『24節気』という言葉で区切られるほど季節の豊かな変化が特色の日本。しかし今、そのサイクルに異変が。暑くなる秋、短くなる春。梅雨がないはずの北海道に大雨など一体何が起きているのか? 専門家が鳴らす警鐘に耳を傾けるときがきたーー。
「暑さ寒さも彼岸まで」との慣用句が、ここ最近はもはや通用しなくなりつつある。この秋も、10月半ばに全国の広い範囲で25℃以上の夏日を記録。かと思えば、そのおよそ10日後には強い寒気が日本列島を覆うなど、まるでジェットコースターのような急激な気温の変化が見られた。
SNSでもここ数年、
《夏が長すぎて、春と秋が異常に短く感じる》
《やっと秋が来たと思ったら急激に寒くなって、とても身体がついていかない》
《日本はもう四季じゃなくて、夏と冬の二季の国だよね》
などの意見が多く見られるように。東京大学先端科学技術研究センター教授で、気候変動科学を専門とする中村尚先生は、
「ここ40年で確実に地球温暖化が進行しており、特に直近の10年は、過去10万年の地球の歴史上でもっとも気温が高い期間でした」
と話す。進み続ける温暖化は、日本の気候にどのような影響を及ぼしているのか。豊かな四季は、この先、姿を消してしまうのだろうか。
「気象庁が季節ごとにまとめた、日本域での約130年間の気温推移データがあります。春夏秋冬のすべての季節で気温の上昇が見られますが、なかでももっとも気温が上昇しているのが春で、次が秋なんです」(中村先生、以下同)
平均すると、ここ100年のあいだに春は1・56度、秋は1・27度、気温が上昇している。
同じく気象庁による月ごとのデータを確認すると、ここ100年で気温がもっとも上昇したのは3月で、約1・75度もの上昇が見られた。
「私が子どものころは、桜は4月の入学式に咲くものでした。しかし最近では、3月の卒業式の時期まで早まっていますね。2021年と2020年は特に早く、東京では3月14日に桜が開花しました。以前に比べ、春の到来が早まっていると実感します」
GWを迎えたと思ったら真夏日に
春が早く来るのであれば、それだけ春が長くなるのかといえばそういうわけでもない。
「3月に次いで気温上昇率が高いのが5月です。北海道では真夏日を記録した年もあります。春だけでなく、夏の到来も早くなっているんです」
桜の時期が過ぎ、ゴールデンウイークを迎えたと思ったら早くも真夏日が訪れる。こうした現象が、冒頭で触れたように「春が短い」と感じる理由のひとつだ。
夏が早く訪れ、そのうえ10月を過ぎても暑い日が続く。このまま日本は本当に、夏と冬の二季になってしまうのか。
「そうとも言い切れません。というのも、今年は史上もっとも早い梅雨明けが発表されましたが、その後、気象庁が取り消しました。なかなか梅雨が明けず、グズついた天気が続く今年のような夏が、今後は多くみられるかもしれません。なんとなくはっきりしない夏と、厳しい夏が1年の中で交互に訪れる可能性もありますね」
気象庁は今年の梅雨明けの時期について、北陸地方と東北地方では「特定できない」と発表。さらに、「梅雨がない」とされる北海道でも、多くの地域で6月に大雨を記録。
「秋も、春ほどではありませんが確実に気温が上昇しています。年によっては急に冬になったように感じることもあるでしょう。いずれにしても、季節感が以前と変わってきていることは確かです」
冬の大雪も原因は温暖化
このような季節感の変化や、相次いで発生する異常気象について、中村先生は「温暖化が深く関わっている」と断言する。
温暖化の大きな原因のひとつが二酸化炭素。温室効果ガスの一種で、石油や石炭などの化石燃料の燃焼によって排出される。
