「想定外の部分はありますね。それだけうんこと本気で向き合ったんでしょう」
そう笑いながら話すのは、小学生向け教材『うんこ漢字ドリル』の生みの親である古屋雄作さん。小学校1年生で習う“田”なら、“田んぼのどまん中でうんこをひろった”という具合に、例文すべてにうんこをちりばめた異例の漢字ドリル第1弾が発売されたのは、さかのぼること2017年3月。
ママたちの「漢字の宿題が大嫌いな息子が、ゲラゲラと笑いながら自発的に漢字ドリルをやり始めた!」といった口コミが広がるや、瞬く間に話題の学習教材としてブレイク。あれから約5年─。
現在、『うんこドリル』シリーズは、小学生だけではなく、幼児から中学・高校生向けにも広がり、絵本やマンガなどを合わせると150点以上のうんこ本をリリースするまでに成長した。その累計部数は、驚愕の1000万部(!!)に迫るほどだ。
「勉強嫌いにならないために、子どもが大好きなものを学習に導入したほうが楽しんで机に向かえると思いました。その最たる例がうんこではないのかと」(古屋さん、以下同)
その言葉どおり、漢字を皮切りに算数、理科、英語……果てはプログラミングといった令和の時代ならではの教科にもうんこ要素をトッピング。
といっても、『うんこドリル』は単なるおふざけでひねり出しているわけではなく、どの本にも“子どもたちがうんこをきっかけに勉強に関心を持ってくれるように”という願いが込められている。
生理的に受けつけない“食べる”“臭い”といった例文はなく、ドリルの内容も文部科学省の学習指導要領に沿って制作。学習教材としてのクオリティーも担保されているため、保護者からの支持も厚いのだ。
「いろいろなシリーズが出ましたが、計算ドリルがいちばんうんこと結びつけづらかったですね。九九って数字の暗記でしかないので、うんこが入る隙間がない(笑)。イラストを多くするなど、おまけの部分で子どもたちに楽しんでもらえるよう工夫をしました」
5年前の小学生は中高生になっている
また、今年8月に発売されたばかりの『うんこドリル漢字ターボ』と『うんこドリル漢字ハイパー』では、中学校・高校で習得するすべての漢字を網羅した。なぜ、うんこから卒業してもおかしくないであろう、思春期真っただ中の中高生をターゲットにしようと思ったのか?
「昔から、うんこで大学受験までカバーできたらいいなという思いがありました。また、5年前に初めてうんこドリルに触れた小学生って、現在は中高生になっています」
小学生時代を懐かしんで、手に取る人もいるだろう。5年という月日があるからこそ、勉強の入り口から出口までうんこ─という学生もいるかもしれない。
「誰かひとりでもハーバード大学に進学したら、“うんこでハーバード”という帯がつけられる。うんこドリルで育った子どもたちが、うんこドリルで大人になっていく。そして子どもができたとき、再びうんこが持つ面白さに触れてほしいという思いもありました」
実際問題として、うんこが持つパワーはすさまじい。版元である文響社は、東京大学との共同研究で『うんこドリル』における学力向上・学習意欲の変化を調査。その結果、一般のドリルと比較して、なんと成績の上昇率が約60%高くなり、学力・学習意欲が向上することが実証されているというから驚きだろう。まさしく、うんこによって“クソ力”が発揮される格好だ。
力を引き出すことに加え、うんこというマジックフレーズが、「なんだか面白そう」と学びのハードルを下げてくれる。そうした効果もあって、「近年では啓発ジャンルにも進出している状況です」と話すのは、文響社うんこ事業部、うんこアンバサダーの石川文枝さんだ。
経産省や金融庁とコラボするうんこ
「うんこの価値を、法人や省庁がご活用される事例が増えています。例えば、防災、防犯、金融といったジャンルは、難しく感じてしまいがちですが、うんこのフィルターをかけることで、お子さまたちが飛びついて学んでいるとご好評いただいています。また、省庁とうんこドリルがコラボするというギャップもあって、メディアでたくさん取り上げていただけるという効果もあります」
“小腸”とうんこは切っても切り離せない関係だが、まさかそっちの“省庁”とコラボするとは。
「最初は消防庁とコラボが始まったのですが、反響の高さからほかの省庁の方からコラボができませんかという問い合わせが増え、私たちも驚きました(笑)」(石川さん)
コラボ先の省庁は経済産業省、金融庁、国土交通省、海上保安庁など多数。これには、古屋さんも「そういう言葉を使うことに抵抗感がありそうなのに。まさかうんこが省庁に入り込むとは」と驚きを隠さない。
それにしても─。うんこ事業部、うんこアンバサダーとは何なのか。
「弊社の中で、2019年に設立された部署で、現在6人が所属し、参考書以外の領域で、うんこドリルを広げていく取り組みをしています。社長から直々に『うんこの顔になってほしい』と言われ、うんこアンバサダーを仰せつかまつることになりました」(石川さん、以下同)
一度聞いたら忘れられない肩書ですね、と伝えると、石川さんは「私としてはもったいない肩書。背負いきれるのかなというプレッシャーを感じつつ、精進しています」と謙遜する。文響社、恐るべしである。
だが、冗談のような肩書だからこそ、こんな利点も。
「名刺を差し出すと、必ず“つかみ”になりますので、アイスブレイクしやすいです(笑)。省庁の方から、『もし転職するときには、履歴書に“うんこアンバサダー”と書くんですか』なんて聞かれたりします」
イタリアでも人気の“UNKO”
“うんコラボ”と題された省庁などとコラボしたシリーズに加え、うんこ事業部では、自治体ともタッグを組んでいるという。現在、提携している小学校の数は約1100校に上る。
「『SDGsやトイレマナーなどは教材がないため、子どもたちにどう伝えたらいいのか悩んでいる』といった教師の皆さまからの声がありました。でも、うんこドリルがかけ橋となって、そうした学校の科目以外で得たい教養や知識を伝えられると反響をいただいています」
うんこドリルは、今ではフィンランドやイタリアなどでも翻訳され、“UNKO”として人気を博しているという。うんこを面白がる認識は世界共通。うんこに国境はないのだ。
次なる野望は? そう古屋さんに聞くと、
「サラリーマン川柳や俳句甲子園のように、うんこドリルで学んだ子どもたち自らが、うんこ例文を作るコンテストができたら。ドリルって受け身だと思うんです。それとは違う、学んだことを活かして自分で文章を作る、その面白さを後押しできるような仕掛けをしていきたい」
勉強のイメージを変える─。教育の最前線で、今日もうんこドリルは踏ん張り続けている。
取材・文/我妻弘崇