受動喫煙を避けるのが当然の時代となり、愛煙家がたばこを吸う場所や時間を確保するのは年々簡単ではなくなってきました。分煙が進み喫煙場所が制限されているのは言うまでもありませんが、勤務中の喫煙はダメといった喫煙時間を制限する動きも聞こえてきます。
オフィスの自席で紫煙をくゆらせていた時代もあったなんて聞くと、今や「フィクションでは!?」と感じる人がいても大袈裟とは言えないかもしれません。
とはいえ、愛煙家にとって一服するひとときが、気分を入れ替えたり、ストレスをほぐしたりするために、何ものにも代えがたい時間であるのは今も昔も変わりません。
加熱式たばこに移行する理由にも「周囲への配慮」が
愛煙家にとってそんな風に喫煙の価値は変わりませんが、使用されるたばこ自体には変化の兆しがあります。というのも、日本では従来の燃焼式のたばこから、加熱式たばこへの移行が進んでいるからです。
たばこの葉を燃やすのではなく、文字通り加熱するタイプのたばこが加熱式たばこです。国内でのシェアは3割に増えました。世界で見ると、日本や韓国で比較的普及している加熱式たばこの市場規模は3.9兆円。欧米で普及しているリキッドを使うタイプの電子たばこの市場規模は3.1兆円。世界のたばこの市場規模は100兆円近くとされますので、まだこれからのたばこと言えるのでしょうが、先進国を中心に存在感を増しています。
厚生労働省の研究事業として2018年に実施された調査によると、加熱式たばこを使う824人が使い始めた最大の理由の1位は「ニオイが少ないから」で28.1%。2位の理由は「周囲の人への害が少ないから」で16.2%。2位は当然として1位の理由も周囲への意識や配慮が感じられます。
世界各国の喫煙マナー事情を集めた2020年の記事「【世界禁煙デーを機に考える】日本は優等生? 各国の“リアル”な喫煙マナーを比べてみた」では、フランスや米国と比べても、日本の愛煙家は歩きたばこや路上喫煙、吸い殻のポイ捨てが少ないという話が寄せられています。
「加熱式たばこ」への乗り換えが「周囲への配慮」を理由に進んでいること、また歩きたばこやポイ捨てが少ないことを考えると、世界的に見ても日本の愛煙家はノンスモーカーをはじめ周りの人たちに気を遣っているといえるのかもしれません。
加熱式は紙巻きよりも酸化ストレスが少ないとの研究報告
では加熱式たばこの健康への影響は小さいのでしょうか。紙巻きたばこを選ぶ理由が自分以外への配慮にせよ、自分の健康を気遣うにせよ、そうした配慮の大元にあるのはたばこの健康への影響が心配されているからでしょう。
加熱式たばこを利用する愛煙家にとっての朗報は紙巻きたばこと比べて加熱式たばこの健康への悪影響が小さい可能性があるとする研究報告が出てきていることでしょう。
2022年9月にイタリアの研究グループは、過去の論文を網羅的に調べて、加熱式たばこの酸化ストレスへの影響について分析しています。酸化ストレスは、心臓や血管の病気、またはがんの発生など、病気を引き起こす原因の一つとして問題視されています。研究グループは従来の研究によると、紙巻きたばこと比べると、加熱式たばこや電子たばこは、酸化ストレスの発生の影響を減らせると解説しています。
研究グループは、加熱式たばこの影響を検討する研究はまだ途上ではあるものの、紙巻きたばこと比べると、加熱式たばこの健康に対する安全性は高いと考えを示しています。
分析結果を見ると、愛煙家にとってはホッとするところはあるのかもしれません。
「分煙」に貢献している愛煙家
そんな研究結果はありますが、分煙の動きは継続的に進んでおり、そうしたルールは抑えておく必要があります。2018年に健康増進法が改正、2019年1月より一部施行され、2020年4月には全面施行されました。
学校や医療機関、役所、児童福祉施設などをはじめ、飲食店やオフィスなどでも原則屋内禁煙となっています(飲食店やオフィスでは屋内に喫煙専用室の設置も可能)。
屋内禁煙が徹底される中で、かえって屋外や路上喫煙が増えてしまえば、また受動喫煙などの問題につながりかねません。ですから企業や地方自治体では屋外喫煙所の設置に動いています。例えば、大阪府はガイドラインを設け、19年から24年にかけて府内に20~30カ所の整備を進める目標を掲げます。
愛煙家がたばこ購入を通して負担しているたばこ税は、こうした屋外分煙設備の拡大に貢献しています。2020年の与党税制大綱では、「たばこ税の活用を含め、地方公共団体が積極的に屋外分煙施設等の整備を図るよう促すこと」と明記されました。日々のたばこ代が分煙にも一役買っているのは意外と知られていないかもしれません。
