川口春奈、SnowMan目黒蓮

 話題を集めているテレビドラマ『silent』(フジテレビ系)が異例尽くしの記録を連発している。見逃し配信で、フジテレビ全番組の歴代最高となる531万再生を記録、TVerでは民放歴代最高記録を塗り替える443万再生を突破(10月14日時点)。さらに、都内映画館で第1話上映会&トークイベントが開催され大盛況で、毎週放送中には「#silent」がTwitterのトレンドワード世界1位を記録し続けている。

 川口春奈演じる主人公・紬が住む世田谷代田や、紬と想(目黒蓮)が待ち合わせする目黒区・松見坂のカフェなど、ロケ地を聖地巡礼するドラマファンもあとを絶たない。本作がテレビを見ないと言われている若い世代をはじめ、幅広い層の心を掴んで離さない理由はどこにあるのか。テレビドラマのコラムを多く手掛けているライターの佳香(かこ)さんの分析を紹介したい。

『silent』は近ごろ珍しい「恋愛」ドラマ

 理由としてまず挙げたいのは、本作が「恋愛」を主軸に置いたラブストーリーでありながら、その展開に無理がないことだ。こう書くと意外に思われるかもしれないが、世間的に恋愛のプライオリティーが下がり、多様な価値観が認められるようになった今、その影響はドラマ作品にも如実に現れている。ここまで純度高く「恋愛」を真正面から捉えている作品は、近年かなり珍しく、さらにゴールデンタイム放送のドラマに限れば尚のことだ。

 恋愛要素の強いドラマ作品が多いTBSの火曜日22時放送“火10”枠を振り返ってみても、今年7月クールの『ユニコーンに乗って』はスタートアップ企業が舞台で、お仕事ドラマの要素がとても強かった。主人公でCEOの佐奈(永野芽郁)とCTO・功(杉野遥亮)が最終的には互いの気持ちを確認し合ったが、最後までキスシーンは描かれなかったことも話題となった。

 そのほかにも、“契約結婚”を切り口にした『逃げるは恥だが役に立つ』、“偽装結婚”から始まった恋を描いた『婚姻届に判を捺しただけですが』、父娘で臨む婚活が描かれる『持続可能な恋ですか?〜父と娘の結婚行進曲〜』など、単なる恋愛を描くのではなく、現代の結婚観や家族観に切り込む作品が続いている。基本的に自身の将来に迷う “崖っぷちアラサー女性”が主人公となり、恋愛は悩みの1つとして、仕事や親子関係を含む人間関係などと並列に描かれることが多い

「大人の鑑賞に堪えうるラブストーリー」

 そんな中、『silent』では高校時代に付き合っていた紬と想の2人が、突然の別れから8年が経った今、偶然再会するところから物語が始まる。

 8年の間に想は聴力を失っていたことがわかり“音のない世界”で2人が出会い直すという本格ラブストーリーが好意的に視聴者に受け入れられている背景には、高校時代の恋愛がベースに描かれていることが大きいだろう。

 このストーリーを主人公の職場などで展開しようとすると視聴者に現実とのギャップを感じさせてしまいかねないが、そんな雑念を寄せつけないのは、人が人を想う感情を丁寧に描き、視聴者に“初恋”に近しい感情を想起させるからだろう。

 この点については本作のプロデューサーを務める村瀬健氏もインタビューで、「大人の鑑賞に堪えうるラブストーリーを作ろうと思った」(「マイナビニュース」2022年11月2日配信)と明かしている。

「“展開”で盛り上げるのではなくて、“好き”という気持ちを丁寧に描いていくことで物語を展開させる」という企画当初から貫かれた狙いが、視聴者の年齢を超えた異例のヒットを生み出したのだろう。今後に迷うアラサー女性が主人公では共感できず、これまではABEMAなどが配信する恋愛リアリティー番組に流れていた中高生やZ世代を取り込むことができたのも、まさにこの点にあるのだろう。

ドラマ全盛の90年代のような盛り上がり方

 そして、主人公らキャストが20代で固められているのも、特にゴールデン帯放送の他作品にはなかなか見られない点だ。川口春奈は27歳、目黒蓮は25歳。ふたりの高校時代の同級生役である鈴鹿央士は22歳だ。

 ちなみに、今クールの“火10”枠の『君の花になる』(TBS系)では、ボーイズグループがトップアーティストになるという夢に突き進む中で、そのセンターを務める弾役の高橋文哉(21歳)と、本田翼(30歳)演じる元高校教師で寮母あす花との恋模様が描かれている。

 このように、主人公のアラサー女性と年下男性との組み合わせも近年よく目にする設定。『silent』のような20代同士という掛け合わせが、いまはむしろ新鮮に映る。

 最後に、なんと言っても本作が唯一無二である点は、恋愛ドラマなのに考察ブームを巻き起こしていることだ。これはひとえに脚本の妙、台詞の妙、演出の妙によるところが大きいと言える。

 脚本を担当したのは、なんと本作が連ドラ脚本執筆デビュー作となる弱冠29歳の新人・生方美久。しかも、本作は近ごろ増えているコミック漫画原作ドラマではなく、完全オリジナル作品なのだ。

 暗示的なモチーフが、高校時代や過去の記憶と現在を行き来しながらさまざまなシーンで登場し、時間を超えて種明かしされ伏線回収されていくのが鮮やかで美しい。紬のイヤホンが完全に壊れた時期と、想の失聴したタイミングがリンクしていたり、2人が高校時代に聴いていたスピッツの名曲『魔法のコトバ』にある「また会えるよ 約束しなくても」という歌詞の一節が、このあと別れ再会を果たす彼らの未来を示唆しているかのようであったり。

 “幸運”のシンボルとされるてんとう虫が飛び立ったかと思いきや、所変わって図書館で図鑑の表紙として用いられたりと、何度視聴しても新たな発見や気づきがあり、視聴者に思わず“語らせたくなる”ストーリーが光っている。

 こういった点も、SNSや見逃し配信と相性がよく、Z世代の間でも話題を呼んでいる理由と言えるだろう。本作をきっかけにドラマをリアタイ(リアルタイム視聴)して、その感想を周囲とシェアし合うという、1990年代のドラマ全盛期のころのような“ドラマの見方”が、再びできあがっているようにも思える。

 今夜(12月1日)の『silent』はいよいよ佳境に入る第8話。このあと、どんな最終回を飾るのか、どこまで記録を塗り替え、令和のお茶の間とドラマの距離感を近づけてくれるのか。“ロス”になってしまうのが今からすでに怖く寂しいが、しかと見届けたい。

佳香(かこ)
元出版社勤務。現在、都内OLときどきライター業。得意ジャンルはテレビドラマで、三度の飯より映画・ドラマが好きなアラサー。
 
川口春奈、目黒蓮、鈴鹿央士のオフショットは“すてきすぎる”と大反響(番組公式インスタグラムより)

 

(左から)目黒蓮、川口春奈、鈴鹿央士

 

『silent』のロケ地・世田谷代田駅はファンの聖地になっており、平日でも多くの女性の姿が

 

タワレコ店内にはスピッツコーナーが(ドラマ『silent』ロケ地)