「まず、僕が言わなくてはいけないことは、プロダクションのスタッフや仕事関係の方々に、申し訳ありませんでした、という言葉。迷惑をかけ、みんなにイヤな思いをさせてしまったから……」
伏目がちに反省を語り出したのは羽賀研二(61)。羽賀といえば、'07年6月に未公開株の元値を隠して高値で売りつけた、詐欺・恐喝未遂の容疑で逮捕された事件を思い出す。'13年に懲役6年の実刑が確定し、沖縄刑務所で服役。
出所後には多くの励ましの電話が
いったん刑務所から出所するも、さらに'17年、所有する16物件の不動産名義を妻に移し財産を隠したと、強制執行妨害の疑いで再逮捕。'20年9月に懲役1年2か月の実刑を言い渡され、再び沖縄刑務所に─。
「未公開株の件では、一審では無罪判決だったんです。言い訳はしたくないですけど、先輩から“おまえ、これ(株式)持っておけ。絶対儲かるから”と言われて。ただ人を信じただけだったんですよ……。当時の嫁さんに不動産の名義を移したことも、弁護士に相談してやったこと。
“大丈夫です”と言われていたのに、結局は再逮捕されてしまいました。僕は人を信じて、その言葉に従っただけなんですけどね。人を騙そうなんて気持ちは、まったくありませんでした。反省していないと言われるかもしれないけど、冤罪だと思っていますよ。でも、最終的に決断して行動したのは自分自身。“うまい話”に乗ってしまった僕がいけなかったんです」
昨年の9月に服役を終えて出所。芸能関係者や友達から励ましの電話など、連絡をたくさんもらえたのだが……。
「一緒に仕事をしたことのある人なら言い訳しなくてもわかってくれると思っていたし、芸能界に戻ろうと思ったら“いいよ、来いよ”と言ってくれると思っていました」
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
「電話はくれる。仲良くもしてくれます。でも、仕事となると違って。世の中も10年、20年前に比べて、コンプライアンス的なことが厳しくなっていますよね。罪を犯したという過去が、こんなにも大きな壁になっていることを改めて痛感しました」
生きるためには働かなくてはならない。芸能界で以前のような活躍はできないと判断した羽賀は、事業を起こした。
YouTubeチャンネルを開始
「沖縄で人材派遣会社を起業しました。従業員は15人くらいで、そんなに大きな会社ではないですけど、事業内容は食品販売スタッフの派遣です。あと、和菓子の製造と販売も併せてやっています」
もともと起業家として自分を試したいという気持ちもあったという羽賀。しかし周りには、芸能活動に否定的な声とともに、復帰を応援する声もあったという。
「若く見えるかもしれないけど、もう僕も61歳。52、53歳に見えるでしょ? でも笑うとシワを隠せないし、何よりタレントとしての旬は過ぎていて、危険を冒してまで僕を起用してくれるところはないだろうと思っていました。でも、“タレントとしての羽賀研二が見たい”と言ってくれる友達がいてくれて……」
芸能活動再開の“きっかけ”は、ひょんなことだった。
「たまたま沖縄のTikToker、おりさちゃんが経営している『ピンクマリンカフェ』に友達と行ったとき、彼女から“TikTokに出てくれませんか? 一緒に踊ってください”と言われて。その動画が150万回以上再生されたんです(笑)」
芸能界引退を考えていた矢先の出来事だったが、声がかからないなら、自分で発信しようと考えを切り替えた。今なら方法はいくらでもある─。そしてYouTube公式チャンネル『はがけんチャンネル』を11月4日に初配信。
「周りからの声に押されて。動画については、僕の友達が無償で撮影と編集をやってくれています。本当にありがたいと思っています」
沖縄の街中を歩いていると、観光客や地元の人に“写真を一緒に”“サインしてください”と今も声をかけられるんです、と笑う羽賀。
「15年もたつと、何があったかなんて忘れている人も多いのかなと。“ずっと見なかったけど、海外に行ってたんですか?”なんて聞かれるんです。だから“長い旅に出ていました、個人的に身動きすることのできない海外でした”なんて笑いに持っていくしかできなくて(笑)。
情報伝達のスピードが以前に比べて飛躍的に上がった現在、芸能人なんて認知されるのも早ければ、忘れ去られるのもあっという間。そんな中で僕のことを覚えていてもらえたのはうれしかったですね」
実は、この活動再開の前に映画出演のオファーをもらっていたという。
「声をかけていただいたときは本当かな、って。僕でいいんですか?と何回も聞き直しました」
「新恋人なんて考えられない」
この映画というのはNHK党の立花孝志党首の半生を描く、YouTube発信の映画。その主演を羽賀が務める。
「撮影はこれからです。立花さんはいろいろな意味で元気な人ですから(笑)、批判的なことを言う人もいると思います。でも、党や自分を認知してもらうためには、多少やりすぎなパフォーマンスでもやるべきと思ったらやる人ですよね。そんなパワーのある方の映画に出させていただけるだけでありがたいです」
起業家として、タレントとして活動を再開した羽賀。今の彼を支えるのは2人の娘の存在だと話すが─。
「出所してから1度だけ会いました。それ以来、もう丸1年、子どもに会っていません。長女が12歳、次女が9歳になりました。元嫁とは直接話すことはできません。弁護士を介して連絡を取らないといけないのです」
不動産名義を当時の妻に移し、それが“財産隠し”のためと報じられ虚偽離婚とされた元妻との今の関係は、会って話すこともできない状態だという。
「僕が彼女に、きっとイヤな思いをさせたんでしょうね。あんな事件に巻き込んでしまって、お義父さん、お義母さんや親戚にも迷惑をかけてしまったし。結婚していたときは、夫婦ゲンカもしたことがなかったくらい仲が良かったんです。ただ、なんだろう……。今、夜ひとりで自分の部屋にいると、いろいろとネガティブに考えてしまったりすることもあります」
そんな寂しさをなくすため“新しい恋”には向かわないのだろうか?
