お坊さんといえば、修行に身を置き、慎ましい生活を送っているイメージ。不摂生や不健康も「尊い仏の教え」からは縁遠そうに感じられる。
お坊さんは病気知らず?気になるその理由とは
それを裏付けるのが、1980~'82年に行われた国勢調査「職業と寿命の研究」。平均寿命の最も長い職業は「僧侶」であることが明らかに。
また、5年ごとの国勢調査をもとに、研究員が調べたデータでも「僧侶」が長寿。しかもこれは日本に限らない。韓国での調査でも、1963~2010年の職業別平均寿命は「宗教家」が最も長いという結果が出ている。
今回は、4名のお坊さんに突撃インタビュー。試しに「風邪をひくことはあるのか」と尋ねると、「ほぼない」というのが全員共通の回答だった。コロナにかかった住職もゼロ!
健康度合いが高いのは間違いない……。専門医師にも加わってもらい、お坊さんたちからポイントを解説してもらった。
【食生活】朝は粥、外食ほぼナシ。いつも腹八分目の食事
お坊さんは「肉を食べない」といったイメージもあるが、実際はそこまで徹底してはいない。
「お釈迦さまは、村を遊行し、住民からその日のご飯をお裾分けしてもらう『托鉢』をして暮らしていました。
もらえるものはありがたく全部食べたといいますから、その中には肉や魚もあったはず。精進料理も大切な考え方ですが、私は肉類もいただけるならありがたく食べる意識でいます」
そう教えてくれたのは早島英観住職。いわく、自然とその日自分が巡り合ったものを、大切に味わったほうが健全ではないかということだ。
食事で特に意識してることはない
禅宗のお坊さんは、修行時代には厳しい食事制限をするそうだが、「おふくろの味」のような定食を毎日作ってもらえる道場もあるようだ。
「食事で特に意識してることはないね。うちでは毎朝、私が寺の皆の朝食を用意しますが、何の変哲もないもので間に合わせてます」と話すのは平井正修住職。ある日のメニューを聞けば、お米と汁物を基本に、納豆、酢の物、ゆで卵と、気取らないラインナップ。我慢しているわけでもなく、外食をする機会もほぼないのだという。
泰丘良玄副住職は、食べ物に制限がないからこそ、朝はお粥を食べる習慣をつけているそうだ。「曹洞宗の開祖・道元禅師が、お粥の健康効果を説いた本を書いてるくらいです。寝起きの身体にもサラサラ入って、すぐエネルギーになってくれます」
体調がいいのは腹八分目だと言うのは藤原東演住職。「修行時代の食事は精進料理でしたが、檀家さんなどは『いくらも食べていないのでは』と、われわれに気を利かせて肉や魚の料理をたっぷりふるまってくれたんです。もちろん残さずいただきますが、坐禅のときにお腹が重いし、眠くなっちゃったんですよ」
【ドクターのコメント】
出されたものを残さず食べるのはとても良い。1食分の栄養素はばらばらに働くわけではなく、互いの効果を強めたり、吸収を促したりしてくれるからです。ただ、お坊さんの食事は野菜や穀類中心のメニューが多いですね。
もともと日本人は、内臓脂肪がつきやすい。動物性食品ばかりとると、生活習慣病になりやすくなります。一方で、日本人の半数以上は、動物性食品に含まれるのと同じ栄養素を植物性食品から合成できる遺伝子を持っています。大豆食品をたくさん食べるだけで、実はカルシウムなども十分足りるんです。
ちなみに僧は同年代の一般男性と比べ、食物繊維の摂取量が2倍という調査もあります。玄米、緑黄色野菜、海藻類などの献立は栄養満点。量は「腹八分目」がベストだからまさに理想の食事ですね。(奥田昌子先生)
【生活習慣】毎日同じ時間に同じことを繰り返す
「規則正しい生活習慣が身についたのは修行時代。毎日同じ時間に起床し、坐禅、読経、掃除などの決められた仕事をこなし、同じ時間に寝るという生活を3年間続けました。そのおかげか、幼いころからのアトピーや喘息もよくなったんですよ」
そう語るのは泰丘副住職。臨済宗をはじめとする禅宗の僧侶は、修行道場に入り、一人前になるまで「戒律」という生活規範のもとみっちり鍛えられるのが通例だ。
「修行道場を出た後はある程度自由になれますが、ふと、だらけてしまったときも、ちゃんとしていたころのことが反省として思い出されて。だから今でも毎朝5~10分読経の時間を設けると決めています。あとは、どんなに疲れていても『風呂掃除をしてから寝る』のが自分ルールです」(泰丘副住職)
早島住職は朝型生活の良さを語る。「日の出とともに一日を始めるのは、地球と一緒に起きるようで気持ちいいですよ。修行時代から続けているのは『お勤め』。掃除と読経、仏様へ挨拶という、毎朝同じ仕事です」
藤原住職も「特別なことはしていない」とは言いながら、生活の中に内観の法(次ページで解説)、読経、掃除などのルーティンを持っていた。日課を丁寧に繰り返すのがポイントのようだ。
平井住職のいる全生庵では、毎朝、地域の人も参加できる坐禅会を行う。ラジオ体操のように、やれば頭もすっきりして一日に臨める。
「申し込みすれば誰でも参加できます。私は寺生まれなので、物心つく前からこの習慣は日常に根づいてましたね」
【ドクターのコメント】
皆さん、毎朝早く起きる生活のようですね。実は、睡眠で大切なのは長さより深さ。夜型の人は就寝中の体温の変動が小さく、睡眠が浅いという研究結果があります。熟睡するには、朝型のサイクルが理想的です。
また、睡眠と覚醒のリズムを毎日規則正しくつくっていくのもポイント。同じ時間に寝て、同じ時間に起きるのが大事なのはもちろん、眠気を覚ますためにカーテンを開けて朝日を浴びたり、掃除や体操で身体を動かすのも、メリハリがついておすすめです。休みの日も、できるだけ起床時間、就寝時間をそろえられたら健康的です。(奥田昌子先生)
【メンタル・心の健康】悩む暇があるのなら何げない日常に感謝を
ストレスでイライラ、人に言われた嫌な言葉が頭から離れず、どうせ自分は不幸だ……と、悩んでばかり。思い当たる節はないだろうか?