ふるさと納税も上回る地方への貢献
そもそもたばこ税の特徴の一つは、使い道が制限されない一般財源であるということです。
その用途は屋外分煙設備にとどまりません。それらは道路や下水道の整備、学校の運営、ゴミ処理費用、福祉施設の整備、公民館、図書館、博物館の運営、環境保全対策、生活保護のほか、旧国鉄の債務返済、国有林野事業の負債返済などに及んでいます。
少子高齢化や災害対策などで、インフラの新設や改修が求められる中、たばこ税は貴重な財源です。その総額をあらためて確認しますと、たばこ税は年間およそ2兆円に上ります。日本の税収は2020年度に約64兆9330億円で、たばこ税はその1.5%を占め、少なくありません。
さらに詳しく見てみますと、たばこ税は大きく3種類に分かれます。国たばこ税が8398億円、地方たばこ税が9505億円のほか、債務の返済などに充てられるたばこ特別税が1122億円(いずれも2020年度)。
たばこ税には地方たばこ税が含まれるところから分かるように、地方財政にとっても欠かせない財源になっています。ふるさと納税の全国での受け入れ実績が、2020年度に約6724億円、2021年度に約8302億円ですので、地方たばこ税の収入約9505億円という額の大きさがわかるかと思います。
インターネットリサーチのネットエイジア株式会社が今年8月に20歳~69歳の男女1,000名(喫煙者500名、非喫煙者500名)に対して行ったアンケートによると、非喫煙者の66.8%がたばこ税は社会に貢献している(「非常にそう思う」と「ややそう思う」の計)と回答したそう。愛煙家が思う以上に、ノンスモーカーはその税収への貢献を認めてくれていると言えるかも知れません。
1年のたばこ税の税収は東京五輪の予算を上回る
たばこの販売数量自体はこの20年間にわたって低下が続きますが、増税もあり税収はほぼ一定です。たばこの購入金額の約6割(61.7%)はたばこ税で占められています。
税金がかかる代表的な消費財と比べると、ビールが45.0%、ガソリンが50.78%で、たばこはダントツで値段に占める税率が高い消費財です。2021年に盛会に終わった東京五輪の予算が1兆6440億円だったことを振り返ると、たばこ税を通して愛煙家が寄与している貢献の規模は小さくはないといえるでしょう。
2018年税制改正でたばこ税の税率の引き上げが決まり、紙巻きたばこ1本当たり1円ずつ、3段階で合計3円引き上げられることになりました。加熱式たばこは別の枠組みの下で2018年から5年連続で引き上げられることになりました。2022年10月は加熱式たばこ増税の最後の回になります。
10月以降、JTは代表的な加熱式たばこの改定価格として「メビウス・プルーム・テック専用」を570円から580円に引き上げます。「メビウス・プルーム・テック・プラス専用」は580円で据え置きます。代表銘柄41銘柄のうち17銘柄の価格を10円引き上げ、24銘柄の価格を据え置きます。
フィリップ モリスは、「マールボロ・ヒートスティックファミリー」12銘柄、「ヒーツファミリー」11銘柄の価格をそれぞれ20円引き上げます。「テリアファミリー」15銘柄、「センティアファミリー」11銘柄について20円の価格引き上げを予定していましたが、それを取り下げて据え置きとしました。
こうしてみると、モノの値上げが話題に上ることが多い昨今、加熱式たばこの値上げはマイルドで、各社も“頑張っている”といえるでしょう。
吸う人と吸わない人のさらなる共生を
ここまで述べてきた税収への貢献やマナーの良さや周囲への配慮を考えると日本の愛煙家もまた“頑張っている”といえるのではないでしょうか。
オフィスビルや商業施設などに行くと、喫煙者たちが喫煙ルームに行列を作って順番待ちをしている姿をよく見かけます。私の知人のあるフランス人によると、それは「マナーの良さ」という意味で驚きの光景なのだそうです。もちろん今後の愛煙家のマナー意識にもよりますが、見方によっては吸う人と吸わない人の共生はある程度達成されているのかもしれません。
<星良孝 ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト>
参考文献
加熱式たばこ、年間で初のシェア3割超 21年度国内販売(日本経済新聞)
加熱式たばこ使用者を対象としたインターネット調査(定量調査)
加熱式たばこに関する意識調査2022(ネットエイジア株式会社)
大阪府「屋外分煙所」モデル整備のガイドライン(令和4年1月版)
たばこにはどれくらいの税金がかかっているのですか?(財務省)