探偵業といえば浮気調査を思い浮かべる人が多いだろう。だがコロナ禍になってから婚活アプリやマッチングアプリの浸透が急速に進み、それに伴いこうしたアプリでのトラブルの調査依頼が浮気調査よりはるかに多いという。
マッチングアプリで既婚男性にだまされた女性は、まず男性の身辺調査を探偵に依頼した。依頼者の証言をもとにマッチングアプリ詐欺の一端を追った─。
きっかけは友人のアプリ婚
OLの亜由奈さん(仮名・28歳)は、大学時代の友達の結婚披露宴で、新郎新婦の出会いが婚活アプリだったことを知って驚いた。
「友達は楚々とした女性で恋愛に対して奥手でした。なので友人の紹介か、お見合いで知り合ってゴールインしたのだと思っていました。2次会で酔った友人たちが“私もアプリで付き合っている”とか“アプリ婚活している”と口々に言うので、やっていない私は遅れているのかなと少し不安になったほどです」
大学時代に付き合っていた彼と自然消滅してから、その後の交際相手たちがことごとくダメンズだったため、恋愛に対して少し消極的になっていた亜由奈さん。
「アプリ婚活は実際に会うまでが早く、複数の男性とデートしているという友人もいました。相性が悪いとわかると、すぐに連絡を絶ち、次の相手を探せるから便利だと。でも私は慎重な性格なので、マッチングアプリで彼氏を探す気にならなかったんです」
ところがそれから3か月後に亜由奈さんの元カレが結婚したことがわかって、ショックを受ける。
「バンドマンの元カレは遊び人でしたが、結婚を機に音楽活動をやめて就職し、まじめに働いているというのです。しっかり者の奥さんのおかげだと友人からLINEがあって。悔しかったです」
付き合っていた当時、遊び人の元カレを更生させようとしたが、できなかった亜由奈さん。そのため元カレの妻に負けたという悔しさが募ったという。
「むしゃくしゃした気持ちもあって、ついマッチングアプリに登録してしまいました。すると1日20人から30人の男性からデートのオファーがあって、びっくり」
生まれて初めて男性からモテたような気がした亜由奈さん。友人たちがアプリに夢中になる気持ちも、わかったという。
「いろんなタイプの男性がいて、中には遊び目的がミエミエな人も。そこで遊び人を片っ端から弾いて、これまで付き合ったことのないスポーツマンタイプや男気のある人に絞ってみたんです」
デートで出会った高収入の“優良物件”
休日の午前と午後の2回にデートを設定した亜由奈さんは、初回の日の午後に出会った男性から猛アタックされ、付き合うことになったという。
「デートの場所は都内のホテル内にあるカフェ。日焼けした男性は“接待ゴルフが続いてね”という不動産関係の社長。私より7歳年上でした」
岩本(仮名)という男性は、年収が2000万円近くあり、車も3台持っていると自慢げに話した。そのまま夕食に誘われ、銀座の鉄板焼き屋でコース料理をごちそうされたという。
「ワインバーで3度目のデートをしたとき、結婚を前提に付き合ってほしいと申し込まれました。その夜にホテルで男女の関係になったんです」
亜由奈さんは友人たちに「プロポーズされた」とLINE。中には「指輪はもらった? 親の紹介を早くしたほうがいいよ」とアドバイスしてくれる友人もいたという。
「次のデートで指輪のことを話したら“ちょっと今忙しいから、ゆっくりしたら一緒に買いに行こう”と彼。ではいつごろになるかと尋ねると“今20億円の大きな物件を動かしているんだ。ちょっと待ってくれ”と言うので、信じたんです」
ところが3か月たっても、指輪だけでなく親への紹介や結婚式のこともすべて「忙しいから」とはぐらかされた亜由奈さん。彼のマンションに遊びに行きたいと言うと、「今は会社に寝泊まりしていて家に帰っていない」とマンションにも招いてくれない。そんな状況を聞いた友人たちがこぞって「怪しいよ」と何度も忠告してきたという。
「そこで『結婚前調査』をネットで調べ、男女問題のトラブル解決に定評のある探偵事務所に依頼すると、30代後半の男性の探偵さんが話をじっくり聞いてくれました」
