防犯カメラは息をのむ犯行シーンを捉えていた。
サングラスにランニングシャツ、ステテコ姿の中年男が隣宅前で仁王立ちし、
「オレ、何もやってないからな、悪いけど。言っとくけど前に仕事振ってやったの覚えてねえだろ! えっ!」
などとまくし立てる。
ステテコの右ポケットから刃物を出すと、低い姿勢で被害男性Aさん(60)に突進。刃物を何度も突き出す。
揉み合ううち、サングラスなどがはずれても男は手を止めない。Aさんは、
「おーい、警察呼んでくれ!」
と、出血の止まらない左手を心臓より高くあげながら叫んだ。
9月4日午後4時22分ごろのこと。千葉県市川市で隣宅の男がAさんを刃物で襲ったとする110番通報を受け、県警行徳署が殺人未遂の疑いで現行犯逮捕したのは職業不詳・河上久容疑者(62)。
Aさんはからだをかばって左手を切られ大けが。顔には打撲傷があり、搬送先の病院にいまも入院している。
被害男性は腕の神経を切られ、顔にはプレートが…
Aさんの妻はこう話す。
「夫は左腕の神経を切られ、神経をつなぐ手術をして完治まで3〜6か月かかる見込みです。顔面の殴られた箇所にはプレートを入れなければならないそうです。命に別条はないとのことですが、しばらく仕事はできませんし、後遺症が心配です」
ご近所トラブルがエスカレートした果ての犯行だった。
「そもそもは約6年前、近隣20軒でつくる管理組合をめぐり、河上容疑者が“管理費は払わない”と言い出したのが始まりです。暴言を吐かれたり怪文書を投函されるなど嫌がらせを受けてきました。抑止力になればと設置した防犯カメラは長い棒で突つかれました。最近では、あの人がいると怖くて近所の人はだれも外に出てきません」(Aさんの妻)
地元関係者によると、管理費は外壁など修繕工事の積み立てや管理する街灯の電気代などに充てられる。
「個別に工事すれば費用がかさむし、街灯がなければ真っ暗になり防犯上問題がある。住人で年1回集まって対応策を話し合ってきたが、河上容疑者だけ未払いを認めるわけにいかず、いつも時間切れ。容疑者が集会に出席したときは“外壁の色はあれじゃダメだ”などと言いたいことだけ言って椅子を蹴飛ばし、それが当たって青アザができた出席者もいた」(同関係者)
意味のわからないイチャモンをつけられる
近隣宅のインターホンをやたらと鳴らし、住人に心当たりのない暴言を浴びせたり、個人の悪口などを書いた誤字脱字だらけの怪文書を配布したり、すれ違っただけで意味のわからないイチャモンをつけられた人も。
「コイツです!」
「逃げるな!」
「××をたぶらかしているだろ!」
Aさんの妻は出かけようとしたとき、腕組みして仁王立ちする容疑者に睨まれた。
近くの工事現場の作業員に対しても、「国交省の許可を取ってるのか!」などと難クセをつけたという。
「もうみんな、何を言われてもインターホンを鳴らされても無視すると決めたみたいです。最近は刃物を持って周辺をチョロチョロしていると聞いていたので怖かった。Aさんがどうにか無事だったことだけが救いです」(近所の住民)
前出の地元関係者によると、河上容疑者はもともと妻子と暮らしており、いったん転居したのち、ひとりで戻ってきたという。
Aさん宅では昨年11月、車と自転車をパンクさせられる被害があり、同県警は器物損壊の疑いで河上容疑者を逮捕している。
「自転車は3台やられました。しかし、起訴には至らず、今年1月の雪の日、息子は近くの路上で刃物を持った河上容疑者に追いかけられたんです」(Aさんの妻)
かつらやサングラスのほか、帽子をかぶることもあり、「本人は変装してバレていないつもりみたい」(同)という。
事件当日、河上容疑者は近くの商業施設で従業員から自転車の駐輪の仕方を注意された。たまたま居合わせたAさんの妻が知人らに電話する姿を見て逆上したようだ。
「駐輪場で“この線がこうで、この線が”などと反論していました。巻き込まれるのではないかと怖くて、外部と電話することで威嚇したつもりでした。河上容疑者は私より先に自宅に戻り、夫に刃物を向けたんです。いずれ河上容疑者が戻ってくると思うと不安でなりません」(Aさんの妻)
これまで近隣住民らと市役所などにマメに出向いて相談してきたといい、
「それでも解決の糸口をつかめず事件が起きました。話が通じない相手はどうすればいいのか。あの人はだれの話ならば聞いてくれるのか」(同)
とショックを受けている。
「オレは何もしていない」
捜査関係者はこう話す。
「Aさんから4回、河上容疑者から1回、相談があり、市役所や関係機関などと連携して対応を続けてきた。容疑者は“オレは何もしていない”と殺人未遂を否認している」
だれの身にも起こりうるご近所トラブル。話し合いで解決できるとは限らず、明日は我が身、の心構えが必要なのかもしれない。