シニア世代の自費出版のトラブルが増加しているという ※写真はイメージです

「えっ、なにこの請求書! なんでこんなにお金がかかったの!」

念願の“著者”になったものの……

 Aさんは60代男性。長年働いてきた会社を定年退職した人生の区切りに、何年か前からブログで書きためていたエッセイを自費出版でまとめたが、完成した本が届いた数日後、出版社から送られてきた請求書の金額はざっと考えていた額の数倍にもなっていた。

「出版がきっかけで子どもたちとの仲が気まずくなってしまって」と話すのは、Bさん(女性/50代後半)。先立った夫が残した書き物を自分史という形で本にしてもらった。

 まとまったお金がかかったこともそうだが、子どもたちから強く言われるのは「全然お父さんらしい文章じゃない!」ということ。制作中から、編集とのやりとりに自身でも違和感を覚えていただけに、悔しさでいっぱいになってしまう。

夫が残した書き物を残したかっただけなのに…… ※写真はイメージです

 現在、自費出版は手軽にできるように進歩し、幅広い世代に人気。エッセイや小説、自分史や趣味(俳句や絵本)など、立派な一冊の本として世に出すことができる。

 しかし、結果として「ずいぶん高くついた」「理想の形とはまるで違った」「約束されていたように宣伝してもらえない」といった不満も多い。

 書店に並ぶ本は、どれも出版に値すると出版社が判断を下したものばかりとは限らない。著者が自分で出版費用を負担して本にした自費出版本も交じっているというのは、意外と知られていない事実だ。

 さらに制作費の一部を出版社が負担するというのがうたい文句の「共同出版」もある。しかもこちらは大手出版社に加え、社会的信用が第一の新聞社なども手がけているから、立派なものに違いない、と信じてしまうのもムリはない。

想定外のオプション料金も

 出版社が費用を出す商業出版とは違い、自費出版は出版社サイドにリスクがない。著者が払う出版費用から必要な経費分を引いた残りが収入になるので、損をする可能性は限りなくゼロに近いからだ。

 出版社は自費出版部門を抱えていたり、自費出版の専門出版社も数百あるといわれている。それだけに営業競争にも熱が入り、出版に興味を抱きそうな対象を探してブログやSNSをチェックしたり、エッセイや短編小説などを募集する各種コンテストを開催したりして網を張っているのだ。

シニア世代もSNSなどを駆使して発信している ※写真はイメージです

 なかでも、比較的よく聞くのが「自分史を本にしませんか」という宣伝文句。確かにシニア世代にもなれば、誰しもがそれなりの人生経験を重ねている。自分の生きてきた記録をしっかりとした形にして残したいという気持ちを持つこともあるだろう。

「クリエイティブなのは大変結構なのですが、いくら手軽だからといって、先方に言われるがままに事を運ぶのはキケン。作りたい側と自費出版社との認識の差から、本の完成後にトラブルになってしまうことも多い」

自費出版でよくあるトラブル

 と行政書士であり「自分史活用アドバイザー」としても活動中の馬場敦さんは言う。

 馬場さんは終活のためにも役立つと自費出版にトライして、結局、大いに悔やむ結果になってしまったシニア層を数多く見てきた。

 思い入れが深ければ深いだけ、本の装丁や色み、仕上がりの紙質ひとつにしても、「理想のイメージと違う」と残念に思うことは少なくない。もっといいものにしたいと文章のプロに、テコ入れしてもらった結果、自分らしさがまるでなくなってしまい家族にも見せられないものになってしまうことさえある。

語り好きなシニアは“いいお客”

 だがいちばん大きいのは、やはりお金の問題。

 自費出版の打ち合わせで最初に聞く費用は最低限の基本料金。オプションで装丁や本の形にこだわったり印刷部数を増やしたりすればその分お金がかかるし、本を多くの書店に置いてもらったり、一生に一度だと新聞に広告を載せたりするとなればさらに多額の資金が必要だ。

 こうして追加の依頼を重ねていくと最終的には思いもしなかった額の請求が届くことに。

ブログやSNSで書きためていた文章を自費出版する人はシニアに限らず多い ※写真はイメージです

 ほかにも「つい筆がのって家族や知人の内輪話のようなことを書いてしまったら、できあがった本を読んで、勝手なことをした、とさんざん文句を言われた人も」(馬場さん、以下同)というような話も少なくない。

「プロに任せているからなんでも安心と考えるのは大きな誤解。“自費”というだけあって最終的な責任は著者にあるのが自費出版。

 出版社のほうも著者の希望をできるだけ叶えようとしますが、その結果、費用が膨れ上がったり人間関係がギクシャクするようなことになったとしても、それは著者の望みを実現しようとしたのだからしょうがない、となってしまう。

 出版社が無断で何かするようなことはないが、後々、問題になるかもしれないからとあらかじめブレーキをかけてくれるわけもないんです」

「自費出版は決してシニア層に限ったものではありません。ただ一般的にシニアの方々は自分のことを話すのが大好き。人生の折り返しを過ぎると『頭の中を整理したい』『誰かに気持ちをわかってほしい』という欲求が強くなるようです。だから“自費出版ビジネス”にとっては、とても相性のいいお客になりがちなんですよ」

事前確認を怠らずに、出版社ともしっかりと打ち合わせを ※写真はイメージです

 いくら商売だからとはいえ、出版社も無用のトラブルは少しでも避けたいというのが本音。大手の自費出版部門のなかにも、あえて「自費出版でよくあるリスクとその対策」といった形で、本作り希望者のヒートアップしかねない気持ちを冷静に引き戻すような注意喚起を行うようなケースも出てきている。

「自費出版トラブルの原因の大半は、ずばり『確認不足』によるもの。出版側のセールストークであれ、身内や友人たちとの関係であれ、もちろん必要な費用についても、納得のいくまで調べたり人に聞いたりしたうえで、事前確認さえすれば後になって出てくるトラブルの芽は摘み取れるんです」

“自分もついに作家デビュー”などと浮かれているあいだに、虎の子の退職金がガクンと目減りしないよう、自費出版はあくまで自己責任、と心得たい。

お話を伺ったのは……

馬場 敦さん
つるま行政書士事務所所長、一般社団法人自分史活用推進協議会監事。東京町田を中心に、地域課題に取り組むコミュニティー事業を展開。自分史やエンディングノート活用のトータルメモリーサポートや、専門家ネットワークを駆使した相続手続きコーディネートも。

取材・文/オフィス三銃士