東京・渋谷にあるタワーレコードの6階。『タワーヴァイナル渋谷』と名づけられたこのフロアにズラリと陳列されているのは、アナログレコードの数々。
アナログレコードを買う“Z世代”の若者たち
「このフロアは、中古レコード市場の拡大に合わせてちょうど約1年前に作られました。レコードの売り上げは、当店だけでも以前の10倍以上になっています」
そう説明してくれたのは、タワーレコード渋谷店の田之上剛さん。
「コロナ前には、海外のお客さんが目の色を変えて、ものすごい数の日本のポップスのレコードを買っていきました。アメリカ、ヨーロッパ、アジア圏の方が多かったですね。
当店のアナログレコード全体の売り上げは、昨年よりも10〜15%は伸びています。シティポップがその起爆剤の一因となったのは間違いないでしょう。
'82年発売の山下達郎のアルバム『FOR YOU』は、5年前は7000円程度だったのが、今では1万円を超えてますし、'83年発売の杏里の『TIMELY!!』も2000円だったのが、7000〜8000円になってます」(前出・田之上さん)
店内を見渡すと、中高年に交じり若者や女性客の姿も目立つ。いったいなぜ、いま昭和を彩った名曲が数多いシティポップが、再び注目されるようになったのか。
「ネットの音楽配信サービス『スポティファイ』に、どれだけ再生されているかを示す『グローバル・バイラルチャート』という指標があるんですが、3年ほど前にそこで松原みきのデビュー曲『真夜中のドア〜Stay With Me』('79年)が18日間連続世界1位を記録し、あっという間に世界中に広まったんですね。それがひとつのきっかけでしょう」
こう話すのは、音楽評論家でラジオパーソナリティーのスージー鈴木さん。
この曲は現在、スポティファイでの再生回数は1億回突破した。スージーさんは、これは現代だから起きた現象だと言う。
「ポイントは、音楽配信サービスとユーチューブでしょうね。以前と違って、CDなどの商品を買わなくても世界中の音楽が気軽に聴けますから。そんな環境があったから、世界中の音楽好きがシティポップという特殊な音楽を発掘して面白がったんですよ」
創始者・山下達郎が令和にリバイバル
そんなシティポップの源流といわれるのが、山下達郎がメンバーだった伝説のインディーズ・バンド『シュガー・ベイブ』('73〜'76年)。EPOがカバーしてヒットした『DOWN TOWN』('83年)は、もともとシュガー・ベイブが'75年に発表した楽曲である。
「これぞシティポップ、といえるのは、何といっても山下達郎の『SPARKLE』のこのイントロでしょうね」
と、スージーさんがギターを持ち出し、コードを鳴らし実演しながらこう話す。
山下達郎のアルバム『FOR YOU』に収録された、シャキシャキと乾いたギターのカッティング音から始まるこの曲は、なるほどシティポップの特徴をよく表している。
今年6月、山下達郎が11年ぶりにニューアルバム『SOFTLY』をリリース。何とCD、アナログレコード、カセットテープという異色の3タイプでの発売である。
新作のパブリシティーもあって、山下はラジオ番組に多数出演。また若者にも人気の音楽番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)でもロングインタビュー(山下は音声のみの出演)が放送された。それをきっかけに過去の楽曲が注目を集め、同時に山下達郎が「先駆者」とされるシティポップ自体も、さらにスポットライトを浴びることとなった。
山下達郎の妻である竹内まりやの『PLASTIC LOVE』('85年)もユーチューブで5000万回以上再生されている。また、今年ビルボード2位となったカナダの人気バンド『ザ・ウィークエンド』のアルバムの1曲に亜蘭知子の『Midnight Pretender』('83年)がサンプリングされ、ネットや音楽好きの若者の間で話題になっている。
それにしても、日本の音楽にはJ-POPをはじめさまざまなジャンルがあるし、歴史も長い。なぜシティポップだけが世界に広がりを見せたのか。
前出のタワーレコードの田之上さんは、シティポップには、外国人を惹きつける要素があると言う。
世界の音楽ジャンルに“city pop”が加わる日も近い!?
「シティポップは、ロックなど海外の音楽に影響を受けながらも、凝りに凝った独特なコード進行、緻密なアレンジと16ビートが特徴でした。だから外国人にとっても聴きやすかったんだと思います。
人気の広がりにより、世界中の若い人たちは、クラブなどでもシティポップの曲がかかり踊ることも増え、グルーブ感にハマったのだと思われます」
一方、スージーさんは、Z世代をさらに惹きつけたのは、サウンドにあると言う。
「Z世代はデジタルネイティブ。つまり、音楽もパソコンなどで作ったものを多く聴いてきたりと、最初からデジタルに触れる環境で育ってきました。アナログで作られたシティポップの生楽器を中心としたバンドサウンドは、聴いたことのないものだったので新鮮に感じたんだと思います」
また、先述のように、アナログレコード人気の再燃が、後押しをしたと話す。
「スノッブなおっさんだけが昔を懐かしむためにと思ってたら、若い子もレコードなどアナログに流れていますね。デジタル配信された音源をイヤホンで聴いていた子たちが、レコードプレーヤーやアンプもそろえてスピーカーで聴くようになってる。
やっぱり、スピーカーから音が出て空気を震わす感覚というのは、生理的に気持ちの良いことなんですよ。それもシティポップのような昔の楽曲こそ、アナログで聴きたくなるんだと思います」(スージーさん、以下同)
現在、Suchmosなどに代表されるシティポップに影響を受けながら、新しいサウンド作りをしている『ネオ・シティポップ』と呼ばれる若手のバンド群が出現している。
聴いてみると、どのバンドのサウンドも聴きやすくグルーブ感もあり楽しい。
「もしかしたら、今後スポティファイなどの世界中の音楽ストリーミングサービスに『city pop』というジャンルが誕生するかもしれない」
日本生まれの音楽が世界に羽ばたく。だとしたら、なかなか楽しみじゃないだろうか。
音楽評論家、ラジオパーソナリティー、小説家。近著に桑田佳祐の歌詞の世界に迫った『桑田佳祐論』(新潮新書)が。
取材・文/小泉カツミ