「受信料の使い方が明確でない。無駄遣いが多すぎる。 1000円でも高い!」
こう声を荒らげるのは60代の女性。怒りの矛先は、来年2023年10月から地上契約・衛星契約の受信料を1割値下げすると発表したNHKに対してだ。地上契約は1225円(口座・クレジット払い)から1100円へ。衛星契約は2170円(口座・クレジット払い)から1950円へ。最大220円値下げをすると示したことで、消費者からは一定の評価の声も上がったが、「たった220円か」と不満の声はいまだ根強い。
NHKの抱えるジレンマ
『週刊女性』が全国の40代~70代男女を対象に行った「妥当だと思うか?」というアンケートでは、全体の約7割が「いいえ」と回答している。また、受信料そのものに対するアレルギー反応も強く、「NHKの受信料を払っていますか?」という問いに対しても、168人が「払っていない」と回答。中には、
「そもそも受信料を払う意味がわからない。何も努力せず放送、メディアでの収入を得ていること自体が問題だと思う」(広島県・女性・59歳)
といった全否定の声まで飛び出す始末なのだ。特に目立つのが、「見ていないのになぜ支払わなければならないの?」といった指摘。こうした疑問に、'98年~2014年までNHKに在籍し、現在は阪南大学国際コミュニケーション学部教授の大野茂さんが説明する。
「NHKの受信料というのは、1950年に公布された放送法に基づいています。端的に言えば、電波を受信できる機器を設置した人はお金を支払ってくださいということ。つまり、番組を見ている・見ていないではなく、NHKの電波を受信できるテレビやラジオを持っているなら受信料を払ってください─というのがNHKの言い分なわけです」
事実、一部の島嶼部ではNHKの地上波が受信できないため、衛星料金のみというエリアもあるという。その一方で、大野さんはこう付け加える。
「今から70年以上前の法律に倣った言い分ですから、受信料の説明をすればするほどバツが悪くなる。NHKとしてもジレンマがあるのは事実」(大野さん、以下同)
潮目が変わった出来事
では、受信できないようにすればいいのではないか? そうした意見を代表するのが、近年、何かと話題に上がる「スクランブル化」だ。電波に暗号をかけ、受信料を支払った人だけが放送を視聴できるようになる。『週刊女性』の調査で「スクランブル化をどう思うか?」という問いに対し、
「スクランブル化してニュースなど、必要な番組だけ無料公開すべき」(千葉県・女性・43歳)
「見ない権利も認めろ!」(秋田県・男性・67歳)
という声が上がるように、実に9割以上の読者が「賛成」と回答しているほどだ。大野さんは、「スクランブル化は技術的にはすぐに対応することができる」としながらも、
「電波に暗号をかけて見れなくしても、受信していることに変わりはない。スクランブル化をするだけでは状況は変わらないでしょうから、放送法の法改正をしなければ“支払わなくてよい”ということにはならないでしょう」
となると、現時点でもっとも現実的な着地点が、受信料の値下げということになる。妥当な月額を問うと、読者のほとんどが1000円以下。とりわけ、「500円」と答える人が多い。
こうした背景には、昨今のNetflixなどの動画配信サービスが、1000円前後で楽しめるといったことも挙げられる。衛星契約にいたっては2170円、さらには過去のアーカイブを楽しめる『NHKオンデマンド』を楽しむ場合、別途料金が発生する(月見放題のパック料金は1か月1470円)。さすがに高すぎるだろう。
「NHKはあくまで公共放送という位置づけですが、例えばイギリスの国営放送BBCは年間の受信料は約2万円、韓国の国営放送KBSは年間3000円ほどです(双方ともにレートで変動)」
国によって金額はバラバラだが、海外の国営放送の多くは未払いに対して罰則がある。対してNHKは罰則がないにもかかわらず、約7~8割の国民が受信料を支払っているのだから驚きだ。
