1枚の葉っぱに描かれているのは、どこか懐かしい風景と、動物たちが織り成す温かでやさしい世界。「葉っぱ切り絵アート」という表現を切り開き、いま最も注目される若手作家となったリトさん(36)。SNSを活動拠点に作品を発表、いまやフォロワーは40万人を超え、世界からも注目を集める存在に。緻密な作品の背景には、発達障害ゆえに悩み、考え抜き、試行錯誤を重ねた道のりがあった──。
たった1枚の小さな葉っぱで表現
9月中旬。神奈川県横浜市にある東急ハンズ横浜店で、ある催しが行われていた。
「リト@葉っぱ切り絵展in横浜」
その名のとおり、葉っぱで作られた切り絵作品の展示会である。壁には約20点の「葉っぱ切り絵」と、その拡大写真が飾られている。どれも青空や夕焼け、森や切り株などを背景に撮影されたものだ。
1枚の葉っぱに描かれているのは、カエルやウサギ、ゾウ、クマ、キリン、ハリネズミ等々、たくさんの動物たちが織り成す世界。
各作品には、こんなタイトルがつけられている。
『森の小さな床屋さん』
『今日も配達ご苦労さま』
『少しチクッとしまチュからね』
『いつでも君のそばにいる』
『楽しいパーティがもうすぐはじまるよ』
葉っぱの中に登場するキャラクターたちは、これらのタイトルで表現されているような物語をユーモラスに演じている。まるで影絵を見ているみたいで、どこか懐かしい思いにかられる。
会場に集まっているのは、中高年の女性たちが圧倒的多数。年配の夫婦や、40代ぐらいの母親と10代の娘らしい母子の姿も目につく。
これらの印象的な作品を手がけているのは、リトさん。「葉っぱ切り絵アーティスト」を名乗り、いま注目の若手作家のひとりだ。
「ファンのみなさんは、僕の作品をきっかけに昔のことを思い出したり、自分の体験に引きつけながら、切り絵からイメージを膨らませていたりするんです。自分がちっちゃいときに、あそこに連れていってもらってうれしかったなとか、うちの子も幼いころ、こんなことをしていたなとか……。だから若い人ではなく40代、50代という“記憶の蓄積が多い人”から支持されているのかな、と思いますね」
チェックのシャツに帽子姿のリトさんは、よく通る声でそう分析してみせた。
会場では作品集も販売され、特に先行発売のカレンダーが瞬く間に売れていく。購入者には目の前でリトさん本人がサインをしてくれる。そのサイン待ちの列はいつまでも途切れることがない。
リトさんが普段、作品を発表しているのはSNSだ。2020年にツイッターで作品の投稿を始め、ほぼ毎日続けている。いまやインスタグラムは44万7000人、ツイッターも12万6000人のフォロワーを獲得。作品をまとめた単行本も次々と出版され、多くのメディアで紹介されるように。リトさん自身にもオファーが殺到、『情熱大陸』(TBS系)、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)という有名番組にも登場するに至った。
そして8月、3作目の著書となる絵本が発売された。この『葉っぱ切り絵』シリーズは累計20万部を突破するヒットとなっている。
作品展の来場者にも話を聞いてみた。横浜市在住の会社員の女性(55)は、興奮ぎみにこう語る。
「去年、ツイッターで偶然、リトさんの作品がタイムラインに流れてきたんです。すごい作品を作る人がいる、しかも横浜の人だと知り、作品展にも足を運びました。
『徹子の部屋』は有休を取って、リアルタイムで見ましたよ。実際の作品はSNSで見るより繊細だし、やさしさが伝わってきますね。友人たちに教えると、みんなファンになっています」
東神奈川から来たという74歳の女性は、「高校の同窓会でLINEグループを作っているんだけど、そこでリトさんブームが巻き起こっているんです。早速、今日のことも知らせなくちゃ(笑)」
たった1枚の小さな葉っぱなのに、見る人の心を揺さぶり想像力を刺激する、やさしく温かな物語が描かれているリトさんの作品世界。独自の表現が生まれ、ここに至るまでには、奇跡のような物語があった。
