11月7日から歌舞伎座で始まった『十一月吉例顔見世大歌舞伎』。大名跡・團十郎の誕生を祝う舞台だが、公演の半ばを越えた同月19日に異変が起きた。
「出演していた松本白鸚さんが体調不良を理由に休演しました。出演といっても役者としてではなく、口上といわれる壇上から観客に挨拶をする演目で出ていたので、激しい動きなどはないんですけどね。具体的な症状などは発表されていませんが心配です」(スポーツ紙記者)
今年で80歳を迎えた白鸚は、名門・高麗屋の頭領にして歌舞伎界の重鎮。その活躍は現代劇にも及んでいる。
「若かりしころに、歌舞伎の興行を仕切る松竹から一時的に離れていたこともあって、伝統に縛られずさまざまなジャンルの舞台に挑戦しています。ミュージカル『ラ・マンチャの男』は1969年から続くライフワークになり、フジテレビ系の『天才柳沢教授の生活』や『王様のレストラン』といったドラマなどにも出演。今年も11月11日に全国公開された新海誠監督の最新アニメ『すずめの戸締まり』で映画声優に挑戦しています」(演劇ライター)
これまでの功績が認められ今年10月には政府から文化勲章を授与された白鸚。ますますの活躍が期待されるが、長年、彼の舞台を見続けているファンは、今年に入ってから、急激な変化を感じていたという。
「今年6月に上演された『信康』では、これまでの迫力は感じられず、少し老け込んだように見えました。昨年11月に出た『井伊大老』までの白鸚さんは年齢を感じさせない、エネルギッシュな演技だったんですが……」
人間国宝の弟・中村吉右衛門さんが他界
昨年の11月といえば、白鸚の弟である、中村吉右衛門さんが亡くなった月である。
「吉右衛門さんは白鸚さんの2つ違いの弟。ふたりとも初代・松本白鸚さんの息子でしたが、吉右衛門さんは幼いころに初代・吉右衛門さんの家へ養子に出されました。その後、先代の芸を受け継いだ吉右衛門さんは古典歌舞伎の第一人者となり、2011年には人間国宝に認定されました」(前出・演劇ライター)
別々の環境で育った兄弟は、それぞれの芸道を歩むようになるが、相通じるところも。
「ふたりともたくましい体格を活かし、“立役”と呼ばれる英雄役や豪傑役を得意としていました。一般的に歌舞伎の世界では、兄弟で舞台に立つ際は長子をいい役につかせるなど、優遇する傾向があります。そのため親の意向で次男は兄と違った路線に進ませることも多いのですが、彼らの場合は役柄がかぶってしまったんです。そのような経緯もあって、お互いライバルのような関係でもありました」(松竹関係者)
しかし、昨年3月に吉右衛門さんは公演後に訪れた飲食店で倒れ、救急搬送。以後、意識は戻らず同年の11月にこの世を去ってしまう。
「吉右衛門さんの死後、白鸚さんは沈痛な面持ちで“今、とても悲しいです。たったひとりの弟ですから”と追悼コメントを発表。これまで両者は、プライベートで積極的な交流は少なく、一部では不仲説なども流れていましたが、白鸚さんの弟に対する愛情がうかがえましたね」(同・松竹関係者)
吉右衛門さんの一周忌を迎え、これまで耐えてきた白鸚さんの精神面も心配されるところだ。
体調を気遣って“隠居するべき”の声
「来年の4月からはコロナ禍で中止になった、『ラ・マンチャの男』の再公演も始まりますがどうなることか……。白鸚さんの後援会の内では、体調を気遣って“高麗屋を息子の松本幸四郎さんに任せて、隠居するべきでは”という意見も囁かれているほどです」(同・松竹関係者)
進退が問われる白鸚だが、彼にはまだ叶えたい夢が残っているという。
「白鸚さんはこれから新たに歌舞伎座で『勧進帳』の弁慶を演じたいと考えているんですよ」(高麗屋に近しい人)
『勧進帳』とは、鎌倉時代に都を追われた源義経と家臣の弁慶一行が、さまざまな策を用いて関所を突破しようとする姿を描いた演目。
「主人公である弁慶役は公演時間のおよそ1時間15分の間、出ずっぱり。大声を出しながら激しく動くシーンもあり極めてハード。特に“飛び六方”と呼ばれる、片足で跳ねながら花道を去る場面は、かなりの足腰の力を必要とします」(前出・松竹関係者)
白鸚が最後に弁慶を演じたのは2021年の4月。その際は、息子の幸四郎と1日交代で乗り切っている。
「年老いても『勧進帳』に出演するというのは、もともと吉右衛門さんの夢だったんですよ。生前の吉右衛門さんはことあるごとに“80歳で弁慶を演じたい”と語っていましたが、77歳で亡くなってしまいました。亡き弟が果たせなかった夢を、兄である自分が叶えたいと考えているそうです」(前出・高麗屋に近しい人)
弟を亡くした白鸚は悲しみを断つために、80歳にしてなお新たな挑戦に向かおうとしている─。