「仲間みんなに言われます(笑)。“彼女つくらないの?”“紹介するよ”って。でも僕の中では今、いちばんに考えるのは2人の娘。僕と元嫁の今の関係を、娘たちは深くは知らないと思うんです。特に下の子は“ダディとマミィは今は離れているだけ”と思っているんじゃないかな。
そんな子が、“羽賀研二に新恋人!”なんてニュースを聞いたらどう思うか。“マミィ、ダディがどうして?”なんて元嫁に聞いている姿を想像するだけで、僕的に新恋人なんて考えられません」
娘たちに恥ずかしい姿をもう見せたくない、と語る羽賀。「僕ごときの恋愛がニュースにならないと思うけど」と苦笑いしながら、仕事に対するスタンス、恋愛、すべてが子どもありきで考えるようになったと明かす。
「娘たちに見せたい姿は、高級車を乗り回して、豪邸に住んで、なんてことじゃないんです。彼女たちが見て、喜んでくれるようなことを届けられる仕事をすること。YouTubeで面白いことやっているな、ちゃんと仕事しているな、と思ってもらい、娘たちに“これが私たちのダディのケンジ・ハガだよ”って胸を張って言ってもらいたい。今はまだ言ってもらえる状況じゃないかもしれないけど、そうなるように進むしかないですね」
娘たちとの“約束”を果たしたい
事業と芸能活動という“二足のわらじ”で再挑戦を表明するが、娘たちに見せる姿なら、堅実に働いているほうがいいのでは?
「確かに、芸能という世界ではなく普通の人として頑張れば、ということもわかります。人材派遣の会社も、もちろん頑張っていきます。でも僕は芸能界でいただいていた仕事に、自分がしたことでドロを塗ってしまいました。そのドロを洗い流さなくてはいけないと思っているんです。このままでは前に進めない、ドロを塗った世界で頑張ることがいちばんわかりやすいかなって」
最初の逮捕から15年という時間が流れ“脛に傷を持つ”身でもある羽賀に、芸能界という生き残りの厳しい世界でどれだけの勝算があるのか。
「世間のみなさんの僕に対する認知度って“ある方との恋愛でお父さんに反対されていた人”というのがいちばんなのかもしれません(笑)。あと、『笑っていいとも!』でわちゃわちゃとふざけていた姿とか。でもね、僕のデビューはミュージカルの舞台なんですよ。
知られていないかもしれませんが、大地真央さんや鳳蘭さんとも共演してますし、声優としてもディズニー映画『アラジン』の声も担当しました。15年間という時間を、自分の間違った行動で棒に振ってしまいましたが、ゼロからのスタートだと思ってやっていくしかないと考えています」
そんな羽賀が今、抱く夢とは─。
「派遣会社はこれから、名古屋と福岡に支部を増やすことが決まっています。こちらも少しずつ大きくしていきたいなと思っています。芸能関係だと、YouTubeで“面白いことやっているじゃん、羽賀研二”なんてことを、テレビ局の人たちに言われるくらいになりたいです。そこで声をかけていただき、地上波に出演という下心もありますが(笑)。
事業でも芸能でも、ジャンルを問わずに活躍していきたい。あと、娘たちとの“約束”を果たしたいな。ディズニーランドに連れていく、と約束しているんです。頑張っている姿を見せて、娘たちから会いに来てくれる日がくることが、今のいちばんの夢ですね」
取材・文/蒔田 稔 撮影/山田智絵