探偵は「彼が見栄を張っているのかもしれない」と話し、岩本の身辺調査を提案してきた。そこで調査してもらったところ、岩本の会社は登記があるものの、実体のないペーパーカンパニーであることがわかった。
「ショックでした」と亜由奈さん。だが彼がウソをついていると信じたくなかったという。探偵は岩本の家を突き止める、つまり“ヤサ割り”のために、亜由奈さんに協力を求めた。それは亜由奈さんが岩本をおびき寄せるという作戦だった。デートの約束場所にやってきた岩本を探偵が監視をする。そして亜由奈さんが岩本とのデートの途中で「急用ができちゃった」と先に帰り、探偵が岩本を追跡するという手はずだ。
その結果、岩本は隣の県の戸建てに住み、妻と中学生の子どもが2人いることがわかった。夫婦仲は円満で、調査した夜の夕飯は一家で近くの焼き肉屋だった。妻に仕事のことを聞かれた岩本は「今の工事は納期がきつくて」と妻に愚痴をこぼしていたという。
「岩本の仕事は工事現場監督で、案件ごとに都内や地方に赴任するため、場所によっては長期で家を空けることもでき、そのため独身を装うことができたそうです。また仕事がら年収700万円以上はあり、2000万円ほどではないけれど、高収入の部類に入ることもわかりました。だから豪勢な食事をごちそうしてくれ、単身用のマンションを持ち、ラブホではなく一流のシティホテルで宿泊できた。独身の金持ちを装った、とんでもない男だったんです」
婚約詐欺を立証して自分の心を救い出す
すっかりだまされていたことがわかった亜由奈さんはがっくりと肩を落とした。
「探偵さんにこれからどうしますかと尋ねられました。私は泣き寝入りしたくないと伝えると、探偵さんは“依頼者の安全を一番に考えることが僕たちの使命です”と、私が岩本の奥さんに訴えられない方法を教えてくれたんです」
亜由奈さんも妻もだましていた岩本が悪いのは一目瞭然だが、妻側から見たら夫が独身を装っていたものの、現実的には亜由奈さんが夫と不倫をしていたということになる。そのため亜由奈さんが不貞行為で訴えられる可能性があるというのだ。
「私は悪くないのに、どうして岩本の妻に訴えられて慰謝料を払わなければならないんだろう。慰謝料を私に払うのは岩本なのに。とても理不尽な気がしました」
だがそこに法律の壁があるため、亜由奈さんは探偵のアドバイスどおりに、まず岩本の婚約詐欺を証明することにしたという。
「次のデートで岩本に結婚の意思があるかどうかを確認しました。彼が“ある”と言った証言をこっそり録音しました。そして結婚式の時期などを誘導尋問したんです。それも録音しました。また指輪もそのころまでに用意してくれることを約束させたんです」
探偵は岩本の証言を文章にして、内容証明を岩本宛てに送ることを提案。自宅に送った内容証明を見た妻が、岩本の婚約詐欺を知ることになった。
「そのころには、たとえ裁判になっても岩本の罪を公表して、この忌まわしい婚約詐欺に決着をつけようと決めていました。ここまで強くなれたのは、探偵さんに動いてもらっている間、自分自身の心をちゃんと救済してあげることが、将来の幸せにつながると思うようになったからです」
だが互いに弁護士を立てると和解という方向に流れ、岩本側が慰謝料120万円を払った。相場は80万円から300万円だという。岩本は離婚しなかった。
慰謝料をもらったものの亜由奈さんはどうしても腑に落ちないことがあった。岩本は本当に自分を最後までだませると思っていたのだろうか。
「探偵さんいわく、だませると高をくくっていたのだろうと。一方で、妻にバレてしまった夫の半分ぐらいは、妻も子どもも捨てて、新しい女性と共に生きるという選択をしているそうです」
子どもが小さいうちは子どものために離婚しない選択をする夫が多い。だが子どもが中学生以上になると養育費が少なくなるせいか、財産もすべて妻に与えて家を出る夫が半分ぐらいいるという。そんな男性の身勝手な恋愛願望を満たすために、結婚アプリがあるのではない─。
<取材・文/夏目かをる>