インタビュー中の花蜜幸伸氏

 その日、男性は裁判官にこう告げられた。

「主文 被告人を懲役3年、及び罰金2000万円に処する。(中略)この裁判が確定した日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。被告人から金1億2928万5500円を追徴する」

 ダウンタウンの浜田雅功を起用したCMなど、ここ最近広告露出が目立つフードデリバリーサービス『出前館』。創業は'99年と実は『ウーバーイーツ』などに先立つ“世界初のフードデリバリー”だ。時価総額は840億円(10月14日時点)。この大手企業を作り上げた男は現在、同社にはいない。

 冒頭の主文を言い渡された男性こそ出前館創業者である花蜜幸伸(こうしん)氏だ。ときは'13年に遡(さかのぼ)る。花蜜氏は一時、経営の一線から退いていたが、その年に同社特別顧問に復帰していた。

『出前館』創業者が語る借金生活

「当時、私は経営者団体などに携わっていて、いろいろな会社との業務提携や傘下に入ってもらうということをしていました。さまざまな発想からどんどん新しい事業ができた。そうするとやはり上場企業なので、顕著に株価に現れてくる。すごくやりがいを感じていました」(花蜜氏、以下同)

 当時の社長は自分の後を任せた女性社長。任せてはいたが、経営方針等の意見は合わなかった。

「そこで彼女と同数くらいまでの株式を取得しようと思いました。しかし、それを買ったくらいの時期におかしなことが起こり始めた。『出前館』の株価を下げてやろうという意図が感じられる変な“売り”が出てきたんです」

 株価が下がらぬよう花蜜氏はどんどん『出前館』の株を買い増した。それは友人・知人に借金するまでに至った。株の取得は元手資金の3倍まで取引できる信用取引だった。

「10億円くらい借金したので、30億円分の株を買うみたいなことに。もう市場に流動している株がないくらいになっていたのですが、ある日ドーンととんでもないほどの量が売りに出されました」

 すでに資金は尽きつつあり、『出前館』の株を買い支えることができなかった。

「信用取引で株価が下がると追加保証金を払えと証券会社に言われます。“3日以内に3億円払え”と……」

 結果、花蜜氏は証券会社に1億円、そして友人たちへ10億円という借金が残った。

「当時やっていた事業もすべて手放し、マンションも出ることに。一転、住所不定無職になって(苦笑)」

 当時住んでいたのは都内のタワーマンションの55階。そこから望んだ景色は、まさに成功者のそれであっただろう。家を追われ、たどり着いたのは……。

「友人の社長に頼んで会社の倉庫を空けてもらってそこを一時的な住まいにさせてもらいました」

 お金を貸してくれた友人たちのなかには、債権譲渡する者もおり、“知らない人”からも取り立てられる日々。そのなかには……。

「闇金さんなんかも現れはじめて……。名前を検索すると傷害だとか恐喝と出てくるような人たちです。“話し合いをしよう”と言われて怖かったので、人が多くいるファミリーレストランを指定しました。

 さすがにここなら派手なことはしないだろうと。でも、ああいう人たちは関係ないですね(苦笑)。むしろ人がたくさんいたほうがパワーを発揮するのか、机を叩かれ、大声で罵声を浴びて……。過酷な債権回収でした」

 借金を返しつつ、倉庫から「ボロアパート」(花蜜氏の弁)に移り住んだころ、さらなる悲劇が襲う。ある日の早朝、アパートを訪れる者の姿が。それはある意味では闇金より怖い存在かもしれない“国”という組織。金融庁管轄の証券取引等監視委員会が“金融商品取引法違反・相場操縦の疑い”による家宅捜索で自宅になだれ込んできたのだ。

「自分は会社を守るために株を買っていたわけですが、すごい勢いで買っていたので、証券会社からは確かに注意を受けていました。国からも厳重注意かなと思っていたのですが、その日“花蜜さんには近い将来、刑事罰を受けてもらいます”と言われました。逮捕・起訴・裁判が待っていることを予告されたわけです」

 その後、花蜜氏は取り調べのため、1年2か月、金融庁に通った。その間も債権者による取り立ては当然続いた。疲弊する日々。結果的に逮捕は免れたが在宅起訴に。その裁判結果が冒頭だ。

