「生活が大きく変わるようなことはないですね。周りが認知症と言っているだけで、本当は認知症にかかっていないかもしれない、なんてね(笑)……」
大好きなギャンブルをやめて妻に感謝の日々
初期の認知症であることを公表したときの気持ちをあるインタビューでこう語っている漫画家でタレントの蛭子能収さん(75)。2014年に認知症予備群といえる「軽度認知障害」との診断を受け、その6年後の2020年7月、テレビの健康情報番組で認知症と診断された。
「認知症にかかっていないかも」とはいうものの、現在は症状を抑えるための薬を毎日服用。週に2~3回、介護サービスのショートステイを利用している。
「最初はショートステイを知らなかったし、行くのも嫌だったけど、入ってみたらいいかなって。今のところ楽しいとは言えないけれど、お手伝いをしたり絵を描いたりしていますよ……。ショートステイから家に帰ると、まず女房に『私の名前は?』と聞かれるんですよ(笑)」(蛭子さん、以下同)
施設の利用に積極的でないものの利用する背景には、奥様にこれ以上迷惑をかけたくないという思いがあるようだ。
認知症にはもの忘れなどの症状があるが、蛭子さんには実際は存在しないものが見える「幻視」という症状が出ることがあるという。
「デパートの中で電車が走っているのを見たり、家の中にある洗濯かごの衣類を女房が倒れているように見えたりしたことがあるんですよ。……なんでそんなものが見えていたのか不思議でした」
実は蛭子さんはアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症を併発しているのだ。「メモリークリニックお茶の水」の理事長で、東京医科歯科大学特任教授も務める認知症専門医の朝田隆医師に話を聞いた。
「認知症にはいくつかの種類があります。ひとつはいちばん数の多いアルツハイマー型認知症で、認知症の6割を占めています。その次に多いのが、血管性認知症とレビー小体型認知症。それぞれ認知症全体の1割弱を占めていて、アルツハイマー型とレビー小体型を併発することも珍しくありません」
レビー小体型認知症というのはどういう認知症なのだろうか。
「『レビー小体』という物質が大脳の広い範囲に蓄積することが原因で脳の神経細胞がダメージを受け、認知機能の低下を引き起こします。蛭子さんが見たという幻視もレビー小体型の特徴的な症状のひとつです」(朝田医師)
レビー小体型認知症の4つの特徴
1 認知機能の変動……意識がはっきりしている状態と、ぼんやりした状態が入れ替わり起こる症状。
2 幻視……実際には存在しないものが見える症状。妄想が起こることもある。
3 睡眠障害……寝ているときに大声を出したり、身体を大きく動かしたりする症状が現れる。
4 パーキンソン症状……筋肉がこわばる、動作が鈍くなる、前かがみで小刻みに歩くなどの症状。
元に戻れないからこそ自分らしくいたい
もともと忘れっぽく、人の名前も覚えるのが苦手だったという蛭子さん。「認知症になってから変化は?」と聞かれると「自分としては全然変わっていません。不便もあんまり感じないです……嫌な思いをしたこともないですね」と答えている。
ただ、変化はないと言いつつも、これまでやり続けてきた競艇、麻雀、パチンコなどのギャンブルはぱったりとやめた。
「ギャンブルをしなくなったいちばんの理由はお金を使いすぎちゃったから。最近は我慢しているというよりも、それほどしたくなくなっちゃった」(蛭子さん、以下同)
今はギャンブルよりも仕事をしたいという意欲のほうが高かったり、以前はあまり好きじゃなかった人と会うことが面白いと感じたりしている。さらに、奥様へ感謝の気持ちを言葉にするようになった。
「いるだけで楽しいですよ。やっぱり女房といるときが一番いいです。落ち着きますし、ほっとするし……。何しろ、ずっと一緒にいたい。いつも『ありがとう』と感謝を伝えています」
認知症になる前は発することのなかった感謝の言葉も、今は自然と出てくるようになっている。どうやら、蛭子さんにとって認知症は悪いことばかりではないようだ。
「認知症になったら元に戻せるわけでもない。人間だしこんなこともあるよねっていう感じです。やっぱりならないほうがいいけど、俺自身は変わらないから」
テレビから伝わってくる、あの自然体で認知症と向き合っているように見える蛭子さん。自分らしく穏やかに過ごすためには、もっとも大切なことなのかもしれない。
(取材・文/相原郁美)