「ツイッター離れ」が加速している。米実業家のイーロン・マスク氏が10月末に買収して以来、ツイッターではデマや差別的な投稿が増加。大手スポンサーの撤退が相次ぐほか、セレブによるアカウント削除が続発する事態に。日本でも「Twitter終了」がトレンド入り、新たなSNSへ移行する人も目立つ。
神奈川県で暮らす佐藤真由さん(仮名=30代)も「ツイッター離れ」をしたひとり。
「女性への冷笑がひどくて目に余ります。ツイッターで仲良くなった人もいるので迷いましたが、わざわざ嫌な思いをするために時間を割くのもばからしいし、もういいかなって」(佐藤さん、以下同)
冷笑的なツイートで嫌な思いを
佐藤さんがツイッターを始めたのは10年ほど前。好きな音楽や舞台について、同じ趣味の人たちとやりとりするのが楽しかった。
「ところが、痴漢被害についてツイートしたら結構バズって(話題になり拡散されて)、知らない人から大量の返信が来るようになったんです。“モテ自慢ですか?”“冤罪じゃね?”“その(年齢やルックスなどの)スペックで(被害に遭うはずがない)w”等々……。女性専用車両を揶揄する画像を送りつけてくる人もいました」
冷笑的なツイートを繰り返す相手には、一定の傾向が見られたという。
「例えば女性活動家への中傷とか、ロシアのウクライナ侵攻とか、社会問題に対して批判的に発言したときほど攻撃が激しくなりました。女性芸能人が政治の話題をツイートして叩かれるのと同じですね。冷笑してきた相手は匿名アカウントばかり。ツイートの内容やプロフィールから判断して、ほとんどが男性ではないかと思います」(佐藤さん)
社会や政治の問題に声を上げたり、何かに懸命に取り組んだりする人を見下し、嘲笑する─。そんな振る舞いがインターネット上で蔓延している。なかでも、実業家の“ひろゆき”こと西村博之氏が沖縄・辺野古を訪れ、米軍基地新設に反対する市民の抗議行動をツイッターで揶揄した問題は記憶に新しい。
SNSでは「それってあなたの感想ですよね」「ソースあるんですか」などと、ひろゆき氏を彷彿とさせる言葉が目に付く。まるで「ミニひろゆき」が増殖しているかのようだ。
都内在住の石田里奈さん(仮名=20代)も最近、「ミニひろゆき」に冷笑されたと話す。
「就活の情報交換用にSNSでアカウントを作ったんですが、やたら突っかかってくる人がいて。“そんなことも知らないのに就活やったって意味ないですよね”“それ(私の研究)って何の役に立つんですか?”などと、上から目線で指摘してくるんです」(石田さん、以下同)
あるとき石田さんは、同じゼミの男性が後輩の女性に向けて、実名アカウントから嘲笑的なコメントを投稿しているのを見てしまった。
「後輩をこき下ろす内容で、私へのコメントとまるで同じ。裏アカ(非公開のサブアカウント)と間違えて投稿したんでしょうね。おとなしくてまじめな人という印象だったから、ショックでした」
冷笑も炎上も祭りを盛り上げるため
なぜSNS上は冷笑であふれるようになったのか。ネットでのコミュニケーションについて20年以上にわたり取材を行ってきた、中央大学講師でジャーナリストの渋井哲也さんが解説する。
「ネットの冷笑文化のルーツは1999年に誕生した掲示板『2ちゃんねる』にさかのぼります。そこでウケるのは“本音を言っているように感じられる表現”。匿名で書き込めて、レスが伸びる(多くコメントがつく)ことで、気分が高揚する点が特徴です」(渋井さん、以下同)
熱くなっている人を嘲笑する風潮は、2ちゃんねるができた当初からすでにあった。
「暗黙のルールの多い2ちゃんは、書き込むにはハードルが高いけれど、閲覧だけしている人も少なくない。今に通じるネットでの冷笑的な振る舞いは、2ちゃんや2ちゃん的なものによって強化されたといえるでしょう」
2ちゃんねるの創設者がひろゆき氏であることはよく知られた事実だ。SNSの総フォロワー数が300万人を超える彼の影響力は大きい。
「沖縄への発言に限らず、ひろゆき氏のツイートをそのまま報じるメディアの問題は大きい。騒ぎに加担しているのも同然」と渋井さん。
ただ、「ひろゆき氏が冷笑文化を浸透させたわけではなく、世の中の映し鏡です」と強調する。
「冷笑文化は自然発生的に生まれたもので、端的に言えば“祭り”です。祭りを盛り上げるために冷笑的な言動をしたり、“マジレス”をしたりする。本物の祭りだって何の神様かわからないのに参加しますよね。それと同じで、騒がれていることが事実かどうかは重要ではありません。盛り上がって楽しむネタになればいい。こうした構図は2ちゃんねるもSNSも同じで、変わっていません」
女性が冷笑を浴びやすい理由
総務省の統計によると、ツイッター利用者の男女比はほぼ半々。多少の違いがあるとはいえ、ほかのSNSも同様の傾向だ。それにもかかわらず、女性のほうがネット上の中傷や嫌がらせの被害に遭いやすいとして国連は警鐘を鳴らす。中傷や嫌がらせには、冷笑的な言動も含まれる。
「女性たちがネット上で冷笑を浴びやすいのは“女が意見を言うな”“わきまえろ”という、社会に根強くある意識の表れではないでしょうか」
そう話すのはフリーライターの吉田千亜さんだ。福島第一原発事故とその被害者に取材を重ねる吉田さんは、東日本大震災が発生した2011年から現在にいたるまで、被ばくの不安を訴える女性を揶揄するネットユーザーを何度となく目にしてきた。ツイッター上では「放射脳」と冷笑したり、「風評被害の責任をとれ」と迫ったりする人々がいまだに後を絶たない。
「“女性は男性・権力に付き従うべき”という意識がまだ根強いから、SNSのような自由な空間での女性の発言にわずらわしさを感じる人がいるのでしょう。そのうえ怒りにしても嘆きにしても、感情は理屈より下に見られ、軽んじられやすい。だから女性が自分の感情を吐露すると、特に災害時のように一致団結が求められる空気の中では、邪魔もの扱いされるのだと思います」(吉田さん、以下同)
ひと口に被災者といってもさまざまな考え、立場があり、おのおの事情が異なる。
「被ばくに対しても故郷に対しても、みな複雑で多様な思いを抱えています。避難した人もしなかった人も、葛藤の末、苦渋の選択を強いられました。ネット上でジャッジするような単純な話ではない。冷笑的な振る舞いは、そうした複雑で多様な現実を見えづらくしてしまう。問題の本質から遠ざかり、ひとりひとりが自由に語ることを妨げる口封じにもなりかねません」
ネットが広く浸透した今こそ、冷笑の弊害について考えるべきではないだろうか。