自分の死後、遺族には想像以上にたくさんの手続きが待っている。その負担を減らすため、今からできることは備えておきたい。しかし正しい手順をふまないと遺された人たちが混乱したり、金銭的に損をするケースがあるから要注意。
自分の死後をシミュレーションするのはツラいものだが、明日をも知れない命、できるところから早速始めよう。
自分の死後に行われるさまざまな手続きについて、意識している人は少ないだろう。本人亡き後、それを担うのは家族にほかならない。
「各手続きで必要な情報がわからないと、家族は困ってしまいます。終活として、本人しか知らない情報や、家族が気づきにくい情報を整理しておく。死後の手続きを自ら準備するのは大切なことです」
こう話すのは、相続・終活コンサルタントで行政書士の明石久美さん。自分の死後、遺された家族に負担をかけたくない。そのために万全の準備をしておきたいと頭に浮かんだはずだ。ただ一方で、何をどう準備したらいいかわからなかったり、「やることがたくさんありそう……」などと不安を感じたりするもの。
「いざ死後手続きの準備に向き合うと、大変な印象を抱くかもしれません。でも実際には生前にできること、本当にやっておくべき備えは限られます。マイナンバーの登場による行政の効率化などもあり、必要最低限の情報を残しておけばいい。むしろ準備を頑張りすぎると、家族間のトラブルを招きかねないのです」(明石さん、以下同)
最低限の情報を家族がわかる形に整理
家族が担う死後の手続きは大きく分けて3つある。
「それぞれの手続きで、最低限必要な情報や書類をまとめておけば、スムーズに進められるでしょう」
死後の手続きは、財産の有無に関係なく行わなければならないことがある。
「例えば、葬儀や納骨など供養に関すること、遺品の整理、役所の手続き、未払金の支払いなどです。通帳が1冊あれば残金を相続人で分ける手続きも必要になる。また、不動産の登記が義務化されるため、それも放置できない。パソコンやスマホで取引をしているなら、その情報を把握し、適宜手続きを行わなければなりません」
そういった中で“本人しか知らない情報”を必要な範囲で家族に伝えておくことで、家族の負担を一気に減らすことができるという。
「手続きに必要な情報が明確になっていないと、作業が滞って期限のある手続きが間に合わなかったり、相続人が亡くなってより煩雑になったりする場合があります。相続税の申告が必要な場合は、申告が遅れるとペナルティーもある。どんな財産があるのか、相続人は誰なのか、遺言書があるのかなど情報の整理を忘れずに」
自分の最期がいつ訪れるかは誰にもわからない。わからないからこそ、元気なうちに備えておく必要がある。死後の手続きを踏まえ、自分でできる備えの詳細を見ていこう。
死後の手続きは大きく分けて3種類
【1】 死後の事務に関する手続き
死亡届の提出、健康保険証などの返却、葬儀や納骨、遺品整理など
【2】 財産に関する相続手続き
遺産の確定、戸籍謄本取得、遺言書有無の確認、預貯金解約、不動産登記、相続税申告・納付など
【3】 お金がもらえる手続き
葬祭費の申請、遺族年金や未支給年金の請求、死亡保険金の請求
死後の手続きの流れと準備
自分の死後、家族が行う可能性のある手続きと準備の要・不要をチェックしておこう。
葬儀の準備・死亡届
あなたが病院で死亡すると、家族はすぐに葬儀社を決め、搬送依頼をするとともに、医療費の精算や死亡診断書の受け取りを行う。故人安置後は葬儀内容を決め、葬儀社から見積書をもらう。死亡届の提出は通常葬儀社が代行してくれる
準備しておきたいこと
・死亡届の作成に必要な本籍地と筆頭者名を残しておく
・菩提寺の連絡先、宗派、訃報の連絡先、遺影用写真の保管場所などを伝えておく
年金・健康保険関係
年金や健康保険関係の手続きは、原則14日以内とされているが、年金番号とマイナンバーが紐づけされたことにより、年金受給者死亡届が不要に。健康保険証など役所発行のものは、役所で手続きを行う際に返却すれば大丈夫。
準備しておきたいこと
・年金番号がわかるもの(年金証書やハガキでも)。企業年金がある場合は、加入がわかるもの
相続準備
相続財産と相続人、遺言書の有無を早期に確定させることが第一。預貯金、有価証券、不動産、保険、動産、負債、未払金などを洗い出す。また、出生時から死亡時までの連続したすべての戸籍謄本などを各本籍地役場で取得し、相続人を確定させる。
準備しておきたいこと
・どのような財産や負債があるのかわかるようにしておく。また、遺言書の有無や保管場所をわかるようにしておくか、誰かに伝えておく
・出生時からの本籍地と筆頭者の履歴をまとめておく
名義変更・解約
不動産や自動車などの名義変更や、銀行口座の解約、証券の移管などを行う。また、各種サービスの退会や解約なども行う。スマホやパソコンで行っている取引は見えにくいが、“デジタル遺産”もチェックして処理していく。
準備しておきたいこと
・銀行や証券会社などの口座番号、不動産、借入金、退会・解約が必要な情報などをわかるようにしておく
・スマホやパソコンのロック解除法とデジタル取引先の情報整理
まずは流れを知って頑張りすぎない準備を!
