“あぶない男”の存在がウクライナ侵攻で苦戦するロシアの中でどんどん大きくなっている。
チェチェン共和国の独裁者ラムザン・カディロフ首長は、今回のウクライナへの侵攻で私兵部隊『カディロフツィ』を派遣。ウクライナに東部を奪還されたロシア軍司令部の戦いぶりを批判し、兵士の徴集に苦慮する中、まだ10代の息子3人を戦地に送り出すと発表した。
そして、核兵器の使用をちらつかせて「ウクライナの大地から都市を一掃し、地平線しか見えないようにすべきだ」と言い放った。これらの“忠誠”が認められたのか10月5日にはロシア軍で3番目に高い位となる「上級大将」に昇格したという。
SNSでは息子達の射撃訓練やUFCファイターとのスパーリング、さらに息子たちがウクライナ捕虜兵を首長に“献上”するという動画もアップし、前線投入がフェイクでないことをアピールしていた。しかし、この捕虜が違うカディロフツィの動画にも登場しており、捕虜は偽物でフェイク映像ではないかという指摘もあった。
なぜプーチンはこの男をここまで重用するのだろうかー。
私設軍隊「カディロフツィ」はロシア軍の汚れ仕事担当
「核使用のほのめかし」「息子の戦地派遣」「ロ軍司令部批判」などカディロフ首長の言動はすべて、感情的な威嚇に聞こえるが、実はプーチン大統領へのアピールだと言われている。
国内外の世論を気にして、おおっぴらには言えないことを全て先回りして、カディロフ首長が代弁してくれるのだ。
ロシア国内で兵士の招集が困難を極めている状態で、年端のいかない息子達を前線に送り込むカディロフは、プーチン大統領はさぞかし「頼れるやつ」に見えるのかもしれない。
カディロフは2月のウクライナ侵攻当初から、ロシア発のSNS「テレグラム」においてカディロフツィの戦闘の様子を動画で配信してきた。テレグラムはロシア国内外で閲覧できる世界的なツール。
そこで情報発信することで、反ロシアの西側諸国、ロシア国内の反戦派・反プーチン派にも戦果をアピールすることができるのだ。
カディロフツィたちの戦闘シーンはTikTokなどにもアップされているが、リアリティに乏しく「本当に戦っているのか?」と疑問を呈され「TikTok部隊」と揶揄されている。
チェチェン共和国は国家予算の8割がをロシアから得ており、カディロフの独裁はプーチンの後押しで成り立っているので従わざるをえない。ウクライナのアレストビッチ大統領府顧問は4日、キーウ州で判明した民間人殺害などの犯罪行為について、カディロフ部隊を含む十余りのロシア部隊が関与したとの分析を公表した。
事実であれば戦争犯罪だが、正規軍とは独立した武装組織が行ったことにすれば、プーチンも言い訳できる。2014年のウクライナの東部紛争や、シリア内戦でも同様な役割を担っていたという。
プーチン大統領にとっては汚れ仕事を一気に担ってくれる闇の仕事人のような存在で「カディロフ」と「カディロフツィ」を体制維持や恐怖支配に利用し、お互い持ちつ持たれるといえるだろう。
宿敵チェチェンがなぜ今ロシアの味方に
コーカサス地方の北東部にあるチェチェンの人々は他のロシア周辺国家同様、大国ロシアと隷属と独立を巡る闘争を繰り返してきた。19世紀にはロシア帝国、20世紀にはソビエト連邦と侵攻されるたびに激しく抵抗し、1940年頃のスターリン時代には民族ごとカザフスタンやキルギスに強制移住させられ、スターリンの死後、帰還が許されている。
1994年ソ連崩壊後、エリツィン大統領時代のロシア連邦からの分離独立を宣言すると、ロシアが軍事介入すると「第一次チェチェン戦争」が勃発、10万人の市民が死亡し、22万人が国外に流出したが、1997年にはロシア軍を撤退させ、勝利をおさめた。ラムザンの父・アフマド・カディロフも指導者として政権内部にいたが、国内の対立で政権から追放されてしまった。
1999年「第二次チェチェン戦争」では、アフマドはかつての仲間を裏切り、プーチン大統領と手を組んで紛争を鎮圧し、傀儡政権の「チェチェン共和国」の大統領におさまった。
2003年アフマドが暗殺されると、ラムザンは2007年に第3代大統領に就任する。
プーチン大統領にとっては、エリツィン氏がなしえなかったチェチェン戦争の勝利で国内人気は上昇し、長期政権の礎となった。カディロフもまたプーチンありきの地位であることを重々承知しており、2010年には自ら役職名を大統領から首長にかえて、プーチンへの徹底的忠誠を示している。
4人の妻を持ち、1億6000万ドルをかけた豪邸に住むといわれ、国際的な舞台で活躍する競走馬の馬主としても有名だ。
格闘技やサッカーなどの球技を推奨する一方、映画『チェチェンへようこそーゲイの粛清―』に描かれているように「チェチェンにゲイは存在」しないと断言し、LGBTを迫害していると国際人権団体からも非難されている。
強い? 弱い? カディロフツィの真の実力とは?
