“レンタルなんもしない人”こと、森本祥司さん(39)。“なんもしない”ことを仕事にし始めたのが‘18年のこと。ツイッターで話題になり、各メディアにも取り上げられ依頼が殺到。’19年には漫画化され、‘20年にはテレビドラマにまでなった。以降、あまり噂を聞かなくなっていたが、ドラマが放送された‘20年頃は26.7万人だったツイッターのフォロワー数は、’22年12月現地点で39万人を超えている。
特に直近2か月くらいの間でツイッターのフォロワー数が再び急増しており、増えた理由を本人に伺ってみるとーー。
イーロン・マスクがツイッターのCEOに就任して
「明確な理由は分かりません。心当たりがあるとすれば、8月に長野県の松本市にある純喫茶へ同行する依頼があったのですが、その際の動画投稿がバズったことはきっかけかもしれません」
アイスクリームの上に店員がミルクとコーヒーをかけてくれるという喫茶店の動画。依頼者はどうしても飲みたかったが、片道3時間かけて松本まで行くのに友達は誘いづらく、一人で行くのもつまらないと思い同行してもらったそう。投稿には「いいね」が15万ほどつき、テレビでも紹介された。
「憶測ですが、最近フォロワーが増えているのはイーロン・マスクがツイッターのCEOに就任したのを機に、アルゴリズムが変わったのかも。今まで自分のツイートは荒っぽい発言もあるからか、あまり表示されない“シャドーバン”状態だと感じていたのですが、今は広く拡散しているような気がします」(森本さん、以下同)
ここ最近の投稿は数万件の「いいね」がつくのも珍しくなく、着実にフォロワー以外の層にも拡散している。
「依頼はずっと増え続けています。緊急事態宣言の期間中などは外出をして対面するようなことは控えていましたが、変わらず依頼はあり、今も活動しています」
現在は依頼料1万円で、交通費などかかった諸経費を依頼者が負担することになっている。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンで利用できるというもの。
4年半で4000件以上の依頼
そもそも、森本さんがこのサービスを始めたのはなぜか。開始時は交通費などの諸経費だけで、依頼料をもらうこともなかった。
「なんとなく始めた、というのが本音です。ただ参考にした人はいて、ツイッターで僕より前より活動しているプロ奢ラレヤーという人です。当時は住所不定、無職、他人に奢られることで生計を立てていて」
プロ奢ラレヤーが見ず知らずの人に奢られることを”生業”とするのを見て自分に置き換えた。
「もともと働いていた出版社では編集者をやっていたのですが、あまり馴染めず、辞めてフリーランスでライターを始めました。でも、それもしっくりこなくて。無理をせず何か面白い生き方ができないかと模索しているときに、プロ奢ラレヤーの存在に気づき”レンタルなんもしない人“を思いついたんです」
“レンタルなんもしない人”ならば、自分の欠点も生かせると思ったという。
「学生のころから『お前、何もしないな』と言われたり、会社の上司から『いてもいなくても変わらない』なんてよく言われていて。僕は“なんもしないこと”がコンプレックスだったんです。けど、プロ奢ラレヤーさんを見て、逆にそれを売りにできないかと考えました」
森本さんはこのサービスを始める前から結婚しており、息子も一人いる。だが、妻はこの活動をツイッターで見て初めて知ったという。
「今までも僕が変なことをするのを繰り返し見ていたし、妻はそんな自分の気質をわかっているので、“レンタルなんもしない人”のことを知ったときも特に何も言われなかったですね」
森本さんへの依頼は多いときに月100件くらいくる。この4年半で少なくとも4000件ほど受けたのではないかと振り返る。
「依頼内容は、お店やイベントに行きたいけど、1人では行けないから、というものが多いです。身近な人に話せないから話を聞いてほしい、もよく依頼されます」
すべての依頼者と会っているわけではなく、DMでやり取りするだけのものや、「『ダメ』と返信してください」といっただけのものなど、これで1万円を払うのかと思える案件も。
「お金に余裕のある人が依頼していると思われがちですが、そうではありません。深くは聞ききませんが、依頼理由にはそれぞれの事情があり、何に対して価値を感じるかは人それぞれだと思います」
1万円以上払われることもしばしば。依頼者が支払いたいというなら森本さんは断らなない。「○○カッコいい」と言ってください、という依頼で6万2000円支払われたこともある。今年に入ってからは水際対策が緩和されたこともあり、初めて海外へも足を運んだ。
「一緒にご飯を食べてほしいという依頼でした。女性の依頼者はひとり旅で韓国に4、5日滞在していました。どこへ行くにも基本的には気楽なひとり行動が好きなようなのですが、食事も全部ひとりというのはつまらないからと。晩御飯を1度だけ一緒に食べました」
かかった諸経費はもちろん依頼者が全額負担。他にも海外からの依頼も来るそうだが、コロナがやや落ち着いてきたからこそだろう。始めたころと比べ、さらに様々な依頼が来るようになったようだが、ときには人生において重要な場面に立ち会うケースも。10月末ごろにあった依頼ではーー。
「出生届の提出に同行してほしいという依頼がありました。諸事情で父親側には頼めず自分だけで行かないといけないけど、出産直後で身体はボロボロ。歩くのもつらく、1人だと不安だから付き添って欲しいと。骨盤ベルト装着で現れ『会陰(えいん)が痛い』『股の骨割れそう』と呻きつつ無事提出し、『これでうちの子、存在してますよね』と安心されていました」
楽しいからやっている、意義は感じていない
ツイッターでは“届出は郵送でもできるのでは”、という声もあったそうだが、記載に不備があった場合を考えると直接提出すればその場で対応できる。家族や友人など普段から関係のある人には、気を遣って頼みづらい部分もあったのだろう。この他、11月には「一緒に歩いてほしい」という依頼も。
「東京駅周辺を適当に、とくに会話もなく一緒に歩きました。解散後に知ったのですが、依頼者は末期ガンで、全てを忘れて投げ出すかのように、ただただまた歩きたかったんだそう。久しぶりに自分の足でたくさん歩けて嬉しかった、散歩の楽しさを思い出せたとのことで何よりでした」
森本さんは依頼内容をツイッターに上げているが、必ず依頼者の許可を得ている。だが最近はフォロワーの増加もあり、ツイッター上では投稿に対して賛否の声も大きくなっている。
「このサービスが人のためになっているのか分かりませんが、助かった、救われたと言っている人はいて、それはよかったとは思います。ただ、僕としては楽しいからやっているので、そこに意義を感じている訳ではありません」
4年経った今もこの活動の楽しさは変わらないという。この仕事が天職かと尋ねると「そうですね」と答えた森本さん。この先もまだ続けていくのだろうか。
「将来のことを考えると、どうしても不安要素は出てくるので、続けるかどうかも含めて、今後のことは考えないようにしています。とりあえず、来た依頼を淡々とこなしていくだけです。夢や目標などビジョンを描いてしまうと、すごくつまらなそうなので。今までの流れも、自分でもびっくりするような想定外のことが起きて現在に至る。それが楽しくてしょうがないんです」