放射線治療後、マスクの跡が残る顔

「(薬物依存の更生施設である)長野ダルクでは、毎朝5時に起きて、5kmのランニング、掃除、畑仕事、過去の見つめなおしを3年間続けました。がんの治療で入院中は、体力をつけるため病院内をウォーキングしているのですが、痛みに耐えながらトレーニングを続けられるのは、長野ダルクで厳しい毎日を送ったおかげだなと感じています」

 こう語るのは、『おかあさんといっしょ』(NHK・Eテレ)の第9代「うたのお兄さん」として活躍した杉田あきひろさん(57)だ。2016年に覚醒剤取締法違反で懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受けたが、回復に取り組み、今年から本格的に音楽活動を再開した。

アルバム制作中に中咽頭がん

 しかし、その矢先にステージ3の中咽頭がんが見つかり、現在も治療中だ。

 長野ダルク卒業後は介護士の資格を取得し、高齢者施設で働いていた杉田さん。

「僕が歌うとおじいちゃん、おばあちゃんが本当に喜んでくれて。その姿を見たときに、やっぱり僕は歌の道で生きていこうと決意したんです」(杉田さん、以下同)

4月のコンサートで熱唱中

 '21年3月には厚生労働省主催の依存症の理解を深めるための音楽イベントに参加。番組で一緒に活動していた“りょうこお姉さん”こと、つのだりょうこさんと涙の再会も果たした。

大事な仲間だったりょうこちゃんを僕の逮捕で傷つけてしまいましたが、やっと直接謝罪することができました。

 そこからコンサート活動を積極的に行うことになり、ジャズピアニストの金谷康佑さんとユニット『The NEO』を組むことに。

 コロナ禍で思うように活動はできなかったものの、お披露目ライブを行えたのが今年の4月です。

 音楽活動を続けるうちに『やっぱり僕は歌うために生きてきたんだ』と確信を持て、7月にはレコーディングをしてアルバムの制作にも取りかかっていました。でも、その最中に中咽頭がんが見つかったんです」

のどの違和感は昨年からあった

 実は、のどへの違和感は昨年の9月からあり、ツイッターにもつぶやいていた。

「のどにひっかかりがあったので、歯科や耳鼻科で診てもらったのですが、『異常はないから大丈夫』という診断でした。声も出ていましたし、安心していましたが、4月に新型コロナワクチンの3回目を打ったとき、ものすごくのどが腫れたんです。

 ちょうどその後、名古屋医療センターとの医療プロジェクトに参加させていただいていたので、大きな病院ですし、あらためてのどの診察をお願いしました。すると毎月診てもらううちに、腫れが次第に大きくなっていったんですね。念のため細胞検査をした結果、中咽頭がんだとわかりました」

 がんのステージは3。音楽活動が軌道に乗り始めた矢先でのがん宣告に、「心の中が塗りつぶされたような気分になった」という。

「でも金谷さんも現在の所属事務所の社長も、『絶対治るから大丈夫』と励ましてくれて、治療に専念できる環境をつくってくれました。ツイッターで病名と治療の決意を報告すると、とても多くの方から応援の声が届き、『頑張らなくては』と背中を押していただきました」

 手術はせず、放射線と抗がん剤治療を選択した。8月から治療をスタート。放射線治療は35回で、週5日間を7週間(そのうち抗がん剤投与のための約1週間の入院を3回含む)というスケジュールだ。

「主治医の話では、がんが声帯の前にできているため、のどに傷がつかず、歌も歌えて、話すことも問題がないとのことでした。しかし、プロの歌手が放射線治療を選択した事例がないので、元どおりに歌えるようになるかは保証ができないと。放射線はがん細胞だけでなく、いい細胞も殺してしまうので、筋肉が硬くなって、声が出しづらくなる可能性はあるんです。

 その話を聞いたときに、治療がとても怖くなってしまい、少し考える時間をいただきました。でも周りから励ましてもらい、『前例がないなら自分が成功例になればいいんだ』と前向きな気持ちになれて、今も治療を頑張っています」

温かい励ましの声に支えられて

 現在、放射線治療は3分の2を終え、がんも消滅しているが、再発防止のために、放射線治療は続けなければならない。

杉田さんの顔の形に合わせた放射線治療用のマスク

のどはまだものすごく痛くて、食べたり、しゃべったりすると傷口に唐辛子を塗りつけられるような感覚になります。歯磨き粉の普通の成分でさえも激痛が走って涙が出るほどつらい。抗がん剤のため、髪の毛もごっそり抜けました。痛み止めなど、1日3回たくさんの薬を服用しています。

 でも、10月22日のコンサートで復帰するという目標があるので、心は折れていません。同じ苦しみを持っているがんの方も、僕のやる気を見て、気持ちが上がってくれればうれしいです。

 また、入院中は、コロナ禍もあって医療現場の方の大変さを間近で見ました。それでも本当に患者ひとりひとりを思いやってくださっている。医療関係者の方には感謝の気持ちしかありません」

 音楽仲間からも励ましの声が続々と届いているという。

「僕が逮捕された直後に母が他界したのですが、葬儀にも参列できず罪悪感が残ったままでいました。自分は孤独だと感じていたのですが、こんなにも応援してくださる人がいて『孤独じゃなかったんだ』と気づきました。

 以前『レ・ミゼラブル』の舞台でご一緒してかわいがっていただいた岩崎宏美さんからは『(杉田さんの)ツイッターを見てるとつらいけど、頑張んなさい』という言葉をいただきました。

 横山だいすけ君をはじめとした『おかあさんといっしょ』のお兄さんやお姉さんたちなど、先輩や後輩からもたくさん連絡がきて、励みになっています」

点滴で抗がん剤と生理食塩水を投与。7時間ほどかかることも

 がんになったことで新たな目標ができ、気持ちが変わったという杉田さん。

「僕はまだ死ねないんだな、やるべきことがあるんだなと改めて思いました。まだ依存症からの回復途上ですが、依存症と同時にがんも克服できた人ってなかなかいないと思うんです。依存症もつらいですが、がんの治療も本当につらいです。

 でも、僕が克服することで、悩みを抱えていたり、苦しんでいる人たちの希望になるなら、やはり発信していかなければなりません。失敗したり、どん底に落ちてもやり直せるんです。そして、僕はそれを歌で伝えていくことが使命なんだと気づきました。

 つらい治療が終わったあとに、どんないい歌が歌えるのか、今はちょっとワクワクしています」

 自身の弱さと、それを乗り越えるつらさを隠さず発信してきた杉田さんの姿は、見ている人たちに応援したいという気持ちを芽生えさせてきた。そんな、たくさんの人からの温かな励ましによってパワーアップした杉田さんが、復帰の舞台で元気な姿を見せてくれることを、多くのファンが楽しみにしている。

10月22日『音楽のチ・カ・ラ 感動コンサート~愛と平和と音楽と~』(兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院 小ホール)にゲスト出演予定。

杉田あきひろ(すぎた・あきひろ)●歌手。ミュージカル俳優。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。1965年、福井県出身。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。『おかあさんといっしょ』(NHK・Eテレ)の第9代「うたのお兄さん」。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』などミュージカルでも活躍。

〈取材・文/紀和 静〉