「ダメ社員」という烙印を押されて
リトさんは1986年に東京都江戸川区で生まれ、神奈川県横浜市で育った。カメラ会社に勤める父親と専業主婦の母親に、2歳下の弟との4人家族。
ことさら美術が得意なわけでもなかった。かといって、スポーツや勉強に打ち込むこともない。ごく普通に小中高と地元の学校に通い、大学は商学部に進み、新卒で就職。職場は、大学時代にアルバイトをしていた寿司の製造販売チェーンだった。
「特になりたい職業なんてなかったし、料理に興味があったわけでもなかった」
と、リトさんは振り返る。この会社で「普通の会社員」として生きていくつもりだった。だが入社してしばらくたち、持ち帰り専用の売り場から回転寿司を担当する部署へ異動になったころ、問題が生じる。ある程度、仕事に慣れてきたはずなのに、いつまでたっても周囲の同僚たちと仕事のリズムが合わないのだ。
「例えば、先輩に“マグロを切って”と言われて丁寧に切っていると、“そんなに丁寧にやらなくていいんだよ!もっと適当でいいから”と怒られる。そこで適当に切っていると、今度は“もっとちゃんと切って”と怒鳴られる。どうやら他人が思う“適当”と、僕の思う“適当”の加減が違うようなんですね」
同じように、「集中」という言葉も、周囲とリトさんでは意味が違うようだった。
「他人から指摘され反省はするものの、直せなくて、また怒られる。やる気は十分にあるのに“やる気を出せ”と叱られる。自分なりに頑張っているつもりなのにダメというなら、“やる気って、どうやって出すんだっけ?”と、ただただ混乱してましたね」
そんなことが毎日のように続く。上司も周囲の同僚たちも、もちろん本人も困り果てるばかり。数か月前に高校を出て入ってきた新人のほうが何倍も仕事ができる現実……。
学生時代までは、「取り立てて優秀とまではいかなくても、人間関係で問題があったわけでもなかった」。ところが社会人になって、他人とチームを組んで仕事をするようになった途端、「ダメ人間」のレッテルを貼られることになってしまったのだ。
「回転寿司ですから、コの字型のレーンの中に入って作業するわけで。つまり、いろいろな方向から注文がくる。それがまったくダメだったんです。1つのことに集中してしまう僕にとって、何かをやりながら、後ろのお客さんの声も聞いて、全体にアンテナを張るという仕事が致命的にできなかった」
悩んでいたのはリトさんだけではない。同居する家族も心配していた。母親の橋本幸恵さん(64)はこう話す。
「あの当時、朝は始発で出かけて、帰ってくるのは終電。精神的にまいっている様子は感じていました。いつも疲れているようでしたね。まだ若いし、仕事はほかにもあるんだから早く辞めてほしかった。だから、“もう辞めようと思う”と本人から聞いたときは正直、ホッとしましたね」
7年勤めた会社を退職。さらに転職した3社目を辞める少し前、リトさんは偶然、インターネットである言葉を知った。それは「発達障害」。書店に飛び込み関連本を5~6冊購入、むさぼるように読んだ。
「驚きました。まるで占い師に自分のことを言い当てられているような感じでしたね。発達障害のなかでも『ADHD』というタイプの特徴ひとつひとつが、あまりにも自分に当てはまる。要領の悪さや不器用さ、物忘れの多さといった、自分で直したくても直らないダメな部分は、先天的な障害によるものだったと知って、衝撃でした」
そして専門の病院で診断を受けると、やはり結果は「ADHD」だった。
リトさんが診断された「発達障害」とは何か。「ADHD」とは、どういう状態を指すのだろうか。医学博士で医学ジャーナリストの植田美津恵さんは、こう解説する。
「発達障害とは、脳の働き方が偏っていたり遅かったりする“発達の凸凹”によって、日常生活のなかで困難を抱えた状態を指します。生まれながらの特性ですから病気とはいえませんし、親の育て方が悪いわけでもありません」