死後の手続きの流れと、自ら準備しておきたいことをまとめた。まずは全体像を頭に入れてほしい。
手続きの分野は多岐にわたっている。ただし、遺された家族が各分野の手続きをすべて実行しなければならないわけではない。明石さんはこう解説する。
「遺族年金や葬祭費、死亡保険金など、受け取れる人が請求すればもらえるものや、準確定申告や相続税申告など必要な場合のみ行うものもある。個々の状況で変わるので、準備が必要か否かの見極めは必要です」(明石さん、以下同)
新制度の導入で必要な手続きも変わる
必要性が高く、家族を楽にできる備えは何なのか。そのポイントを手続きの流れに沿って紹介しよう。
まず死後に行う手続きの第一歩は死亡届の提出だ。死亡届が提出されないと火葬許可証がもらえないため、葬儀や火葬を行えない。
「死亡届記入時に家族が困らないよう、本籍地と筆頭者名情報はわかるようにしておきましょう。
葬儀の準備は、葬儀社を即座に決め、あわせて葬儀を行う場所、人数などを決めなければなりません。菩提寺がある場合は菩提寺への連絡が即必要になります。その際訃報の連絡先がわかれば大まかな人数の把握ができます。遺影写真の加工も即手配が必要なため、遺影に使ってもらいたい写真の保管先がわかると葬儀社に即渡せます」
次は年金・健康保険関係。現在、年金はマイナンバーと紐づけられているため、原則、受給権者死亡届は不要に。
「ただし、未支給年金や遺族年金などを受給できる人がいる場合は手続きが必要なため、一度、役所や年金事務所に問い合わせてみましょう」
続く相続準備は相続関連手続きを円滑に進めるべく、財産の情報をわかるようにしておくのは絶対だ。
「遺言書がない場合は、相続人で話し合って遺産の分け方を決めなければなりません。その決めた内容を書面(遺産分割協議書)にし、金融機関などで手続きを行っていくため、どのような財産があるのかがわからないと困ります。
最近は、ネットやアプリなど、デジタル取引を行っていたり、WEB明細にしていたりする人が増えているため、取引が把握しにくくなっています。家族が解約などの手続きを行う必要があるものは、わかるようにしておきましょう」
もらえるお金は対象に該当するかチェック
自分の死後、遺された家族の請求によって、もらえるお金や戻ってくるお金がある。
「例えば、故人と生計が一緒だったなど要件を満たしている場合、未支給年金や遺族年金などの請求ができます。健康保険証の返却をする際に葬祭費の請求をすれば、葬儀費用を支払った人(大抵は喪主)に5万円程度が支給されます。
医療費や介護費を一定額以上負担した場合は、高額療養費や高額介護サービス費などの支給のお知らせが役所から届きます。故人が死亡保険に加入していた場合は、受取人が請求すれば保険金を受け取れます」
一方、頼れる親族がいないおひとりさまの場合、死後のことを行ってもらう相手と「死後事務委任契約」を結んでおいたり、「公正証書遺言」で遺言執行者になってもらうよう指定しておくなど、事前準備をしておきたい。
おひとりさまがしておきたい死後の契約
『死後事務委任契約』
遺体の引き取り、葬儀、納骨、埋葬などの事務手続きを委任できる。司法書士、行政書士などが窓口
『公正証書遺言』
遺産の扱いを、公正役場の公証人に伝えて作成する遺言。遺言書として信頼度が高い
準備しすぎることで家族の負担になることも
「必要な準備ならいいが、過剰な備えは家族を不幸にすることもある」と明石さん。
「子どもに迷惑をかけたくない親は、親心から葬儀やお墓のことを先回りして心配し、『葬儀は親戚を呼ぶと大変だから家族だけでやればいい』『お墓は管理が大変だから海に散骨を』などと要望を伝える人がいます。
いざ子どもたちがその願いを叶えると、親戚からの心無い言葉で傷ついたり、後日焼香に来た人の対応や香典返しの手配などでかえって煩わしい思いをさせてしまったりすることも。
供養をする家族や周囲の気持ちにも目を向け、遺された家族が嫌な思いをしないかどうかも考えるべきです」
自分の死を悲しむ家族を、さらに悲しませることは誰も望まないはずだ。家族にとって、「備えあれば憂いなし」を目指そう。
教えてくれたのは……明石久美さん ●明石行政書士事務所代表。特定行政書士、ファイナンシャルプランナー、葬祭アドバイザーなど多数の資格を持つ。終活、相続に関する支援を専門に行う。『死ぬ前にやっておきたい手続きのすべて』(水王舎)など著書多数。
〈取材・文/百瀬康司〉