アナタの親がいる介護施設は大丈夫か。自分がそこに入りたいかと考えて

 団塊世代が後期高齢者に差しかかる昨今、老人ホームなど介護施設の需要は増えている。もちろん、老人ホームが“終のすみか”となる人も多いはずだ。自分、もしくは自分の親の最後の居場所はできるだけ穏やかで、平和で、優しい世界であってほしい。そう思う人が大半であろう。だが、そうは問屋が卸さないのが現実だ。終のすみかはよく選んだほうがいい……そう思わざるをえない話を2人の関係者から聞いた。

認知症からセクハラに利用者側の問題も

 発達障害に焦点を置いたウェブニュースの編集人として活躍している田口ゆうさんは、元・介護施設職員。その経験を活かして実話漫画の原作も担当している。

介護職員として半年間働いた田口さん。正社員への勧誘もあったものの……

「離婚をしたばかりの4年ほど前、特別養護老人ホームで働きました。介護職は当時から人手不足だったので、実務経験がなくても社員になれる状況。特養で働いたのはたった半年間ですが、かなり濃い体験だったと思います」

 特別養護老人ホーム(以下、特養)の入所条件は要介護3以上だ。田口さんとしては“利用者はあまり動けないのだろう”というイメージを持っていた。しかし実際はまったく違っていた。

「特養では元気なシニア女性が多かったですね。身体だけじゃなくて……」

 その特養は東京都内でも有数の高級住宅地にある大型の施設だった。セクハラなどというものに若干違和感を覚える上品な土地柄だったが、おむつ交換や着替えの介助の間に男性職員の身体を触ったり、キスを迫ったり、といった行動をする女性利用者が少なくなかったのだ。

「セクハラされる男性職員は決まってイケメンでした。髪の毛はフサフサの男性が狙われました。なぜかそれは絶対なんですよね。不器量だったり、薄毛だったりする職員は見向きもされません。本能的に、年をとると若い異性を求めてしまうものなのでしょうか。孫のような若い男性を性的に見てしまうというのは、少し不思議に思いました」

 しかしおばあさんに迫られたとしても、男性職員ははねのけて拒否することができる。だから実際に問題になることはなかったという。

 元気な女性入居者とは対照的に、男性入居者は体力がなく、寝たきりの人も多かった。しかし弱っても性欲がなくなったわけではない。

「男性利用者にズラッと並んでもらい一斉にシャワーで身体を洗う時間があるんですが、洗う側の職員は大体Tシャツ1枚です。女性職員のTシャツに水がかかると下着が透ける。それを見た入居者の方たちが、興奮し始めるんです。自分の父親よりも上の世代の人たちにも性欲があることにショックを受ける女性は多かった。私も初めはビックリしましたね」

入居者同士の性行為

 認知症状の進んだ入居者同士の性行為も時としてある。性病の蔓延を防ぐためにコンドームを置いた施設もあるそうだ。人生の終盤で、そんな状況に陥る親の姿は見たくない……。だが、田口さんは続ける。

「夕方になり、日が陰ってくると、入居者たちが不穏なムードになってきます」

 悲鳴を上げたり、おびえたりする高齢者が現れるのだ。そういう心の動きは伝播して、ホーム内全体がおそろしい雰囲気に包まれる。

「妄想がふくらんで騒ぎだしてしまう人もたくさんいました。私のいた施設では“悪魔モード”“神様モード”などと呼び分けていました」

 悪魔モードはまさに「自分は悪魔だ」と思って暴れる状態で、攻撃的になる。その場合、職員間では

「〇〇さん、悪魔モードに入っちゃったみたいだから、今かまうと殴られるよ~!」

 といったサインが出されたそうだ。では、神様モードは天使のようになるかといえば、そうではない。自身が神様になるのだ。異常に尊大になり職員に説教を始める。また自分の妄想で過去の記憶をすり替えてしまう人も。

「なぜか“私は華族の生まれで、水谷豊の元彼女”と言い張るおばあさんもいました。ドラマ『相棒』の再放送を見ながら“豊、元気そう”と微笑む姿は幸せそうでよかったですけどね」

 だが、そんな平和なケースは少ない。

「1日中ひっきりなしに働いていました。人手不足で人数は足りないし、給料は安いし、とにかく大変でしたね」

窃盗、虐待が横行 公にならない怖さ

 利用者側の問題はある程度致し方ない。理性を失いかけた高齢者がどうあるべきかは、他者がコントロールできるものではないからだ。自分や自分の親が入居して、あまりにも目に余る隣人がいれば、さすがに何らかの手を打ちたいと感じるだろうが。

 それよりも問題なのは、利用者側ではなく、介護する側、つまりスタッフ側だ。その点が非常に深刻な状態になっている介護施設があった。

 都内・社会福祉法人の特養で働いている30代の女性・Aさん。結婚を機に会社を辞め、産後の再就職先に特養を選んだという彼女の告発に、取材班はおののいた。

「私の場合、異業種から特養への転職でした。老人ホームで働く人々というのはボランティア精神に満ちた優しい人たちという印象があったのですが、働き始めてすぐに打ち砕かれました。特養内では、窃盗が横行していました」