発達障害はおおまかに3つのタイプに分類される。
「不注意によるミスが起こりやすい『ADHD』(注意欠如・多動症)のほか、こだわりが強い『ASD』(自閉スペクトラム症)、IQは低くないのに読んだり書いたりすることができない『LD』(学習障害)といったタイプがあります。どこからが障害でどこまでは障害でないのか、明確に線引きをすることは難しく、グラデーションでつながっているといわれています」
と、植田さん。リトさんのように、大人になってから診断を受ける人が多いのも特徴だ。
「子どものときは周囲の大人のフォローがあったり、同級生からサポートを受けられたりして、発達障害を見過ごされる、あるいは気にならないケースが少なくない。
ところが、大人になるにつれ人間関係は複雑になり、競争や交渉事など高度なコミュニケーションを強いられる場面が増えていきます。そのため社会生活に支障をきたし、大人になって受診するケースが増えるのでしょうね。周囲とぶつかったり理解を得られなかったりして、職場を転々とする人もいます」(植田さん)
リトさん自身、転職を繰り返すなかで同じ問題が立ちはだかった。ADHDに特徴的な傾向が壁になる限り、「みんなとやっていくのは無理だ」と思い至る。
「就職活動のために、ハローワークで自分の学歴や経験などの条件を入れると、求人は5000件くらいあるんです。でも、“障害者”という条件だと、途端に20件に減る。さらに通勤できる場所となると、たった3件になる。転職できたとしても、4社目もきっとこうなるな、というのが見えちゃって。会社勤めというものが自分には合っていないな、とわかったんです」
途方に暮れたリトさんだったが、新たな活路をSNSに見いだそうと思い立つ。
集中力を活かす葉っぱ切り絵との出会い
失業手当をもらいながら、就労支援センターで講義を受けていたある日のこと。
退屈な講義の最中、リトさんは配られたプリントの隅に、無意識に落書きをしていた。そのとき、ふと小学生だった自分が夢中で「お絵描き」をしていたことを思い出す。
「中学に入ったら絵のうまい子がいて、“とてもかなわない”と思い、絵を描くのをやめてしまったんです。でも、緻密な表現を始めたら、その世界に入り込んで、いつまでも描き続けてしまうのが僕のクセでした」
小さいころから集中力だけは人一倍、高かった。特に細かい作業に集中し始めると、周りの声も聞こえなくなるくらい没頭し続けていられた。
「怒られっぱなしの会社員時代を経て、自己肯定感ゼロになっていた僕に、光が見えてきた瞬間でした。そこで、自分の弱みを強みに変える方法のひとつとして、アートという表現もあるんじゃないかと思えたんです」
'18年の春、リトさんはツイッターでADHDの当事者として情報を発信するアカウントを作成。少しずつではあるが2000人のフォロワーができ、ささやかな手応えを感じていた。「このまま続けていれば、もしかしたら誰かに見つけてもらえて、仕事につながるかもしれない。そう思うようになりました」
リトさんはSNSを「就職活動」の場所として、ひたすら投稿しようと決意する。
ADHDに関する情報を発信する傍ら、試行錯誤を重ねた。最初に取り組んだのは、ボールペンで描かれたイラスト。おびただしいほどの細かい線で描き込まれたものだ。絵心も、絵画の知識もまったくない。
だが、細かい作業をする集中力だけは人一倍ある。好きなことに自由に取り組めるのは、なんて素晴らしいのだろう……。リトさんは創作する喜びにあふれていた。
そんな息子の姿は、家族にはどう映っていたのだろうか。母親の幸恵さんは「あのころはずっと部屋に閉じこもっていたけれど、遊んでいるようには見えなかった」と話し、さらにこう続ける。
「その当時、息子と2人で食事に出かけたときに、イラストを見せてくれたことがあったんです。“すごいよ、これ”と言ったきり、私は声が出なかった。“どうなるかわかんないけど、僕はやってみたい”とあの子が言うので、私はウンウンうなずきながら“絶対、応援していこう”と決めました」(幸恵さん)
