「この動画には傷口、患部の映像が入っています。苦手な方はご視聴をお控えください」
そんな注意書きから始まるYouTube動画。思わず身構えてしまうが、次に画面に現れるのは、色白のナチュラルメイクが素敵なメガネ美人。柔和な笑顔と朗らかな口調は親しみやすく、いかにもやさしいお姉さんといった風情で、「癒される」というコメントも多い。
……が、スラリとのびた彼女の手足に目をやると、印象は一変する。その皮膚は、出血していたり、ただれていたり、水ぶくれが潰れて赤黒いかさぶたになっていたりと傷だらけ。ガーゼなどで手当てはしてあるものの、肌自体が薄紫に変色してしまっている部分もある。確かに、思わず目を背けたくなるような症状のオンパレードだ。
この女性は動画の投稿主のこむぎさん(27)。10万人に1人の割合で発症するという難病「表皮水疱症」を生まれつき患っている。
彼女は、自身のYouTubeチャンネル「こむぎのキロク」で、この病気について自らの傷をさらしながら、積極的に発信。話題を呼んでいる。
動画の内容はさまざまだが、たいていはTシャツ短パン姿。現在の皮膚の状態や手当の様子、またこの病気ならではの悩みやその対処法、彼女自身がこれまでに体験してきた病気にまつわるエピソードなどを紹介。しかし、その強烈な内容に反して、彼女の表情はいつも穏やかで、とても明るい。
「この病気のことを多くの人に知ってもらいたいというのが、YouTubeを始めたいちばんの理由です。でも、あんまり深刻ぶってたら、見るほうも嫌になっちゃいますよね。だから、こんな感じなんだよ〜って明るく話したほうが、話を聞いてもらいやすいんじゃないかなと思っているんです」
そう言ってこむぎさんはいつものはにかんだような笑顔を見せてくれた。
表皮水疱症は治りません。一生付き合っていくんです
では、彼女が患っている「表皮水疱症」とは一体どんな病気なのか?
「たとえば、鞄を腕にかけたときの擦れ、椅子に座ったときの摩擦、そんな少しの刺激で皮膚が剥がれてただれたり、水ぶくれができたりします。先天性の皮膚の病気で、人にうつりませんが、治りもしません。見た目はこんなになるし、本当に何気ない動作で深い傷になってしまうので大変です(笑)」
こむぎさんの穏やかな笑顔を見ていると忘れそうになるが、当然痛みは酷い。
「常にやけどのようなヒリヒリとした激痛やかゆみがつきまとってきます。私はこの病気とは長い付き合いなので、痛みには耐性がつきましたけど、かゆいと無意識に掻いて悪化させちゃうことも。背中に症状が強く出ているときは、痛くて横になれないのでまったく眠れません。これはほんとに困りますね〜(笑)」
個人差が大きい病気で、人によって症状の程度や症状が出やすい場所も異なるのだそう。こむぎさんの場合は中等症で、主に、腕、背中、脚に強く症状が出ている。
「健康な人の朝は、ヘアセットやメイクから始まるんでしょうが、私の場合、なにはなくてもまず傷の手当てです(笑)。一晩で、傷口にあてていたガーゼに体液や血がにじんでグジュグジュになるので、それを剥がして新しいものに取りかえるんです。朝起きたら、シーツが血だらけ、なんてのも日常茶飯事です(笑)」
さらに、彼女には、手足の爪がない。いつの間にか、生えてこなくなってしまったのだ。
「手足の皮膚が剥がれるときに爪も一緒に取れてしまうんです。それを繰り返しているうちに生えてこなくなりました。これがけっこう不便で! 缶のプルトップは開けられないわ、小銭はつまめないわで。でもいちばん辛いのは、ネイルができないことなんですけどね(笑)」
また、皮膚の傷が原因で、2ヶ月に1度の頻度で高熱に苦しめられるという。
「常に生傷だらけなので、そこから菌が入っちゃうんですよね。すると、リンパが腫れたり熱が出たりして、1週間くらい寝込むことになります」
食事も性行為も傷だらけ覚悟
皮膚の病気というと誤解されやすいが、実は傷つきやすいのは皮膚だけではなく粘膜も同様。なにかを食べると口や食道が擦れるため、食事は常に大ケガ覚悟で臨まなければいけないという。
「でも、痛みさえ我慢すればけっこうなんでも食べられますよ。だって、なにかを口の中に入れて噛めば、どうしたって口の中は傷つくので、気にしていたらキリがない。調子がいいときは傷ができるのはあまり気にせずにおせんべいだって、じゃがりこだって、もりもり食べちゃいます(笑)。ただ、やりすぎて口が半分くらいしか開かなくなりました。傷ができて治って、を繰り返しているうちに、口の中の粘膜が縮んじゃったみたいです」
そう言って照れたように笑うが、口を大きく開けて笑えられないのは症状のせいなのだ。
「食道も基本ただれています。特に、お肉やイカ、タコなど噛み切るのが難しいからって無理に飲み込むと、食道の中で擦れて水ぶくれができる原因に。だから、そうならないようにハサミで細かく切って食べています。これもあまりひどくなるとなにも飲み込めなくなって……。自分の唾液を飲み込むのにも激痛が走るんです。そうなると入院するしかない。だから、だいたい年に1回くらい食道の傷が原因で入院している感じですね」