「大気中の二酸化炭素濃度は、18世紀半ばの産業革命以前は280ppm程度。それがいまでは415ppm程度まで上昇しています。地球温暖化について世界的な研究を行う政府間機構のIPCCも、最新の報告書で、温暖化はこの先もしばらく続くとしています」
温暖化の抑制のためには、世界規模で脱炭素社会の実現を目指す必要がある。しかし一方で、「温暖化は起きておらず、二酸化炭素も関係ない」とする説もある。
前述したように、温室効果ガスといえばすぐに二酸化炭素が思い浮かぶ。しかし温室効果ガスの大半は水蒸気で、二酸化炭素よりも大きな影響を持つという。地表や海の水があまり凍ることなく、人が地球上で農業や漁業を営み豊かに暮らせるのは、地球の気温を保っている水蒸気、すなわち温室効果ガスのおかげでもあるのだ。とはいえ、「二酸化炭素が及ぼす影響はわずかで、温暖化の原因ではない」ということにはならない。
「IPCCの評価報告書からも、二酸化炭素排出量の増加が気温上昇に与える影響は明らかです。問題は、気温が上がったせいで大気中の水蒸気量も増加していることです」
暖かい空気ほど、より多くの水蒸気を含むことができる。つまり気温が上がれば当然、大気中の水蒸気量も増える。
「これが、日本で増え続ける豪雨や強大な台風の一因になります。また水蒸気自体が温室効果を持つため、量が増えればさらなる気温上昇を引き起こします」
二酸化炭素が気温を上昇させ水蒸気量を増やし、その水蒸気がさらに気温の上昇を招くという、まさに堂々巡りの状態だ。だが、この現象はマイナスの面だけではないのだ。
「実は温室効果ガスには、良い面もあるんです。地球全体の平均気温は15℃ですが、もし温室効果ガスがなければ、現実より33℃低いマイナス18℃になってしまいます」
気象庁のデータによると、冬の温暖化の進行ペースはほかの季節に比べてゆるやかだ。これも、温暖化懐疑論の一端ともなっている。
例えば日本でも、一昨年の12月後半は日本海側を中心に大雪となり、多くの被害が出た。まだ初冬ともいえる12月のドカ雪を見れば、温暖化を疑いたくなるのも無理はない。
「この大雪も、温暖化と無関係とは言い切れません。気象庁気象研究所のシミュレーションは、近年の日本海の温暖化による蒸発の増加が雪雲をより発達させ、高頻度に豪雪をもたらす可能性を示唆しています」
1.1℃の気温上昇がもたらすもの
一見、温暖化と無縁とも思える大雪や寒波の原因が、温暖化そのものにあるかもしれないのだ。産業革命前から、地球の平均気温は1・1℃上昇した。しかし、最近の激しい猛暑に悩まされ続けている私たちの体感では、“たったの”1・1℃の上昇だとはとても思えないのだが─。
「これはあくまでも100年間の、世界全体の平均です。1980年以降で見ると、上昇率はもっと高くなります。さらに都市部ではヒートアイランド現象も相まって、郊外よりもさらに気温は上昇しています」
世界平均1・1℃の気温上昇とはいえ、地球全体に及ぼす影響は計り知れない。今夏、ヨーロッパでは過去500年で最大の干ばつと熱波が起き、アフリカではひどい干ばつで人が住めなくなった地域もある。
「日本では、40~50年前に比べ夏の水蒸気量が10%増え、豪雨も増えたとのデータがあります。こうして雨量が増えれば、これまで問題のなかった山の斜面や川の堤防が、限界を超え、一気に悲惨な被害を引き起こす可能性もあるのです」
今年も、地球規模で気候変動対策を協議する国連会議「COP27」が11月6日に開幕した。世界は産業革命前からの平均気温上昇を2℃未満、できれば1・5℃以内に抑えることを共通目標としている。この“たった”0・5℃の違いで、地球上の豪雨、豪雪、熱波、干ばつなどの発生頻度や被害レベルに相当な差が生じると予測されている。
変化しつつある日本の四季から、わたしたちはどんなメッセージを読み取るべきなのか─。
取材・文/植木淳子