2月の侵攻と共にすぐに支援部隊として約1万人投入されたというカディロフツィだが、ウクライナのドンバス地方に侵攻した様子を複数のウクライナ軍の兵士が目撃している。
カディロフツィは市街地に侵入し、走る自動車に銃弾を浴びせ、車内の犠牲者の遺体を放り出して車を盗んで走り去った。その後、民間人を大量虐殺しただけでなく、重傷のロシア兵もその場で撃ち殺したという。
犠牲者の遺体から処刑が行われていた形跡があり、ある女性の証言によると夫の彼女は4日間の拷問を受け、夫は頭部を撃たれて死亡した。カディロフツィは1軒ずつシラミ潰しに住宅に侵入し、住人を殺害していく掃討作戦はカディロフツィのやり方だ。
ペンタゴンのレポータージェフ・ショール氏によると、カディロフツィの実力はプロのロシア兵より劣っているという。
第二次チェチェン戦争で活躍した兵士は引退し、次の世代になっており、実戦の場がなく、任務はカディロフの邸宅の警備だけで、いちじるしく兵力が弱体化したというのだ。ウクライナ側のメディアではほぼ壊滅したという情報もある。
一方、捕虜になったロシア兵のインタビューをYouTubeで公開しているウラジーミル・ゾルキン氏は捕虜の中に全くチェチェン人がいないことから、「カディロフツィは通常のロシア兵より優遇されているのではないか?」という仮説を立てている。
プーチンとカディロフが密約をして、ロシア側とウクライナ側の人質交換をするときに、真っ先にカディロフツィがロシア側に渡されているのではないか?というのだ。
真偽は定かではないが、プーチンのカディロフへの寵愛ぶりをみると、満更かけ離れた話ではないとも思える。
発言権はどんどん上がっている模様
同じくプーチンの威光を借りてヨーロッパ最後の独裁政権を維持するベラルーシのルカシェンコ大統領だが、ロシアとの合同部隊の形成を進めるとしながら、「われわれに戦争はない」と表明し、ヨーロッパ側には「たとえ敵対者であっても窮地に追い込まないこと」とロシアを刺激しないように警告している。
同じプーチン側にいながら、カディロフ首長とは真逆で、戦争には消極的だ。
ロシア一辺倒のチェチェンと違い、ベラルーシは中国、ヨーロッパとも国交があり、ウクライナ侵攻は本意でなく「早く終わってくれ!」というのが本音ではないだろうか?ルカシェンコだけでなく、ロシア政権内部にもウクライナ侵攻に疑問を持つ者は多いとされプーチン大統領はその空気を感じ取り、ますます孤独を深めているのかもしれない。
そんな中、戦況はどうあれ、絶対的な忠誠を示してくれる部下はこの上ない癒しになる。
最新のカディロフのテレグラムでは、チェチェンで大規模なロシア軍の訓練施設が建設されており、ロシアのイワノフ国防副大臣が見学に来た様子が伝えられていた。ウクライナ侵攻でロシア軍内での存在感が高まったことは間違いないようだ。
核使用を公然と進言するカディロフの存在は国際社会も注視せざるを得ないだろう。