ちょっぴりドジで可愛い女の子・チッチと、優しくてハンサムな、のっぽのサリー。じれったいふたりの恋を描いた作品『小さな恋のものがたり』に、自分の甘酸っぱい青春の思い出を重ねた読者も多いはず!
チッチが学校の人気者・サリーにひと目惚れをしてから、60年の時が流れた―。
『ちい恋』連載のきっかけは“通りすがりのオジサン”
「足が音符みたいな冴えない女の子が誕生して、もう60年たちました。あんまりあっという間に時がたちすぎて、ビックリしちゃう!」
イメージどおり可愛らしくお話ししてくれたのは、今年、漫画家業60周年を迎えたみつはしちかこさん。御年81歳だ。
みつはしさんがチッチとサリーを生み出したのは1962年。高校卒業後、イラスト関連の仕事を求めて職を転々としていたみつはしさんだったが、ある日“やっぱり漫画家になりたい”と一念発起。雑誌『美しい十代』の発行元であった学習研究社(当時)に持ち込みをする。
「高校時代を思い出しながら、スケッチブック2冊に漫画を描いて持っていったんです。当時の編集長に面談してもらったんだけど“どこが面白いの?”って突き返された。
そしたら、たまたまそこを通りかかったオジサンが“これは面白い、来月から連載にしなさい”って言ってくれたの。アレはうれしかったなァ」(みつはしさん、以下同)
この慧眼の“通りすがりのオジサン”こそが『美しい十代』の前編集長だった。すぐに『小さな恋のものがたり』(ちい恋)の連載が始まった。月にたったの2ページ。それでも、漫画家になるという夢はかなった。
「サリーのモデルは“スルメ君”っていうあだ名の高校時代のボーイフレンド。その彼との出来事を思い出しながら描いたのよ。
例えば緊張の初デート……深大寺で、おそば屋さんに入ったの。お店に入って小さなテーブルで向かい合わせに座って。でも困っちゃった。好きな人の目の前で何かを食べるのって恥ずかしいのよ!
おそばって長いでしょ。スルスル吸い込むのが嫌で嫌で……彼はすぐに食べ終わっちゃったのに私はずっとモタモタ、スルスル、モソモソって食べていたわ」
と、初恋を語るみつはしさんはまるで17歳のチッチそのもの。ちなみにスルメ君のあだ名の由来は“噛めば噛むほど味が出る面白い子”だったから。
「彼はチャールズ・チャップリンが憧れで、喜劇役者を目指していたのよ。ある日なんかはね、洋食屋さんに行ったらフォークとナイフが出たわけ。お箸の時代よ。私、そんなもの使ったことないから、緊張しちゃって。
頼んだエビフライをドキドキしながら切ってたら、手が滑ってエビを床に落としちゃったの!あ~って絶望してたら彼が“イキのいいエビだね”って言ってくれたのよ。面白いし、チョットカッコいいでしょ?」
『ハーイあっこです』誕生秘話!?
“元祖ドジっ子”のチッチのようなみつはしさん。しかし、チッチの恋と同様に、この初恋が実ることはなかった。結局、父親の仕事を継いだスルメ君と疎遠になったまま、スルメ君は40歳の若さで亡くなってしまう。
「うまくいかないから片思い。でも、その思い出だけで元気になれる。私は後ろ向きに生きているのよ。楽しかったことは、何回も何回も思い出していいでしょ?」
こんなこと言うと、“前向きに生きなさい”って怒られそうだけどね、と笑う。後ろ向きに思い出を振り返り、60年漫画を描き続けてきたみつはしさん。60年間で楽しかったことは?
「朝日新聞の日曜版で連載した『ハーイあっこです』のときも笑ったわよ。あの連載、ホントは依頼の時点で一度断っていたの。無理だって。
そしたら“どうしても会って話がしたい”って言うから、本社へ行ったの。どうせアタマの固そうなオジサンが出てくるんだろうと思ったら、想像と違ってほっそりしたイケメンが出てきたのよ~」
そのうえイケメンは聞き上手。いつの間にかみつはしさんは家族の面白い話を披露しており、彼は大笑い。
「“じゃあ、みつはしさんの家族をモデルにした漫画にしましょう”ってまとめられちゃったのよ」
実際、主人公あっこの姑・セツコは、みつはしさんの姑・ヨネコさんがモデルだ。
「本人もセツコさんのモデルだって意識をしていたので、セツコさんの失敗話なんかを書くときは大変でした。私はすごい夜型だから、朝、姑が起きる前に日曜版をコッソリ隠したりしてね。結局見つかっちゃうんだけど(笑)」
振り返れば、カンヅメも楽しい思い出
担当編集といえば『ちい恋』の担当は新卒で入り、定年まで担当を続けたという女性編集者だ。一緒に行き当たりばったりの旅をしてイラスト誌を作ったり、ピーク時の締め切り前にはホテルにカンヅメにさせられたことも。苦楽を共にした仲間だ。
いまもフリーの編集として関わり続けている彼女も、みつはしさんの“後ろ向きの思い出”をつくってくれた1人だろう。
「美人でちゃっかり屋さんの彼女はもちろんですが、私はどんな人でも漫画のネタにしちゃう。ちょっと憎たらしいような人でさえも必ず可愛い面、面白い面があるんです。人が好きなんですね」
気が滅入るようなつらいニュースも多い最近だが、
「漫画家は楽しい仕事。読者が楽しい気分になれる作品を描いていけたらと思います」
まだまだ描きたいテーマがある、とみつはしさん。
「最近だと、主人公が喜寿、77歳のおばあさんの漫画です。私が体験した年齢で、でも気持ちの中はずっと少女のおばあさんのお話。私だって時々“あれ、私81歳になってる? 気持ちは17歳のままなのに”ってなりますから」
チッチは17歳のまま、60年がたった。身体が77歳になった新たなる主人公のこれからを楽しみに見守りたい。
漫画家。1941年、茨城県生まれ。幼少期から絵や詩、漫画に親しむ。高校時代の漫画日記をもとにした4コマ『小さな恋のものがたり』でデビュー。以来、数々の賞を受賞。近著に『小さな恋のものがたり第46集』(Gakken)など。