「執行猶予がようやくこの間終わったんですよ(笑)」

 言い渡された罰金はクラウドファンディングで集めた。追徴金は分割で支払っている。返済額については高等検察庁は、なんと“月1万円”と認めた。

「1077年ローンで払っています(笑)。あと残りのローンは1073年ですね」

『ペットの里で』犬猫の保護活動

『課長島耕作』のようなビジネスの争いと『闇金ウシジマくん』のような取り立て。波乱万丈すぎる人生だが、花蜜氏は諦めずに上を向いている。今、取り組んでいるのが犬猫の保護活動だ。岩手県滝沢市にある『ペットの里』は、東京ドーム約9個分もの広大な敷地の保護施設だ。“2つの事件”が起こる以前より花蜜氏は取り組んでいる。やるからには“世界最大級”の保護施設にこだわった。ドッグランや保護猫カフェなど行楽客が楽しめる施設もある。

「施設の代表はかつて出前館に所属していて私をサポートしてくれていた女性です。10万匹を超える殺処分を無くすことを目標に掲げています。そんなこと無理だと思っていたのですが、それでもやりたいと言うので“夢”に乗りました。事件前だったので、“金なんていくらでも稼げる”と本当にうぬぼれていたんです(笑)。それで2億円ほどつぎ込みました」

 事件を経た現在は岩手県に移住し、自ら重機を扱い、『ペットの里』を運営している。花蜜氏は「殺処分は瞬時にゼロにできる」と豪語する。日本では現在、犬4059頭、猫1万9705頭が殺処分されている('20年度)が……。

「保護犬猫が生涯生きていくための保険を作りました。飼い主さんに万が一のことが起きたときに、ペットが保健所に持ち込まれて殺処分されないように、ペットが生涯生きていくために必要なお金を遺して、信頼できる人や組織に託すことができるというものです。病気になったときに支払われる保険はありましたが、こういった保険はなかったので、保険会社さんに掛け合って作ってもらいました」

 これが殺処分ゼロにつながるという。ロジックは?

「世界的にもさまざまな研究がありますが、ペットを飼うと健康寿命が飛躍的に伸びると言われています。認知症や心筋梗塞にもなりにくい、病院に行く回数が年間20%減るとも。

 ですが、高齢者でペットを飼っていない方は3000万人と言われています。体調的に犬猫は飼えないという人もいますが、2000万人くらいは犬や猫が好きでまだまだ元気なんじゃないかと思います。ぜひその半分の1000万人くらいの方に飼っていただきたい」

 殺処分にはどう繋がるのか。

「現在、殺処分されてしまうのは犬猫合計で2万5000頭くらいです。それに対して1000万人が飼いたいとなったら、すぐに殺処分ゼロが実現します。ペットショップで買うのはできればやめていただいて、保護施設から引き取る形に。一大シニアペットブームを起こせば解決できると思っているんです」

 問題解決は高齢者や殺処分に関してだけではない。

「1000万人が本当にペットを飼ってくれて、保険に入っていただく。保険は1頭あたり200万円ほどの保険です。200万円の保険と言っても200万円払う必要はなくて、200万円の死亡保険金の保険の掛け金は大した額ではありません。

 200万円×1000万人なので、20兆円の市場ができます。先程の解決方法があるので、こんな金額は殺処分ゼロに必要ありません。なので我々ではなく、もっと若い世代がそのお金を使って、社会問題であったり、殺処分ゼロよりももっと壮大なテーマに取り組む軍資金にしてほしい。そんな仕組みにしたいと思っているんです」

 殺処分は“社会問題”として語られる。しかし、上場企業を作り上げた男は社会のせいにはしない。

「我々の業界はとかく外部を攻撃しがちです。殺処分を許す政治が悪い、早く法律を作れ、悪徳ブリーダーがいるからなんとかしろ、ペットショップなんか無くせなどなど。しかしそういった“外部”の問題に目を向けるとなかなか自力で解決できません。なので我々独自でやってしまいたいなと思っています」

 事件以降『ペットの里』では、動物病院、公園、貸し農場、カフェ、キャンプ場を創設。訪れる人がより多くなる魅力的な施設の実現を進めている。

自分の半生を映画にしたい

 さらに施設を充実させようと花蜜氏は先日、ビジネスプランをプレゼンし、出資を募るYouTube番組に出演。条件付きながら番組最高額となる3000万円の融資を獲得した。条件は『ペットの里』の運営資金のメインといえる活動を支える「月額会員」の2000人追加加入。締め切りは10月20日。まだ目標には達していないが当然諦めてはいない。

 波乱を超えてたどり着いた壮大なテーマ。

「今、自分の半生を書いた書籍を映画化したいと思っているんです。『出前館』にも協力してもらおうと連絡しているんですが、みんな既読無視なんですよね(苦笑)。『出前館』にとっても悪い話じゃないと思うんだけどなぁ」

ぺットの里では保護猫と触れ合えるカフェなども併設

 

『ペットの里』では猫と戯れる人も

 

『ペットの里』

 

雪景色も綺麗なドッグラン

 

“絶頂期”に札束を前に