パンを食べない日本人はほぼいないだろう。とりわけ、町を歩いていて、美味しそうな香りただようパン屋さんを目にしたときには、つい入ってみたくもなるものだ。日本の主食といえば「お米」のイメージだが、実はここ数年ではパンの人気が増大している。
老舗が次々倒産有名チェーン店も
総務省の家計調査によると、2019~2021年の間でのパンの年間購入量は1世帯あたりでなんと平均45kg以上。同調査で、過去5年でのパンへの年間平均支出を比べると、1600円以上もアップしている計算だ。
忙しいときでも買えばすぐに食べられるという利点もあって、需要とともに消費量は増えている。その流れに乗るように、「高級食パン」や「パンのサブスク」など、新たなブームも台頭したほどだ。
そんな状況なら、業界はさぞや潤っていることだろうと思いたいが、イメージに反してベーカリーの倒産件数は年々増えている。
帝国データバンクの「パン製造小売業者の倒産動向調査(2019年)」を見ると、全国区を対象とした調査(大規模店)で、2010年のパン屋倒産が5件だったのに対し、2019年は31件にまで増加している。しかもその31件のうち、3分の2が10年以上の経営実績を持つ“ベテラン店舗”だった。
今年、倒産したなかには、長年愛されていた店名も挙がっていた。2月末には、小田急電鉄の子会社で駅のベーカリーとして親しまれた「HOKUO」が全39店舗を閉店することを発表。さらには、東京・四谷三丁目に1984年創業し町に寄り添い続けたベーカリー「マミーブレッド」も8月10日にやむなく店舗を畳んだ。
昨年末には、「おこめ券」に倣った「全国共通パン券」も発売された。ギフト券を使って少しでもお客を増やせれば……そんな取り組みが始まるほどに、パン業界の苦境は進んでいる。パンの人気は高まっているはずなのに、店舗の倒産件数は多い……。
町にたたずむパン屋さんはどんな思いでこの状況を見ているのだろうか。
のしかかる何重もの負担
「うちの場合、コロナ禍の苦境はまだ耐えられたんです。感染対策で、使うビニールと袋詰め作業の負担は増えましたが、リモート需要でパンを買い求めるお客さんが増えたし、マイバッグ普及でレジ袋の消費が減りましたから」
そう話すのは、私鉄と地下鉄が乗り入れる都内住宅地に90年ものあいだ店舗を構える老舗ベーカリーの店主。
聞く話によると、同業者のなかでも、コロナ禍で来客が減り閉店に追い込まれたのは、どちらかといえば駅ナカなどの通勤ルートや、観光地の店舗が多かったという。住宅街のベーカリーはステイホーム中の地域顧客に恵まれ、なんとかしのぐことができたというわけだ。
「ただ本当にどうしようもないのは、今年に入ってからの値上げラッシュ。この状況だと本来は入るはずの利益の半分以上が、仕入れ分の高騰に吸い取られてしまう。本当にひどい話ですし、いいかげんにしてと言いたい」(ベーカリー店主、以下同)
パンの原材料である小麦の価格が世界規模で跳ね上がったニュースは記憶に新しい。しかしベーカリーの負担はそれだけにとどまらず、パン作りに欠かせない油類なども、今年だけで数回の断続的な値上げ。
さらに11月には乳製品各種もその対象に。これまで「気軽に買ってほしいから」との一心で値段を据え置いてきた店側も、いよいよ値上げに踏み切らざるをえない局面だ。
「いつも使っていた材料の原価が、倍以上になっている状況です。ホンネを言えば、店を守ることを考えて、相応の金額に値上げをしてしまいたいところですが……。
でも、それをしては気軽に買える値段ではなくなってしまう。怖いのは、パンが日常の食卓に並ばなくなることです」
「コンビニ」や「トレンド」に勝てない
実は経営が苦しくなるからくりは、コロナ禍や物価高以外のところにもある。何より大きいのは、大手メーカーで作られ、コンビニやスーパーなどに卸されるパンの存在だという。
「長年お店をやっていますが、近場に新しく便利なモールなどができると、どうしてもお客さんがそちらに流れてしまうところはありますね」
工房のパンとほとんど変わらない美味しさで、販売価格も同じくらい。手に取れる店舗数も多く、開店時間も長くて、日用品のついでに買える……。これだけのポテンシャルを持った競合に、個人経営で勝負していくのは確かに至難の業だ。
とはいえ、なかには売り上げを伸ばすためのマーケティングに力を入れており、うまく生き残っている小さな店もある。
例えば“インスタ映え”を狙ったオシャレなオリジナルメニューを看板にしていたり、素材にこだわって商品のストーリー性を重視しているような店などは、若者の間で情報拡散されることで一定数の顧客を獲得し続けられることも。しかし、そうした同業者の傾向を見ても、ベーカリー店主はため息をつく。
「昔はそうでもなかったのですが、最近はお客さんの興味の新陳代謝も早い気がしています。次から次へと流行りが移り変わっていくのでは、新しい店ばかりがもてはやされ、昔ながらの店が忘れ去られていく。
入れ替わり立ち替わりの激しい時代の波についていく力が『昔ながらのパン屋さん』にはないのかもしれません」
経営的には、利益率が高い業種といわれている。昨今のパンブームの波に乗って売り上げを伸ばすことさえできれば、度重なる不況のなかでも生き残る術はあるのかもしれない。
とはいえ、強いビジネス競合を相手にしながら、少子化による後継者不足、コロナ禍の社会不安や値上げも重なっては、あっという間に経営破綻を起こしてしまう。
「近所で昔から残っている店は、うちの他には豆腐屋さんぐらい。あとのお店はもう全部やめられてしまった。個性豊かな商店が増えてもいいものなのに、今は飲み屋や定食屋がほとんど。
そうなると、生活に便利なのはスーパーやモールしかありません。新しいビジネスからの悪い影響を真っ向から受けてしまうのは、いつだって町の小さな商店なんです」
可愛らしい動物の形をしたパンや、「揚げたて」のポップが躍るカレーパンが並ぶ光景は町のベーカリーならではの温かさ。いつまでも地域に寄り添い続けてほしいと願うばかりだが、今後も試練は続いていきそうだ。
(取材/文 オフィス三銃士)