その後も毎日欠かさずツイッターに投稿し続けたリトさん。とはいえ、フォロワーは思うように増えない。半年ほどの試行錯誤の末にたどり着いた表現が、「切り絵」だった。
「始めてみたら、すぐに自分に向いていると思いましたね。どんなに細かい作業でも、単調でも、1度始めたら没頭できる僕にピッタリだって」
しかし、現実は甘くない。実際にSNSに投稿してみると、切り絵作品はすでに世の中に無数にあふれている。しかも、どれも技術が高く、リトさんの作品が注目を集めることはなかったのだ。
投稿を続けるもなかなかフォロワーは増えず、貯金も底をつきかけていた。いよいよ諦めて職探しをするしかないのか──。そう思いつつネットを眺めていると、スペインのあるアーティストの作品に目が留まった。切り絵だが、紙ではなく、葉っぱでできていたのだ。
「葉っぱの真ん中から上半分が森になっていて、そこで動物たちが草を食べている……。まるで葉っぱの中に小さな世界が息づいているような、この不思議なリーフアートに、僕は一瞬で引き込まれてしまったんです」
翌日、早速、横浜郊外にある地元の公園で葉っぱ探しを始めた。その日のうちになんとか作り終え、葉っぱ切り絵作品の第1号をツイッターに投稿した。
リトさんは言う。
「技術的には今より拙(つたな)いけれど、単にモチーフを美しくカットするだけじゃなくて、“1枚の葉っぱの上にストーリーを描く”というオリジナルな表現。それは、この第1号から始まったんです」
転機となった「葉っぱのアクアリウム」
葉っぱ切り絵に、今までにない手応えを感じたリトさんは、「毎日1作品」と決めて投稿を続けていった。
葉っぱの種類は制作を重ねるうちに、厚すぎず薄すぎず切りやすい「サンゴジュ」と「アイビー」にたどり着いた。最初は生の葉っぱを使っていたため作品を撮影したらすぐに捨てていたが、グリセリンでドライリーフに加工する方法を知ってからは、完成作品の変色や乾燥を防いで、保存もできるようになった。
1つの作品が完成するまで下絵に1時間、制作に2時間くらいかかるのが通常。加工が細かい作品だと、6〜8時間かかることもある。
作品のアイデアはどこから生まれるのだろうか。
「よく“アイデアのストックがあるんでしょう?”と言われるけれど、まったくないです。その日起きて、何を作ろうかなと思っても、頭の中は空っぽ。だから、今日は何の日かを調べます。1年365日、必ず何かの記念日なんですよ。
例えば『リサイクルの日』だったら、ゴミをテーマに考えられないかな、とか。この間は十五夜だったんで、それをテーマにした作品を作りました。毎月、必ず“〇月生まれのきみにおめでとう”というバースデー作品も投稿します。その月が誕生月の人たちに、すごく喜んでもらえるので」
葉っぱ切り絵を始めてから半年ほどたった2020年8月、異変が起きた。沖縄・美(ちゅ)ら海(うみ)水族館のジンベエザメをイメージした作品『葉っぱのアクアリウム』をツイッターに投稿すると、とんでもない反響があったのだ。
「それまで“いいね”は最高でも(1作品あたり)1000くらいが限界だったのに、3万もついたんです。フォロワー数も2000くらいだったのが、いきなり8000を超えました。たった1日で。そこからテレビの取材依頼までくるようになったんです」
切り絵を始めたばかりのころに比べて技術は向上、表現にも自信が生まれてきた。背景にもこだわり、室内で真っ白な壁を背景に撮影していたが「立体感が出ない」と思い、少し離れた公園に出向き、空と森をバックに撮影するなど、工夫を凝らした。
それでもリトさん自身、「バズった」理由はわからないと言う。
「ギリギリのバランスで、ジンベエザメと魚たちがつながって空に浮かんでいるところに驚いてもらえたのかな。この作品を見る方が持っている水族館の楽しい思い出を喚起できたのか。もっとほかの理由もあるんでしょうか……」
