上皇ご夫妻は、エリザベス女王の訃報に深いお悲しみにあるという('98年6月)

「命ある限り、私はこの身を捧げてあなた方の信頼に応えられるよう努めます」

 イギリスのエリザベス女王が即位の覚悟を国民に対して、そう語られたのは1953年の戴冠式。それから約70年後の9月8日(日本時間で9日未明)、みなに愛された女王は96歳で大往生を迎えた─。

女王と並んで競馬観戦を

「滞在先だったスコットランドのバルモラル城で息を引きとられました。70年と7か月に及んだ在任期間は、イギリスの歴代君主として最長。世界に照らしてみても、フランスのルイ14世に次いで、史上2番目の長さでした」(一般紙記者)

 お亡くなりになる2日前にはトラス新首相を任命していただけに、今回の突然すぎる訃報は、イギリス国内にも大きな衝撃が走った。

「バルモラル城の前には多くの人々がつめかけ、イギリス国歌を合唱するなど、国民の幸せのために尽力してきた女王の生涯をたたえていました。この城は'21年に亡くなった夫のフィリップ王配がエリザベス女王にプロポーズした場所で、ハネムーンでも訪れています。女王は、生涯支えてくれた亡き夫との思い出の地で最期を迎えられたのです」(英王室ジャーナリスト)

 イギリス王室と日本の皇室には、半世紀以上にわたる深い関わりがある。とりわけ、女王との関係が深かったのは上皇さまである。

「'53年6月の女王戴冠式に、日本からは昭和天皇の名代として上皇さま(当時は皇太子さま)が参列されています。上皇さまは、初対面の女王と英語でご懇談。イギリス国内では第二次世界大戦で敵国だった日本に対して強い嫌悪感が残っていましたが、女王はあたたかく迎え入れました。

 戴冠式の数日後、上皇さまが『エプソン競馬場』で競馬を観戦されていたところ、女王の使いが陛下の元へ。“よろしかったら女王のスタンドで第2レースをご覧になりませんか?”とお誘いがあり、隣のスタンドで女王と並んで観戦され、交流を深められたのです」(宮内庁OB)

 一方で、ご夫妻としては'76年にご訪英。ロンドン郊外にあるウィンザー城での2泊3日を美智子さま、エリザベス女王とともに行動され、女王が運転する車に乗られたり、乗馬をされたりして楽しまれたという。

上皇さまは当時のことを“深く心に残っております”と振り返っておられます。また、'98年には天皇即位後初めてとなるイギリスへの訪問をされましたが、“エンペラー・ノット・カム”といった怒号や日の丸小旗が燃やされるなど、反日感情を向けるイギリス国民は少なくありませんでした」(前出・英王室ジャーナリスト)

上皇ご夫妻は“特別扱い”だった

 その状況下で、上皇さまは天皇として次のようにお気持ちを述べられている。

「両国の間に二度とこのような歴史が刻まれぬことを衷心より願うとともに、このような過去の苦しみを経ながらも、その後計り知れぬ努力をもって、両国の未来の友好のために力を尽くしてこられた人々に、深い敬意と感謝の念を表したく思います」

 このお気持ち表明に関して、当時の英国タイムズ紙は「抗議と和解の日」と見出しで伝え、多くのイギリス国民から喝采の声が上がった。それから14年後の'12年、女王の即位60周年記念行事に出席のため上皇ご夫妻は渡英された。

イギリス王室は公式ツイッターでエリザベス女王の死去を公表した

「上皇さまは、この訪英の3か月前に心臓の手術を受けられたばかり。体調が万全ではない中で祝賀行事に参列されたのは、エリザベス女王との深い絆があったからです。

 ちなみに、このとき催された昼食会に招かれた各国王族らのうち'53年の戴冠式にも出席しているのは上皇さまとベルギー前国王のみ。20か国以上の君主や王族が招待されましたが、イギリス王室が公式サイトに掲載した写真はわずか3枚でした。その中の1枚には、上皇ご夫妻の写真が選ばれています」(上皇職関係者)

 もちろん、エリザベス女王が美智子さまに与えた影響も大きい。皇室を長年取材するジャーナリストで文化学園大学客員教授の渡邉みどりさんによると、

「エリザベス女王は、伝統を守りながらも、王室に常に新しい風を取り入れる努力を続けておられました。そのようなお姿が日本の皇室に与えた影響はとても大きいのです。
とりわけ美智子さまは、エリザベス女王のエレガントな立ち居振る舞いだけでなく、公務に励む献身的な姿勢を学ばれていたと思います

フィリップ王配と同じように……

 東京・五反田にある、美智子さまのご実家の跡地につくられた区立公園『ねむの木の庭』では、エリザベス女王から美智子さまへの“親愛の証”が現在も咲き誇っている。

「園内には美智子さまゆかりの植物など、約60種類が植えられています。その中には'67年にエリザベス女王から献呈されたバラである『プリンセス・ミチコ』も植えられているのです。美智子さまはこのバラを大変お気に召しておられます。花言葉は“絆”や“信頼”です。美智子さまと女王は半世紀にわたり、『プリンセス・ミチコ』の固い絆で結ばれていたということです」(宮内庁関係者)

『プリンセス・ミチコ』は濃いオレンジ色のバラ。柔らかな香りと丸い花弁が特徴だ

 前出の渡邉さんが明かしたように、美智子さまはエリザベス女王から“献身的な姿勢”を学ばれている。それは、配偶者を支えるというご覚悟についても同様だろう。'75年に来日した際の女王は、昭和天皇に対して次のような言葉を残されている。

「女王は孤独なものです。重大な決定を下すのは自分しかいないのです。そしてそれから起こる全責任は自分自身が負うのです。その立場をわかっていただけるのは、御在位50年の天皇陛下(昭和天皇)しかおられません」

 女王の孤独を支え続けたのはフィリップ王配だった。

「天皇や各国の君主などの気持ちを真に理解できる人間は、もしかしたらいないのかもしれませんが、いちばん近くで寄り添い、支えることができる唯一の存在は配偶者でしょう。美智子さまは女王の言葉を聞いて、フィリップ王配が女王を支えたのと同じように、“上皇さまをお守りして寄り添い遂げる”覚悟を改めて固められたのではないでしょうか」(前出・宮内庁OB)

美智子さまはエリザベス女王から贈られた“バラと忠言”を胸に、これからも上皇后としての責務をお務めになることだろう。


渡邉みどり ジャーナリスト。文化学園大学客員教授。60年以上にわたり皇室を取材し、『イギリス王室 愛と裏切りの真実』(主婦と生活社)など著書多数