また、NHKの強気な姿勢の一環として、大野さんは「2017年の最高裁の判決が大きい」と語る。客室のテレビを巡る受信料の訴訟で、ホテル側に支払いを命じる判決が確定。ホテルであろうが電波を受信している─放送法の規定を合憲と判断した一件だ。
「これで潮目が変わりました。NHKは強気な法人営業を展開し収入が増えた」
その一方で、“NHK離れ”の民意は高まり、'19年に行われた第25回参議院議員通常選挙では、NHKから国民を守る党(当時)が比例区で1議席を獲得するまでになる。最高裁の判決を機に、NHKに対する世間の“目の色”も変わったのだ。
「私が在籍していた時代、チーフプロデューサーによる巨額の制作費着服事件など不祥事が起こりました。そのときNHKは、どうしたら信頼を取り戻せるか真剣に考え、良質な番組を作ることで理解を得ようと努力した。その結果、'08年にはゴールデンタイムの視聴率でフジテレビに次ぐ2位にまで躍進した。コンテンツが民放化しているという批判の声もありましたが、NHKなりの努力の姿勢でした」
だが、そうした姿勢は「現在は希薄化しているのでは?」と大野さんは指摘する。
「'08年以降、NHKの会長職は外部招聘になりました。かつてあった政治家との駆け引きや反論は影を潜め、NHKは政治家の機嫌をうかがうだけで自主性を失なっている。菅義偉首相(当時)が1割を超える受信料の引き下げを宣言したのは最たる例。昔なら、そうした発言はNHKの会長から発せられるものだった」
視聴率が0%になることが望ましい
アンケート回答の中には、「公平な放送をしないから」(京都府・女性・50歳)といった声もあったが、政治家に逆らえないNHKというイメージを、視聴者にもたれている証左だろう。
では、どうすればNHKは理解を得られるか?
「値下げ幅に納得していない人の中でも、民営化(国有化)して無料にするべき、と答えた方が102人に対して、月額料金こそ意見が分かれますが、有料でもいいと答えた方は、その倍以上います」
そう大野さんが話すように、今回のアンケートでは、「500円、1000円であれば妥当」と答えた人が多数いたことも見逃せない。NHKに一定の信頼を置いている人は、少なくないということの表れだろう。
政府は、NHKの受信料を「特殊な負担金」と位置づけている。それは、“公共の福祉のために、豊かで、かつ良い番組を放送するという公共放送の社会的使命を果たすため”に必要だからだ。
「民営化すれば、目先の視聴率を追わなければいけなくなるので、現在Eテレで放送しているような教育系・福祉系コンテンツを作ることは難しくなるでしょう。また、災害時の情報なども、47都道府県に支局のあるNHKだからこそ地域に寄り添った情報を提供することができるわけです。また、国営化すると、戦時中の大本営ではないですが、偏った情報しか発信しなくなる可能性を持つ」
公共放送という、NHKだからこその立ち位置があることは事実だろう。昨今は、批判の的となっていた「巡回訪問営業」から、NHKのホームページやアプリなどを活用した「訪問によらない営業」へ業務モデルを転換することも発表。今回の1割の値下げを含め、NHKも歩み寄りの姿勢を見せているのだ。
「NHKは、自らの価値を届ける努力をしなければいけないと思います。私の先輩はNHKで手話を学ぶ番組を手がけていたのですが、“視聴率が0%になることが望ましい”と話していました。0%ということは、誰もが手話を理解できる世の中。そんなことを掲げる番組、民放では作れません。“NHKとは世の中にとってこういう存在だ”と、もっと発信していってほしい」
NHKほどクオリティーの高いドキュメンタリーを作れる放送局はないだろう。そうしたコンテンツをもっと有効に開放するなどすれば、きっと多くの視聴者がNHKを“見直す”はず。有料・無料、高い・安いではない議論ができるようになってほしい。
おおの・しげる 1965年東京都生まれ。阪南大学教授(専攻:メディア・広告・キャラクターなど)。慶應義塾大学卒業後、電通でラジオ・テレビ部門を担当。スペースシャワーTV、スカパー!、NHKの制作ディレクターを経て2014年より現職
取材・文/我妻アツ子