コロナ禍の3年間で花火業界は苦境に立たされている(画像はイメージです)

 夏の風物詩といえば、夜空を彩る花火。日本人に愛され続けてきた花火を、私たちはコロナ禍のため2年以上もの間、ほとんど見ることができなかった。この状況を悲しんだのは花火を見るほうだけではない。花火を上げる場所を奪われた花火師に実状を聞いた。

コロナで崖っぷちの花火業界

一昨年(2020年)はコロナ前と比べて売り上げベースでは98%のダウン、昨年は小さなイベントで花火を行うところが出てきたものの、それでも90%のダウンでした。多くの花火会社が苦境に立たされ、中には職人を解雇し、事業規模を縮小した会社もあったと聞きました」

 そう話すのは花火師歴25年、(株)ハナビヨコハマ代表取締役の高橋光久さん。

 2020年、コロナ禍で迎えた初めての夏、高橋さんの会社が毎年協力している地元・大本山總持寺の『み霊まつり』が中止に。3日間実施される祭りでは、毎日最後に花火を上げていたが、それもできなくなった。

「ところが、お寺からご提案をいただき、コロナや豪雨で苦しんでいる人のために少しでも元気をと、祭りの時期に寺独自のサプライズ花火を実現させたのです。お寺からの粋な計らいに、私たちも元気をもらいました」(高橋さん、以下同)

高橋さんの会社ではデジタル点火システムを導入。100分の1秒単位で花火の点火をコントロールできるという

 とはいえ、それ以降、年内の神奈川県内での打ち上げ予定はゼロ。事実上、ほとんど売り上げがなかったこの時期をどう乗り切ったのか。

「大きな集客を伴う花火大会が実施できなかったので、小規模な花火大会や、プライベートな花火大会に力を入れることにしました

 小規模な花火大会といっても、コロナ前なら行うことができた大学の学園祭や、結婚式すらほとんど中止。そんな中、風穴をあけたのが、中学校や高校での打ち上げ花火の実施だった。卒業生に向けたイベントで、打ち上げ花火の依頼が舞い込むようになったのだ。

「コロナ禍で中学校や高校では、運動会、文化祭、修学旅行といったイベントが軒並み中止になりました。でも、2月3月の年度末に、開催されなかった分の予算が残っていたのです。

 神奈川県では、修学旅行の代わりに、卒業前に横浜の八景島シーパラダイスや東京ディズニーランドなどのテーマパークに行く学校が多かった。テーマパークから学校に戻ってきた生徒たちに、運動場で打ち上げ花火を見せる、というわけです

実はハードル低い打ち上げ花火

 実は、打ち上げ花火は学校の運動場ほどの広さがあれば、十分実施できるという。ただ、一般的には学校で打ち上げ花火をするのは難しいと思われがちだ。

「仕事がなく時間があったので、小さな規模で花火大会をしたいと思っている人に向けて、動画を作成してYou Tubeにアップし、情報を発信しました。限られたスペースや予算内でも花火の打ち上げができることを知ってもらいたかったからです。

 動画を見て安心されたのか、学校から依頼が来るようになり、花火仕事が入るようになりました」

学校の運動場ほどの広さがあれば、打ち上げ花火は十分実施できるという(画像はイメージです)

 学校での花火を実施した後、先生方から、「久しぶりに生徒の明るい顔を見ることができました」と喜びの声をもらったという。学校のイベントのほかにも、タレントの小規模なファンの集まりなどでも花火を打ち上げるなどしたことも。

「打ち上げ花火のいいところは、上を見上げるところ。コロナ禍で気分が沈みがちなときでも、“上を向こうじゃないか”という気持ちになれた人が多かったようで、私たちもうれしかったですね」

 コロナ禍により当然、花火大会の開催決定が直前まで決まらないことも多かったという。

「通常、大きな花火大会の場合、1年前から開催日時が決まっていますが、今は、正式に開催が決定するのは約1か月前。しかも決まったとしても、感染者が増えたら中止、まん延防止等重点措置が発令されたら中止、などといった条件付きでした。

 私が関わったところではありませんでしたが、開催1週間前に、突然花火大会の中止が決定したと嘆いている同業者もいました

 コロナ新規感染者が増え続け、第7波を迎えた今夏は、初めての「行動制限のない夏」でもあった。打ち上げ花火の現場では、どんな変化があったのか。

今夏は、大きな花火大会を縮小して開催する工夫もみられました。私たちの地元・横浜で6月に開催された開港祭では、通常は大規模な花火を打ち上げます。でも今年は横浜市18区すべての地区に分散して花火を打ち上げることになりました。

 医療従事者への感謝と、コロナ収束を願った疫病退散の思いを込めた花火です。打ち上げ花火の時間だけ告知して、打ち上げる場所はシークレット。横浜市民の方たちは、時間になると各家庭で家の外に出て、どこから打ち上がるかを楽しみにされたようです」

首都圏の完全復活はまだこれから

 全国規模での花火大会では、どのような変化が見られたのだろうか。

「地域によって差がある印象です。例えば私たちも参加した日本三大花火のひとつ、新潟の長岡まつり大花火大会は8月2日・3日に3年ぶりに開催され、打ち上げ花火の規模は、コロナ禍前とほぼ同等でした。観覧者数は大幅に制限されたものの、多くの人に感動を与えられたと思います。

 また、秋田・大曲の全国花火競技大会も、有料観客席を大幅に減らしたものの、8月27日に無事開催されました。一方で、隅田川花火大会が中止になるなど、感染者が多い首都圏ではまだ元に戻っていないのが現状です

花火大会などのイベントは、感染者が多い首都圏ではまだ元に戻っていないのが現状だ(画像はイメージです)

 地方での花火大会は復活の兆しが見えてきたものの、まだ全国的に完全復活とはいえないようだ。

 高橋さんの会社でも今夏、長岡の花火大会のほかに、東京競馬場での花火大会や、地元・神奈川県にある慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスで開催された七夕祭に参加。また、花火大会だけでなく、アーティストのライブビデオや、テレビのバラエティー番組での花火演出などさまざまな仕事が増えてきつつある。

「2年もの間、打ち上げられなかった花火がありました。花火を打ち上げる会社の多くが同じ状況だったと思いますが、今年になってようやく保管していた花火を使うことができ、ほっとしています。

 花火大会は屋外で開催されるもの。感染対策をしっかりとりながら、さらに制限が緩和され、早く通常どおりの夏が来るといいなと思っています」

 夏が終わり、花火も来年まで見られなくなるのかと思いきや─。

花火は夏だけだと思われがちですが、意外と秋に開催される花火大会も多いのです。また、今年は多くの大学で学園祭も開催される予定なので、11月くらいまでは、どこかで花火を楽しめるはずです。まだ今年の花火を楽しめていない方は、ぜひ足を運んでみてください」

 つらい2年間を乗り越えた今、花火業界は一歩ずつ、だが確実に前に進んでいる。

お話を伺ったのは……

高橋光久さん
(株)ハナビヨコハマ代表取締役・花火師。花火の打ち上げのほか、花火大会の業務支援、テレビやライブの演出なども手がける。

取材・文/樋口由夏