カタカタカタカタ…。隣の人が無意識に動かす足が発する音に、イラッとすることもある貧乏ゆすり。でも、実は全然“貧乏”ではないエクササイズとしての効果があった!
股関節疾患、足のむくみ、心の不安などの解消も─
「また貧乏ゆすりしてる!」
家族から厳しく指摘され、他人からは迷惑がられ、まさに“悪癖”とされる「貧乏ゆすり」。語源は諸説あるが、「貧乏人が着るものも食べるものもなく、ぶるぶると小刻みに震えているさま」だとか、「借金を取り立てられるときに落ち着きなく足をゆするさま」など、身もふたもないものばかり。
古くは江戸時代の書誌にも登場し、「貧乏ゆすりをすると貧乏神に取りつかれる」との迷信もこのころに生まれたとされる。
しかし悪者扱いされてきたこの貧乏ゆすりに、意外にもさまざまな健康作用があるというのだ。股関節の疾患から足のむくみや冷え、心の不安まで、幅広い改善効果が期待されるというから驚きだ。
「貧乏ゆすりの動きは、医学用語で“ジグリング”と呼ばれています。健康効果の高い運動として、すでに1970年代から世界中で注目されています」と語るのは、整形外科専門医で、フィットネストレーナーでもある吉原潔先生。
なかでも吉原先生が注目するのは、変形性股関節症への効果。主に女性に多い疾患で、日本関節病学会によると、国内の患者数は約120万~510万人。発症初期は脚の付け根に痛みが生じ、症状が進むにつれ、正座や階段の上り下り、長時間立ったり歩いたりなどの日常の動作が難しくなる。
生まれつき負荷がかかりやすい股関節形状をしていることが主な原因だが、平均寿命の延伸から、最近では加齢による発症も多く見られる。
「貧乏ゆすりが、変形性股関節症の痛みや炎症を改善した例が報告されています。それだけでなく、すり減った軟骨の再生例もあります。整形外科学会も大きな関心を持っており、現在も研究が進められています」(吉原先生、以下同)
貧乏ゆすりが変形性股関節症の症状を緩和する詳細なメカニズムはまだわかっていない。吉原先生は「外部からの刺激により、患部の新陳代謝が活発になることが理由のひとつではないか」と推測する。足を小刻みに揺らす貧乏ゆすりならではの動きが、股関節に“よい刺激”を与えている可能性があるのだ。
「同じような理屈で、骨粗鬆症の予防にジャンプが効果的だとわかっています。着地時の刺激が、骨を強くするんです」
適度な“刺激”は骨に限らず、人間の身体を良い方向に導くこともあるという。
足のむくみや血栓の予防にも効果が
「股関節疾患だけでなく整形外科の疾患全般に当てはまりますが、安静だけでは回復は望めません。痛みがあるからとじっとしているだけでは、機能は衰える一方。無理のない範囲で、少しずつ患部を動かし刺激を与えることが重要です。貧乏ゆすりの動きも、股関節の機能改善のためのちょうどいい刺激となっている可能性は十分にあります」
女性の悩みとして多く見られる足のむくみにも、貧乏ゆすりが効果的であることがわかっている。
ふくらはぎの筋肉は、下半身の血液を心臓まで押し戻すポンプの役割を果たしている。そのため「第2の心臓」とも呼ばれるが、筋肉がうまく機能しないと血流が滞り、ポンプの働きが低下してしまう。これが足のむくみの一因となる。
「貧乏ゆすりでふくらはぎの筋肉を効率よく動かせば、滞っていた血流やリンパの流れが改善され、むくみの解消につながります。エコノミー症候群を防ぐ運動としてもおすすめです」
飛行機などの狭い空間で長時間同じ姿勢のまま過ごすと、血行不良となり、足の静脈に血栓ができやすくなる危険がある。最近では、JALの国内線ファーストクラスにフットレストのバイブレーション機能が登場し、話題となった。
「バイブレーションによる他動的な力でも、血栓予防の効果は期待できるでしょう。しかし自分の力で行う貧乏ゆすりのほうが、ファーストクラスの設備より効果が高いかもしれません」
とはいえ、貧乏ゆすりはもともと意識して行うものではない。本人も気づかないケースがほとんどで、イライラしているときなどについ無意識にやってしまいがちだ。
「あくびやくしゃみと同じで、人間の生理反応のひとつ。しかし貧乏ゆすりだけは、一定のリズムを刻み続ける動作ですね。このような動きは、幸せホルモンといわれるセロトニンの分泌を促進する効果もあるといわれています」
貧乏ゆすりは、ストレスによって高ぶった気持ちを静めるための、人間の防御反応のひとつでもあるのだ。
「例えば更年期障害などで不安な気持ちが続くとき、あえて貧乏ゆすりをしてみるのもいいでしょう。副交感神経が優位になり、リラックス効果が得られます。深呼吸にも同じように、自律神経を整える働きがあります。ゆっくりと、長く息を吐くよう心がけましょう」
意識的な貧乏ゆすりは、1日にどのくらい行うのがベストなのか。
「“1日何分”など深く考えず、まずは気がついたときにやってみるだけでいいんです。30秒でも3分でもOK。無意識のうちにストップしてしまっても大丈夫です。片足ずつでもかまいませんが、両足を一緒に動かすほうがやりやすく、効率的ですね」
神経と筋肉の伝達速度を上げると─
時間も回数も問わないが、唯一の留意点は、できるだけ速く小刻みに足を動かすことだ。
「できる範囲で構いませんので、なるべく速く動かすことを心がけましょう。クリニックでも、患者さんに毎日の宿題として貧乏ゆすりをすすめることもあります。最初はゆっくりとしかできなかった高齢の方も、だんだんと速く足を動かせるようになるんです」
足を動かすためには、「足を動かせ」との脳からの命令を、神経を通じて足の筋肉に伝える必要がある。毎日少しずつでも貧乏ゆすりのスピードアップを図ることで、この神経と筋肉の伝達速度を高められるという。
「インターネットの回線速度を、ADSLから光に変えよう!と言えばわかりやすいでしょうか(笑)。貧乏ゆすりのスピードアップで素早い足の動きが獲得できれば、瞬発能力も高められます。毎日の小さな積み重ねが、高齢者のケガ予防などにもつながればと考えています」
貧乏ゆすりだけではちょっと物足りない、という人には、早歩きがおすすめとのこと。
「毎日でなくても大丈夫です。1回につき7000歩ほどのウォーキングを目安に、そのうち20分程度は早歩きをしてみましょう。会話をしながら歩いたときに、やや息切れするぐらいの速度がベストです」
貧乏ゆすりも早歩きも、共に身体の筋肉量を減らすことなく、関節を痛めるリスクも低く、安全に運動機能を高められることがメリットだ。しかも、いくつになっても効果が期待できるのがうれしい。
「30歳を過ぎると、筋肉量は少しずつ落ちていきます。健康寿命を延ばすには、年齢を重ねてもなるべく自分の足で歩き、移動能力をしっかり維持すること。貧乏ゆすりはそのための第一歩です」
貧乏ゆすりは、もはや奇跡のエクササイズ!? 道具も使わずお金もかけず、どこでもできるこの運動。ネガティブイメージを払拭できる日も近そうだ。
もっと詳しく知りたい人は『貧乏ゆすりでゆる体活』で!
『貧乏ゆすりでゆる体活』(二見書房刊)いろいろな“ゆすり方”のエクササイズ方法や、身体を内側から変える湯せん肉のレシピなど、健康寿命を延ばすポイントを吉原先生が解説。
<取材・文/植木淳子>