 こちらも犯罪率では23区内でも安全面でトップに位置するB区の施設での出来事。B区で生まれ育ったAさんの衝撃の日々が始まる。

 目を離した隙に私物がなくなる。ロッカーに入れておいた財布から金が抜かれる。そういう窃盗事件が日常的に起きた。今までもブラック企業といわれる会社での勤務経験があったAさんだったが、“日常的に窃盗が起こる”ほどモラルが破綻した職場で働いたのは初めてだった。

「とあるケアマネジャー(介護支援専門員)は、担当しているお年寄りが亡くなると、遺族が来る前に遺品を盗んで勝手に“形見分け”をします。“今回はいい時計だった”などと無邪気に喜ぶときも。残された薬までも全部、取っていました。睡眠薬や向精神薬は自分で飲むのだと思います」

遺品を盗んで、遺族に気づかれないものなのか

「遺族は特養ホームに入っている親族にほぼ無関心。面会に来る家族は、ほとんどいません。コロナ禍になってからはなおさらです。持ち物がなくなっても、まず気づかない。実際、問題になったことは一度もありませんでした」

 問題は窃盗だけにとどまらなかった。利用者に対するいじめ、虐待だ。

「私はペースト状のものしか食べられない利用者に、なぜか無理やり食べ物を飲み込ませる役をやらされました。“スプーンを喉の奥まで入れれば飲み込むから”と教えられて。当然、そんなことをされたら当事者は泣いて嫌がる。ものすごくきついです」

 さらに状態が悪くなるとペーストを作る。だが……。

「それも面倒くさいから、フルーツもお肉もお米も全部まとめて流動食にするんです。そんなもの、まずくて誰も食べられない。これもまたスプーンをねじ込んでいました。ボロボロ泣きながら流動食を流し込まれているみなさんを見て、自分は絶対に入りたくないし、死んだほうがまし。絶対に自分の親も入れたくない、と思いましたね」

押しても誰もこないナースコール。自分で動けなければもうトイレにさえ行けない

 ナースコールが鳴っても無視する。トイレに行きたいと言っても、すぐに連れていかない。そんな小さな虐待はいくつもあった。

「“利用者に対する虐待じゃないか”と訴えたことがあったのですが、すぐにいじめにあいました。1週間くらい全員から無視されました」

 今もそこに勤務するAさんだが、そんな状況もそろそろ限界を迎えようとしている。

「この話をしたことがバレたら、もう施設を辞めようと思っています。自分も虐待に加担しているストレスもひどいし、周りに話が通じる職員もいない。つらいです」

 また1人、心あるスタッフが離職してしまいそうだ。

問題は強要される“奉仕の精神”

人手不足が深刻な業界。給与を上げ、すぐにも業界を変革できる人間が必要だが……

 なぜ、このような状態になってしまうのか。再び田口さんに話を聞いた。

「まず“介護職の給料が安い”というのがいちばんの原因。私がいたときも、多くの人が年収200万円台で働いていました。キツイ・汚い・危険な労働のうえ、利用者側の問題もある。ホーム内で窃盗が起きる要因は、単純に貧困にあると思います」

 ならば賃上げを要求したり、より給料のよい施設に移ろうとはしないのだろうか?

「もちろん、そういう人もいます。ただ介護業界内はある意味、“介護職は聖職”といった洗脳をする宗教団体のような雰囲気があります」

“お金のために働くなんてけしからん”“お年寄りの笑顔を給料だと思って奉仕せよ”。こんな考えが当たり前にまかり通っているゆがんだ業界なのかもと話す。

「ネットスラングで言うところの“嫌儲(お金儲けをよしとしないこと)”ですね。“介護業界がいかに素晴らしい聖職か”を示すような、介護者コンテストのような全国大会も開かれていて、参加者は笑顔で高齢者に奉仕を、とどんどん洗脳される。だから、賃上げなんて動きが出ると、自分たちで足を引っ張ってつぶしたりするんですよ」

介護も賃上げが必要、などという考えは介護職にふさわしくない”といった考え方は、相当にブラックだ。

「営利目的の法人が介護業界に参入しただけで嫌われて差別的な対応を受けます」
“お金が目的ではない”“高齢者のために奉仕”というと立派に聞こえるが、介護職はボランティアではない。

 年収が低ければ結婚も老後の蓄えをすることも難しい。キツイ仕事であるうえにお金を求めてはいけない。自分の生活が厳しくても、笑顔で働かなくてはならない。こうなったら職員側は疲弊してストレスフルになるだろう。それが虐待へのトリガーになってしまうのはもちろん許されることではないし、施設内で窃盗や虐待が常習化するなど、絶対にあってはならないことだろう。

 なにより給料が安ければ優秀な人材が集まらないし、業界の空気が変革を許さなそうだ。しかし現状のおそろしい介護施設に自分の親を入居させるのはごめんだ。

「このままいくと第2次ベビーブーム世代が介護施設に入るころには、この業界が破綻しかねません。それを避けるためには、賃上げでいい人材を雇用するか、ロボットやAIを積極的に取り入れていくしかない。でもそれはそれで根強い反対もありそう」

 今の介護業界の状況は、どこかで大きく舵を切る必要があるのではないだろうか。


村田らむさん(ルポライター、イラストレーター、漫画家。)

〈取材・文/村田らむ〉ルポライター、イラストレーター、漫画家。ホームレスや生活保護、富士樹海や新興宗教など、マイノリティーな分野への潜入取材を得意とする。近著に『危険地帯潜入調査報告書 裏社会に存在する鉄の掟編』(竹書房)など。