こうしてリトさんの作品は評判を呼び、プロの目にも留まるように。講談社エディトリアルの編集者・下井香織さんは、たまたま自身のツイッターに葉っぱ切り絵が流れてきて、リトさんの存在を知ったという。
「偶然に誰かがリツイートした投稿を見たんです。心を撃ち抜かれてしまい連絡を差し上げました。まだリトさんのフォロワーは1万人もいないころでしたね」(下井さん、以下同)
リトさんの作品に魅了された下井さんはその後、3冊の作品集作りに携わることに。
「基本、無名作家の画集や写真集では企画が通りません。またリトさんの場合、読者がまねて作るにはハードルが高く、切り絵のメソッド本としても出しにくい。そこを“絶対多くの人の心を打つはずだから”と社内で説得し、最初の本を出したら、予約殺到で発売前重版が決まったほどでした」
下井さん自身、反響の大きさに驚いているという。
「単行本にはさんである、読者へのアンケートはがきの返信が毎日のように届くんです。読者層は広くて、10代未満の子どもから90代の年配の方まで。感動を伝えずにはいられないという感じで、はがき一面にびっしり書いてくる人も多いです」
ツイッター上からリトさんに直接、コメントを送るファンも珍しくない。「癒されます」「自分の生活の糧になってます」「人に教えたくなる」……こうした声に、リトさんは丁寧に返信していく。コメントを読むなかで、さまざまな発見をすることもある。
リトさんは言う。
「おもしろいのが、男性と女性で見る視点が違うこと。男性は作品の技術に注目していて、細い線がここでつながっていてすごいと気づいてくれる。でも女性の場合、技術よりも作品に登場する動物たちの表情を見て“この子、笑ってるね”“顔が明るい”などと言うんです。でも、僕は笑っている顔を描いてはいないんですよ。目の位置に2つ、穴をあけているだけなのに、そこからみなさんが読み取ってくれる。こんな声が圧倒的に女性に多いんですよ」
コメントを通してファンからのフィードバックを得ながら、葉っぱ切り絵の作風も変化していったという。
「初期の作品は今と違って“僕はここまで細かく切れるんだぞ”と、技術を見せようとしていたんです。迷路みたいな柄を作ったりもしました。でも、そうやって頑張っても“いいね”が増えない」
試行錯誤を重ねるうちに、動物たちがやりとりする作品のコメントがにぎわうことがわかった。
「シンプルなストーリーのほうが喜んでくれる。もっとこの方向で作ってみようと思いやってみたら、フォロワーが増えていったんです。“そういう目線もあるんだ”と、みなさんのコメントから学ばせてもらっています」
発達障害の当事者として伝えたいこと
『情熱大陸』や『徹子の部屋』への出演は、リトさんの知名度を劇的に押し上げた。発達障害の当事者からメッセージが届くこともある。
「僕が発達障害だとわかったとき、参考になるような人がいなかったんです。サラリーマンをやっていて、ある日突然、診断を受けて、そこから生き方を変えたという人の情報はどこにもなかった。だったら自分が道を作って、その先駆者みたいになれたらいいなと思ったんです」
発達障害の専門医の数は限られていて、初診まで2~3か月待ちという状況もざらにある。それにも増して、当事者にとって生き方の参考になるような「ロールモデル」の存在は希少だ。
「“毎日大変だけど、世の中にはこういう人もいるんだ”と思えるような存在に僕がなれたらいいな、と思ったんです。だから、この活動はやめちゃいけない。いつか自分が大成功したときに、これがひとつの道になる。そのためにツイッターの投稿履歴も全部、残しています。悶々(もんもん)としていたころの投稿をさかのぼって読むと、“この人はこういう道をたどってきたんだ”とわかるので」
悩む当事者に、リトさんはこんなアドバイスを送る。
