「50歳を前にして剃髪できたことは意味があったんじゃないかと思っています」
寺島しのぶ、「癖になっちゃいそう」
昨年、99歳で亡くなった瀬戸内寂聴さんがモデルの小説を映画化した『あちらにいる鬼』(11月11日公開)に主演した寺島しのぶ(49)。
長内みはるは、妻子ある作家の白木篤郎と長く恋愛関係にあった。お互い才能にひかれあっていたが、関係を断ち切るために出家した。ふたりの関係を知りながらも添い遂げた白木の妻・笙子。
51歳のときに出家した瀬戸内寂聴、井上光晴とその妻という実在した3人をモデルに井上の長女で直木賞作家である井上荒野が書いた同名小説が原作。
主人公の長内みはるを寺島、白木篤郎を豊川悦司、白木の妻・笙子を広末涼子がそれぞれ演じた。
「みはるさんは生き切らないと気が済まない人。その情熱、情念の深さはすごいと思いました。みはるさんのセリフを言っていると感情が噴き上がって止まらなくなり制御できない感覚になりました。そういうのを断ち切るために出家したのかなと思いました」
寺島自身も“制御できない”ことはあるという。
「怒り狂ったときです。その相手には出さないけど、(怒りを)念じます。解消法は、お酒。でもおいしくはないですね。怒りはほかに気が向くと忘れています」
“人は愛するために生まれてきたのです”という金言を残している寂聴さんを追体験した。
「やりたいことをやり切るのがすてきだと思います。無邪気な方で、かまととぶるところがない。白木に着物姿を褒められるとターンをして見せたりしてかわいらしい。
笙子と初めて会ったときには満面の笑みで“長内みはるです。よろしくお願いします”と言えちゃう。普通、女のドロドロした感情や男女の仲が始まるようなことがあったら、あんなふうに挨拶はできないと思います。
広末さんは(みはるが)屈託なく面と向かって挨拶してくるのは想像していなかった。あのシーンは一生忘れないと、おっしゃっていました」
一期一会だと思って臨みました
クライマックスシーンの剃髪では、実際に髪を剃り上げた。
「抵抗はありました。剃った後、頭の形がいびつだったらどうしようとか考えました。豊川さんは“お母さん(富司純子)に消えない呪文とか彫られているんじゃない”とか言うし(笑)。
でも一期一会だと思って臨みました。撮影では、寂聴さんになっているのか、初めて髪を剃る私自身が戸惑っているのか。ウキウキと不安が入り乱れている感じでした。芝居に集中していたかというと、そうできなかった気もします」
“お祭りみたいで異様な雰囲気”というなか、ぶっつけ本番で撮影された。
「直後は、無事に撮り切れてよかったとしか思わなかったけど、数日後に気持ちがすっきりしているのに気づきました。自分自身でも不思議でしたが女なのか男なのかわからない感覚になり、(外見など)構う必要がないと思えました。人生100年時代といわれるなか、50歳を前にしての剃髪はリセットされた気分です。エネルギーが湧いて前向きにもなれました。雑念が取れてすっきりするので、癖になっちゃいそうです(笑)」
辞めたいと思ったことはないです
女優を志して1992年に文学座に入団したが4年後に退団。映像でも活躍の場を広げ、映画『赤目四十八瀧心中未遂』『ヴァイブレータ』で注目され、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。2010年の『キャタピラー』では35年ぶりにベルリン国際映画祭の最優秀女優賞を受賞し演技派女優の名を確固たるものにした。
「この40年、辞めたいと思ったことはないですね。舞台だけでなく映画やドラマ、いろんな世界を見たいと思っているのが今も続いています。
これからも今回の作品のように50代女性が主人公になる映画にまた出会えたらいいなと思っています」
本作では撮影前に寂聴さんに手紙を出したが、対面は叶わなかった。
「映画を見てどんな感想をおっしゃるのか知りたかったです」
愛人と本妻が通じ合うワケ
みはると笙子は、愛人と本妻という立場だが同志のような関係にもなっていく。
「お互いの生き方をうらやましいと思っているのでは。笙子さんは白木の嘘にうんざりしているけど、みはるは嘘も含めて白木にどっぷりとつかっている。
かつては経済力のあるご主人が愛人を囲って家を与え、それを黙認する妻というのがあった。それは(女性たちが)身の程をわきまえていたからだと思います。
現実的にはできないけど、みはると笙子さんは白木を共有しているうちにお互いをリスペクトするようになっていった。お互いを痛めつけない。痛めつけるくらいなら好きになるのをやめようって思う。相手のせいにしない自己完結できる知的な人たちだと思います」と推察する。
ヘアメイク/川村和枝
スタイリスト/中井綾子(crepe)