「ドラマとか映画の世界にたくさんのコンプライアンスができてしまったのが、いちばん悔しい。それこそ、ヤクザのお話なのにヤクザがシートベルトをするとか……なんだ、その手間は! みたいな」
11月に出演した番組で女優の戸田恵梨香(34)がこのように発言し、ネット上ではさまざまな賛否の声が巻き起こった。また、お笑い芸人・ナイツの塙宣之(44)は、11月24日に更新した自身のYouTubeチャンネルで、昨今のテレビ業界に対する複雑な胸中を語っている。
「今は笑っちゃうくらいコンプライアンスが厳しくて、どんな番組でも“漫才の台本を出してくれ”と言われるんですよ。クレームに対してテレビ局ががんじがらめになってしまっていて、そうするとテレビでやれるのは比較的コンプライアンスに引っかからないネタが多くなってくる。僕がいちばんおもしろいと思っている部分は、やっぱり舞台とか独演会になってしまうのかなと思います」
がんじがらめのコンプライアンスに複雑な演者たち
コンプライアンスとは、本来は「法令順守」を指す言葉だが、昨今は「社会の良識や道徳的に守らなければいけないルール」といった意味合いで使われることも多い。健全な番組制作のためには必要な配慮ではあるものの、過剰なまでになんでも自主規制してしまう“コンプラ至上主義”の風潮には、出演者たちも戸惑いを隠せないようだ。テレビ解説者の木村隆志さんは次のように語る。
「ほかの業界や企業と同様に、エンタメ業界でもコンプライアンスは非常に重視されています。ちょっとしたことでも視聴者からクレームが入りますし、SNSの普及によって批判がすぐに拡散され、炎上してしまう時代です。
これまで許されていた表現であっても、いつ何が“地雷”になるかわからないため、昔と比べるとテレビ制作の現場は戦々恐々……つい無難な表現を選んでしまうのも仕方ないですが、表現の幅を狭められかねない演者側としては、複雑な思いでしょうね」
では、昨今のテレビ業界のコンプライアンスに対して視聴者はどう捉えているのだろうか。今回、『週刊女性』が独自アンケート調査を行った。
加速するコンプライアンスへの配慮に対し、「これまでのテレビが過激すぎた。時代の流れに合わせて、より安心して見られるテレビになってほしい」(福岡県・52歳・女性)といった【賛成】の声が16.17%。「なんでも規制しすぎてテレビがつまらなくなった。見たくないなら見なければいいだけ」(大阪府・40歳・男性)といった【反対】の意見は22.17%で、わずかに賛成を上回った。
一方で、全体の51%が【どちらでもない】を選択し、「おもしろければなんでもいい。みんな神経質になりすぎ」(東京都・62歳・男性)、「適切なコンプラは必要だけど、最近はやりすぎともいえる自主規制も多い。ちょうどいい塩梅がよくわからない」(愛知県・42歳・女性)といった声が寄せられた。
コンプライアンスの必要性は感じながらも、はたしてどこまでの範囲が適正なのか、現状をどう受け入れるべきか……視聴者の半数以上は判断しあぐねているというのが、正直なところだろう。
「そもそも、コンプライアンスといってもその内容は多岐にわたります。もちろん犯罪行為や差別発言、誹謗中傷などは論外ですが、フィクション作品の飲酒・喫煙シーンやベッドシーンをどう扱えばいいのか、暴力的な表現をどの程度規制すればいいのか……過激なシーンを好む人もいれば苦手な人もいて、受け取り方も人によってさまざま。
ここまではよくて、これはダメといった線引きが難しいことも多い。明確なルールが存在しないなかで、作り手に判断を委ねられているというのが実際のところですね」(前出・木村さん)
やさしい笑いに合わせる狙いも
アンケートで最も賛否が分かれたのが、いわゆる「痛みを伴う笑い」に関するコメントだ。ビンタやキックなどの過激なツッコミ、容姿などのイジりネタ、芸人が身体を張ったドッキリ企画などに対して「暴力やいじめを助長することになりかねない。子どもに悪影響を及ぼさないか心配」(京都府・41歳・女性)、「見ていてただ不快なだけ」(青森県・34歳・男性)といった声が集まった。
一方で「ちゃんとお笑い番組だとわかったうえでなら、過激な表現が多少あってもいい」(東京都・64歳・男性)、「少しくらい過激なほうがおもしろい。今のバラエティーはマイルドすぎてつまらない」(沖縄県・57歳・女性)といった擁護の声も。
「最近はバラエティー番組の作り方もだいぶ変わってきました。罰ゲームなどでも、電流やハリセンを使った身体的に痛いものではなく、苦いお茶を飲まされるとか、ワサビ入りの“ロシアンたこ焼き”みたいなものが増えましたね。
また、芸人さんの毒舌ネタや過激なネタの直後には笑顔のカットを必ず入れて“ちゃんと楽しい雰囲気ですよ”というわかりやすい演出も意図的に行われています。
もちろんコンプラに配慮している側面もありますが、それより“やさしい笑い”を好むようになっている若い世代の視聴者を意識しているという点も大きいです」(前出・木村さん、以下同)
とはいえ、撮影の現場では事故も多発している。最近では、タレントの松本伊代(57)がバラエティー番組『オオカミ少年』(TBS系)の“落とし穴”企画で腰椎を圧迫骨折する事故が起こっているほか、今年3月にはお笑いコンビ・ロッチの中岡創一(45)が、バラエティー番組『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)のロケ中に右足関節外踝を骨折。
ドラマの現場では、今年10月に芸人のゆりやんレトリィバァ(32)がNetflixの『極悪女王』の撮影中に背中と頭を打ち、緊急入院する事態となった。
「こういった事故が続いてしまうと、やはりテレビのコンプラはどうなっているんだという批判が起こり、規制が一層厳しくなる原因にもなってしまいます。一方で、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)のような、時には“やりすぎ”ともいわれるような番組に根強い人気があることも事実。
スタッフがどんなに細心の注意を払っていても、不慮の事故というのは起こりうるものなので、単にコンプライアンスの話だけで片づけてしまうには難しい問題ですね」
コンプラで磨かれたディフェンス力
何かあるとすぐに槍玉に挙がってしまうテレビ業界だが、萎縮してばかりではない。
「少しヤボったいようにも思えますが、最近は“このシーンはこういう理由で入れています”と制作意図を積極的に発信したり、誤解を生まない演出や編集の工夫をするなど、責められにくい“ディフェンス力”も着々と磨かれている。少し前のような過剰な自主規制の状況に比べると、最近は制作サイドも冷静さを取り戻しつつあるようです」
SNSなどでは批判の声ばかりが目立ちがちだが、過剰なコンプライアンスを防ぐためには視聴者の応援の声も重要だと木村さんは指摘する。
「実際に番組やスポンサーに神経質なクレームを入れる人は少数派だということにもテレビ局側は気づいています。そもそも、番組を楽しんでいてこのままでいいと満足している人はあまり声を上げないですし、今回のアンケートのような“どちらでもない”層の声というのはもっと目立たない。
ダメな部分に対する批判はもちろん必要ですが、番組のいいところなど、プラスのエネルギーで建設的な意見を届けることも、テレビが変わるためのいいきっかけになると思います」
視聴者のポジティブな声を伝えることが、適正なコンプライアンスのためには必要なのかもしれない。
【今のコンプライアンスの状況に賛成? 反対?】
賛成 16.17%
反対 22.17%
どちらでもない 51%
その他 10.66%
(全国の30代から60代の男女600人に、2022年12月4日、Freeasyにてアンケートを実施)
(取材・文/吉信 武)