「僕がよく言うのは“場所を変える”こと。自分の短所ばかりが目立つところでは、どんどん自己肯定感が下がっていくだけ。僕自身は他人のスピードについていくことをやめて、自分のペースで集中力を発揮できる環境をつくったら、劇的に変わったんです。変化は怖いけど、無理に同じ場所にとどまり続けるより楽になることもあるんです」
さらにもうひとつ、「自分を知る」ことも大切だと強調する。
「本を通して発達障害について知ると、なぜ自分ができないのか、そのメカニズムを頭で理解できるようになる。すると“こういう仕事に手を出すと絶対、失敗する”とわかるようになります。
得意・不得意がはっきりすれば、自分を活(い)かす方法も探れる。僕の場合、極端な集中力を活かせる業界はどこか?というところから、葉っぱ切り絵にたどり着くことができました」
僕が「世界で勝負したい」理由
ほぼ毎日続けているSNSへの作品投稿だけでなく、新刊出版に展示会の開催など、多忙を極めているリトさん。
「9月も、10月も展示会や講演会がいっぱい入っています。月に3~4か所くらいかな。切り絵にちなんだグッズ──ポストカードやトートバッグ、ぬいぐるみも作って、イベント会場で売っています。以前はサラリーマンで給料をもらう側の人間だったから、自分で考えて自分で仕事を作っていることが楽しいですね」
葉っぱ切り絵を軸にしながらも、意識的に活動の幅を広げてきた。
「自分が作りたいものをただ作るんじゃなくて、お客さんは何を欲しがっているのかな、どういうものがあればうれしいかな、と考えています。おいしい料理を提供するみたいな感覚。
同じメニューだけど、ちょっと“味変”するとか。先週はビーフカレーだったけど今週はトマトカレーだよ、みたいな(笑)」
思いがけないところで作品の反響を感じることもある。「発達障害」をテーマにした講演依頼が増えてきたほか、ワークショップの開催を望むリクエストの声も上がっている。さらに、リトさんをきっかけに「葉っぱ切り絵」を授業に取り入れた学校も。関東地方のある小学校で、4年生を担当する先生はこう話す。
「『総合的な学習の時間』で子どもたちが葉っぱで切り絵を作る授業をしています。リトさんの『情熱大陸』を見て、こんな人がいるんだと知って、作品をチェックしました。
授業で葉っぱ切り絵を取り入れたのは、自然に触れることができて、モノ作りをしたいという子どもたちの希望もかなえられるから。リトさんの展示会に、自分たちが作った葉っぱ切り絵を見せに行った子もいますよ。
今は11月に発表できるよう、子どもたちが葉っぱ切り絵の4コマ漫画に取り組んでいるところ。みんな、とても楽しみながら作っています」
こうした声に、リトさんは「ありがたいですね。3年前だったら想像もできなかったこと」と驚く一方、意外にも危機感を抱えている。
「同じことを続けているだけでは自分自身も行き詰まってしまうし、ファンにも常に成長する姿を見せていきたい。まだ日本でしか展示会をできていないので、まずは海外で作品展を開催して、僕の葉っぱ切り絵を見た海外の方がどんな反応をするのかを、じかに見てみたいですね。もちろん、葉っぱ切り絵は僕の活動の基本なので、どこにいようとできるだけ毎日、投稿します」
実際、リトさんのSNSには海外のファンからも多くのコメントが届く。愛らしいキャラクター、そして言葉が通じなくても理解できる物語は、グローバルに評価されている。
「極端な集中力」という発達障害の特性を活かし、環境を整える。SNSを活用し、発信するだけでなく、ファンからのフィードバックを大切にしながら作品を作る。ネット時代だから生まれたアーティスト・リトさんの新たなステップも目が離せそうにない。
取材・文/小泉カツミ(こいずみ・かつみ) ●ノンフィクションライター。芸能から社会問題まで幅広い分野を手がけ、著名人のインタビューにも定評がある。『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』『崑ちゃん』(大村崑と共著)ほか著書多数。