「そんなのはね、結局暇な証拠です。集中すべきなのは今の自分。やるべきことは毎日次々起きるわけですから、行きすぎた想像は捨てて、目の前のことだけに意識を向けたらいい」。平井住職が淡々と語る。悩むのは、余計なことに心を奪われているからだという。
心に悪い念をため込まない工夫をしていると話すのは藤原住職。「夜のお経の後、自分がお世話になった人たちの名前を心の中で読み上げ、感謝をする時間を設けているんです」
おかげで心がさわやかで温かくなり、自分の人生の大切さも再認識できるのだそうだ。早島住職は、朝7時に『ヘルシーテンプル』という瞑想のオンライン配信をコロナ禍になってから続けている。
「これはプロ監修の体操と瞑想に加え、身近な出来事への感謝を言葉にするワーク。参加者からは、晴れやかな気分になると言っていただけます」
また、呼吸の重要性も早島住職からのアドバイス。
「リラックス時の呼吸は深く長いのが特徴。これは瞑想と同じです。自分の心を表すバイタルサインとして、日頃から呼吸を意識するのもいいと思います」
現代人のストレスを懸念するのは泰丘副住職だ。
「超高度情報化社会で、皆自分の評価に固執しがち。しかも、それがすべてだと思い込んでしまうんです。アニメ『一休さん』の『あわてないあわてない、ひと休みひと休み』というのは実は禅の教え。心のアンテナを内側に向け、自分をよく見ることが大事なんです」
【ドクターのコメント】
ストレスや緊張をほぐすには、副交感神経の活動を高めること。その代表は、酸素を取り入れながらじっくり行う「有酸素運動」です。ウォーキング、ジョギング、ストレッチやラジオ体操なども、心と身体をリラックスさせる効果があります。腹式呼吸をしたり、ぬるめのお風呂につかるのも良い。もちろん坐禅に挑戦するのもグッド。
悩みをためず、ひたすら目の前のことに集中するのも長生き効果アリ。実は「人生に前向きに取り組んでいる」と回答した高齢者は、脳梗塞の発症率が半分であるというデータもあります。人生に目的を持っているだけで、死亡率も低下してしまうんです。
「目的」を持って過ごす人生は長い
「歴史上の高僧は長寿が多いといわれますが、なにも彼らは長生きするためだけに修行や摂生をしたわけではありません。あくまで僧の目的は仏道を成就し、悟りを開くこと。その『人生の目標』を追い求めるうち、無駄なものは自ずと離れ、感謝と慈悲の心が芽生え、ストレスもたまらず、気がつけば長生きの人生になっていたのではないでしょうか」
そう教えてくれたのは御年77歳の藤原住職。長寿は誰しもの願いだが、自らが長寿を望むのは何のためだろう?
「人生の目標」というと壮大だが、「日常の些細なできごとを楽しむ」だけでも、人生はいくぶんか豊かになるはずだ。どんな人もいつか必ず死を迎える。それを恐れるよりは、余生は“与生”と思い、おのずから感謝して生きたい─それが僧侶に共通した考え方なのだろう。
お坊さんがおすすめする心を調える呼吸「内観の法」
江戸時代の禅僧・白隠慧鶴が自著のなかで紹介したリラックス法。現代なら、夜寝る前か朝起きる前にベッドにあおむけに横になりリラックス。
次に「丹田」というおへそから下指4本分のあたりにグッと力を入れて深呼吸。息はまず全部吐いてから、両足の土踏まずから空気が流れてくるようなイメージで大きくゆっくり吸う。
お話を伺ったのは……
臨済宗妙心寺派宝泰寺住職。「静岡いのちの電話」評議員なども務め、インドやブータンなどの仏跡巡拝を続ける。自著に『お坊さんに学ぶ長生きの練習』(フォレスト出版)など。
臨済宗国泰寺派全生庵住職。2003年より、第七世住職に就任。多くの政治家も訪れる坐禅会や写経会を随時開催。『囚われない練習』(宝島社)など、著書多数。
千葉県南房総市妙福寺住職、一般社団法人「寺子屋ブッダ」理事。仏教や寺を身近に感じてもらうイベントやワークショップなどを多く企画・発信。企業研修講師なども務める。
臨済宗妙心寺派泰岳寺副住職。慶應義塾大学理工学部を卒業後、僧に転身。講演や研修会、ブログなどを通して仏教や禅の教えを発信中。一般に向けた坐禅会や写経会なども行う。
内科医、京都大学博士(医学)。健診や人間ドックで約30万人の診察・診療にあたる。著書に『日本人の「遺伝子」からみた病気になりにくい体質のつくりかた』(講談社ブルーバックス)など。
取材/オフィス三銃士