「がんは突然起きる災害のようなもの。60歳代の年間の発がん率は、10代と比べるとおよそ100倍。加齢現象としてやむをえない部分もあり、予防すればがんにならないとは限りません。しかも、がんの半数以上は原因不明。お酒やタバコなど、わかりやすい悪習慣が原因のがんは氷山の一角なんです」
いつ誰ががんになっても不思議はないと警鐘を鳴らすのはがん専門医の押川勝太郎医師だ。
いざというとき慌てないために
東京大学医学部附属病院で特任教授を務め、がんの放射線治療に携わる中川恵一医師は、「治療が困難ながんが早期発見しづらいことも多く、発症がその後の人生を激変させてしまうこともあります。私も過去にがん治療の経験があり、とても他人事と思えません」と話す。
がん検診の重要性を説くのは、著書に『がんにならないのはどっち?』などがある総合内科医、秋津壽男医師。
「健康を第一の資本と考え、定期検診や人間ドックなどを受けることが大事です」
がんが怖いのは誰でも同じ。いざというときに少しでも慌てないために、そのなかでも厄介な種類のがんを紹介したい。
(1)膵臓がん
膵臓がんは3人の医師が口をそろえて厄介だと語るがん。
「膵臓がんには国の指針に定められている検診がなく、早期発見されにくい。がんの診断から5年後に生存されている人の割合を示す『5年相対生存率』もたったの8・1%とかなり低いです」と話すのは中川先生だ。
膵臓がんは早期から周辺のリンパ節や肝臓に転移しやすく、進行すると治療が困難。しかし、自覚できる症状が少なく、気づきにくいという。
「診断されたときには膵臓の周囲にしみ込むようにがんが広がっていることも珍しくなく、手術もかなわない患者さんが過半数です」と押川先生も眉をひそめる。
一方「事前に打つ手なしと諦めるのは早い」と秋津先生。
「膵臓に通る膵管や胆のうを高精度で映し出すことのできるMRCP検査は有効です。通常のCTなどより異常が映りやすく、診断の決定打となりやすい」
膵臓がんは、遺伝や肥満、糖尿病、喫煙などがリスク要因。胃やみぞおちの不調で医者にかかって異常なしなら、膵臓を心配して検査を要望することも検討したい。
(2)胆道がん
胆のうや胆管などにできたがんを胆道がんという。胆道にがんができると、肝臓や膵臓も切除する大手術が必要になることも。怖いのは、初期には胆汁を分泌する機能に目立った異常が見られず、症状がほぼないことだという。
進行後の代表的な症状は「黄疸」。血中で胆汁の流れが滞り、ビリルビンという色素で皮膚や眼球が黄色くなる症状だ。出てきたら即受診したい。
「5年相対生存率は22.1%。膵臓がんに次いでワースト2の低さです。胆道がんになる人は、検診で胆石が見つかることも多い。思い当たる人は血液検査や腹部エコーでの検査を医師に相談してみては」(中川先生)
(3)食道がん
食道がんの主な原因として知られるのは、飲酒と喫煙。生活習慣でリスクが下げられるため、ガイドラインで強い注意喚起がなされている。
「私もお酒をよく飲むので他人事ではないと思っています。発症したくないがんのひとつです」と中川先生は自戒も込めていう。
食道がんも、早期に自覚症状が出にくいがん。知らぬ間に進行すると、食道の内腔が狭くなってのどがつかえたり、胸の苦しさがあらわれてくる。
しかし、恐ろしいのはそれだけではない。食道は膜が薄いことに加え、周囲には肺や心臓などの重要な臓器や大動脈があるため、手術にも大きなリスクがある。
「食道がんの手術に伴う主な合併症には、つなぎ目がほころぶ縫合不全や肺炎、声のかすれ、肝臓など他の臓器の障害があります。これらの合併症は最悪の場合、死につながることも。特に高齢者や別の臓器に障害のある人に起きやすくなります」(中川先生)
(4)胃がん
国立がん研究センターのデータによると、2022年のがん死亡数で胃がんは第3位。
「手術で胃を切除すると、さまざまな後遺症が残り、身体に負担がかかります」と押川先生。代表的なのが、胃の機能が失われたことで食べ物が一気に腸に流れ込み、動悸、めまい、震えなどが起きる「ダンピング症候群」だ。
また、胃がんが腹部に散らばり転移すると、腸がおなかの中でくっついたりねじれたりして腸が詰まる腸閉塞も起きやすい。押川先生いわく、これがものすごく苦しいそうだ……。
早期発見に不可欠なのは、バリウムを飲むエックス線や胃内視鏡などの定期検診。
「あまり進行していない状態で見つかれば、ESDという内視鏡手術で完治を目指せるし、胃も残せます。ぜひ定期的な検診を」(押川先生)
(5)舌がん
舌がんの5年相対生存率は69.4%と比較的高い数字だが、甘く見てはいけないと秋津先生。
「手術での切除範囲が大きいと、完治してもスムーズに会話ができなくなったり、気管に飲食物が詰まる誤嚥を起こしやすくなるなどの支障が出てしまいます」
