者さんたちは、みな一生懸命演じてらっしゃいますから……

 さらに「見ていて胸がもやもやするのは、大事にされる人とそうでない人のバランスの悪さ」と指摘するのは神無月さん。

「大事にされている一番は、やはりにーにーこと賢秀ですね。詐欺で騙された後は詐欺犯の仲間になって、今度は騙す側に回る、そしてまた騙される、の繰り返し。暢子が独立するために貯めたお店の開業資金200万円を持っていかれても暢子は兄を責めないし、少年時代の回想で共同売店から金を盗んだ賢秀を父が“お前は悪くない!”と抱きしめるシーンではア然としました。あんなふうに甘やかせば確かに自己肯定モンスターの“一番星”が出来上がるな、と。悪事は悪事としてきちんとけじめをつける場面が無ければ、視聴者の心は離れていくばかりです。

 逆に大事にされていない典型といえば、やはり暢子の幼馴染の智でしょうか。病弱な歌子の体を真剣に気遣う智を騙して東京に連れ出す口実が、まさかの歌子の仮病! それは人としてやっちゃいかんし、あまつさえ結婚式に引っ張り出してスピーチさせるという残酷物語には胸が痛みました……。今後は歌子との関係が展開していきそうですが、“幸せになりたいなら比嘉家から逃げるんだ”とすら思います。いい人はちゃんと幸せになるべき!」

 9月に入り、ドラマはいよいよラストスパート。

 これまで見続けてきた視聴者は、果たして“ちむどんどん”できるのか?

「広げた風呂敷をどう畳むのか、倉庫へしまった設定や人物をどの程度回収してくれるのか、“ふるさと沖縄の料理に夢をかけた”という暢子たちの“50年”の歩みと成長についてどう落とし前をつけるのか、見守るつもりです。とにかく『半分、青い。』以降、ここ5年ほど東京制作の朝ドラで続く“倉庫”を始めとした悪い流れを断ち切るきっかけにして、来年の『らんまん』の制作へ活かしてほしいです。朝ドラのファンは変な笑いや突飛な出来事ではなく、丁寧に描かれた物語で主人公や登場人物たちに感情移入をして、彼らの成長を見守り、推しキャラを見つけ、毎日泣いたり笑ったりしてその日一日の活力をもらいたいんです。どうぞよろしくお願いします」(成田さん)

「すでにクランクアップしている今、もう方向転換は不可能。なので、これから作られていく新しい作品に『ちむどんどん』で得た気づきや教訓を活かしてほしいですね。『ちむどんどん』に厳しい意見を寄せる我々も、そして視聴者も、面白くて朝が楽しみになるような朝ドラが見たい、ただそれだけなんです。どうか、寄せられた“視聴者の声”をウヤムヤにはしないで頂きたいですね」(神無月さん)

 最終回の放送は9月30日。「上等さ~」と言えるような有終の美を飾ることができるのか?

【プロフィール】

かんなづき・らら 日本の端っこで好きなドラマを見続けているドラマウォッチャー。「週刊女性」に時々文字を書いたりコメントを寄せたりしている。今期ドラマでは『ユニコーンに乗って』と『魔法のリノベ』がお気に入り。

なりた・たもつ 1971年生まれ。イベント制作、雑誌編集、漫画編集等を経てフリーライター。幅広い分野を横断する知識をもとにインタビューや書評を中心に執筆。ドラマ『おしん』の魅力を語るトーク「おしんナイト」実行委員。

NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』
NHK総合 月~土 8:00~8:15、12:45~13:00
(土曜は一週間の振り返りを放送)
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/chimudondon/
 
 
5月上旬、スーパーのレジで寄り添いながらお会計をする黒島と高良健吾
高良とスーパーに向かう足取りは軽く、黒島はウキウキした様子だった

 

 

 

NHK『アシガール-超時空ラブコメ再び-』試写会での黒島結菜('18年11月)