もし舌の大部分を失い、機能の維持が難しい場合には、太ももや胸、腕などから皮膚や筋肉などを移植する再建手術も行える。しかしそれでも舌を動かすのには大きな負担がかかり、味なども感じにくくなるという。
押川先生は、小さな違和感を見逃さない大切さを語る。
「舌がんなどの口腔がんは、初期は口内炎と見分けがつかないことも。『そのうち治る』と放っておくと大ごとです。少しでも気になったら、まずは耳鼻咽喉科や歯科医院で早めに相談してほしい」
他にも舌の粘膜に斑点ができたり、硬いしこりやしびれ、出血などがあれば要注意だ。
(6)上顎洞がん
これは鼻の奥にある副鼻腔という空洞のうち「上顎洞」という箇所にできるがん。顔の内側で進行し、長引く頭痛、歯茎や顎の腫れ、蓄膿症に似た鼻づまりや痰などの症状を引き起こす。時には骨を壊しながら進行し、眼球が圧迫されて突き出してくることも……。
「症例は多くないがんですが、摘出手術で顔の形が変わってしまったり、眼球を失うこともあります。のちの生活への影響が甚大です。副鼻腔炎、頭痛、歯痛といった不調をそのままにしないのが早期発見や予防のカギ。鏡で自分の顔を観察し、腫れや変形などの異常がないか確認するのも大切です」(秋津先生)
(7)脳腫瘍
脳に腫瘍ができると、半身まひ、歩けない、言葉が理解できない、視野が欠けるなど、さまざまな機能障害が起きる。
「たとえ良性の腫瘍だったとしても、場所が脳である以上、治療後に四肢まひなどの後遺症が残るリスクがあります。最低でも5年に1度は脳ドックを受けてほしい」と訴えるのは秋津先生だ。
一方で中川先生は、100種類以上もある脳腫瘍のうち、最も悪性度が高い「神経膠芽腫」の怖さを語る。
「この腫瘍は、脳にしみ込むように広がり、正常な脳との境界を不鮮明にします。進行も速く、手術で全摘出することは困難。再発のリスクも高く、手術後も放射線療法や抗がん剤などが必要になります」
さらに、この腫瘍の周りには脳浮腫というむくみが起き、脳の機能を蝕むという特徴もあるという。
中川先生いわく、これは予防できるものでもなく、発症したら受け入れるしかないそう。医学の進歩で、一刻も早く完治する方法が見つかってほしいものだ。
がん予防の習慣で生存率は劇的UP
「自分がもしがんになったら……」と思うと不安になるが、5年相対生存率は年々上がっており、現在では60%を超える。がん患者の半数以上が生き延びられる計算だ。
がんで命を失うリスクを少しでも減らすには、日頃からがんに関心を持ち、何げない不調を見逃さないことが肝心だと押川先生は繰り返す。
「少しでも身体の異常を感じたら受診を。もし悪化の傾向があるようなら、根気強い通院が大事です。がん細胞は進行とともに大きくなるので、繰り返し来院の記録があれば、病院側も時間の変化で症状を比較できます」
生活習慣の重要性を訴えるのは秋津先生。
「日頃の生活を見直せばリスクが減らせるがんもある。タバコは吸わない。お酒ほどほど。バランスのいい食事と運動。身体に悪い習慣は少しでも減らしましょう」
中川先生は歯周病ケアもがん予防に効果があると話す。
「歯周病のある人は、そうでない人に比べて膵臓がんや食道がんなどの発症率が高いという研究結果もあります。毎日の歯磨きでもリスクが減らせるなら、ぜひ怠らずに続けたい」
2人に1人ががんになる時代。他人事だと思わず、小さな変化にも早めに手を打つのがポイントだ。
『がんのリスクを減らす5つの生活習慣』
【禁煙】 タバコを吸わない。他人のタバコの煙を避ける。
【節酒】 1日の飲酒量の目安は日本酒で1合、ビール瓶(633ml)で1本、ワインボトルで3分の1程度。
【食生活】 塩分を控える。野菜と果物をとる。熱いものは冷ましてから口に入れる。
【身体活動】 歩行か、それと同程度の活動を1日60分程度。
【適正体重の維持】 BMI値を男性は21~27、女性は21~25の範囲に。
(国立がん研究センターがん情報サービスより作成)
秋津壽男医師●日本内科学会認定総合内科専門医、戸越銀座秋津医院院長。テレビ東京『主治医が見つかる診療所』に12年間レギュラー出演。著書に『放っておくとこわい症状大全』(ダイヤモンド社)、『がんにならないのはどっち?』(あさ出版)など。
押川勝太郎医師●宮崎善仁会病院非常勤。腫瘍内科医。専門は抗がん剤治療、緩和ケア。25年間で1万人以上の全国のがん患者と直接対話し、毎週日曜日夜にYouTubeがん防災チャンネルでがん相談飲み会ライブ(同時視聴500人)を開催中。
中川恵一医師●東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。一般向けの啓発活動にも力を入れ、福島第一原発事故後は支援も積極的に行う。日経新聞にて「がん社会を診る」を連載中。著書に『最強最高のがん知識』(海竜社)など。
(取材・文/オフィス三銃士)