現在、彼女のもとには、SNSを通して、さまざまな質問が届く。同じようにつらい皮膚病に悩んでいる人からのものあれば、単なる好奇心というものも少なくない。
なかでも多いのが、去年入籍した「旦那」や恋愛にまつわる話だという。
「性行為はできるの? という質問は多いですね(笑)。そりゃそう思いますよね、わかります。で、これはあくまで私の場合ですけど、できます。もちろん、慎重にしていただく必要はあるんですけど。そもそも、性行為自体、皮膚が密着して擦れることが多いので、そのリスクが最小限で済む正常位のみ。それでも全身傷だらけになります。ちなみに、最中にデリケートゾーンが痛むことはありません。ただ、翌日から切れ痔のような痛みが出ますけど(笑)」
しかし、本当に怖いのは傷ができることではないという。
「身体の傷よりも、相手の反応のほうが心配でした。いまの旦那は優しいし理解もありますけど、過去の恋愛では行為に及ぶまでに、相手に何度も何度も確認しました。『こういう体だけど、いいの?』って。運がいいことにいいよ、って言ってくれる人ばかりでしたけど、それでもいざ見せるとびっくりされましたね。でも、私はこの病気のせいで恋愛に消極的になったことはないんですよ。だってもったいないじゃないですか、そんなの。そこは強く主張したいですね(笑)」
「ゾンビ」と呼ばれ、心まで傷つけられた日々
こむぎさんが、ここまで赤裸々に質問に答えてくれるのは、やはり、「この病気を知ってほしい」という思いが強いためだろう。
そんな彼女は、この病気ゆえに、子どものときから、しょっちゅう見た目をからかわれたり、差別を受けたりしてきた。
「いちばん酷かったのは、小学生のころ。毎日、同級生の男子から『きもい』『くさい』『ゾンビ』と言われつづけました。子どもは残酷です(笑)。さらに『勝手に人の家の冷蔵庫を開ける』といった噂も流されて。中学生になると頻度は減りましたが、あだ名は『バイオハザード』。でも、だんだん慣れてきて気にしなくなりました」
さらに、教師からの理解も得られなかった。
「小学校2年生くらいのころに、体育の授業で鉄棒があったんです。そんなことしたら手の皮は剥けるし、大怪我になるのでできない、と先生に伝えたんですが聞き入れてもらえず、強制的に参加させられました。この病気のことをよく知らなかったんでしょうね。案の定、両手の皮がベローンって剥けちゃって。いまなら大問題でしょうけど、当時は先生が不機嫌そうにしていただけでした。でも、ここまでやってみせないと理解してもらえないのか、と悲しくなりました」
中学生になってからも理解されなかった。
「中学校での跳び箱も嫌な思い出です。無理なんです、と言っても、やっぱりわかってもらえなかった。やりたくないから言ってるんだろ、みたいな反応で。あと、持久走もきつかった〜。走ること自体はできたんですけど、長く走ると呼吸が激しくなるので食道にできている水ぶくれが擦れて、ものすごく痛むんです。でも、食道が荒れているから走れません、なんて言っても、まわりは『は?』ですよね。高校になってからは、割と理解があって無理は言われなくなりました。というのも、手足に今のような症状が出始めてきたので、それを見て、察してくれたんだと思うんですけど」
そして、大人になってからは、陰湿な嫌がらせにもあった。
「手足の傷を隠すために着るものを工夫していたことがきっかけでファッションに興味を持って、短大卒業後は、ずっとアパレル系で働いていました。でも、やっぱり職場でもなかなか理解を得るのは難しかったんですよね。一緒に働くとなると、どうしても迷惑をかけることになるので、上司や同僚には自分の病気のことはちゃんと知っておいてもらいたいと言葉を尽くしたんですが……。いくら説明しても、いまひとつわかってもらえなかった。それどころか、いじめみたいなことまで」
ある日の営業中の出来事だ。
「お店に小さなお子さん連れのお客さんが来て、その子が、赤いクレヨンで商品に落書きをしてしまったんです。すると、上司が『これ、こむぎさんの血じゃない?』って。そんなの、クレヨンと血の区別なんて簡単につくはずなんですけど、どうしても私を貶めたかったのかな……。こんなことが続いて、そのお店は1年半で辞めてしまいました」
どうやら、こういった経験が、現在のこむぎさんの活動の原動力となっているようだ。
「結局、知らないからだと思うんです。この病気の人たちが、どんな生活を送っているのか、どんなことを考えているのか。だから、それを知ってもらうところからなのかなって思っています」
私が、この病気を持っている意味
すでに全身傷だらけなのに、心まで傷つけられたら……。
そう思うとつらすぎると思うが、彼女は、「あ、『かわいそう』はやめてくださいね(笑)。そりゃあ大変だけど、私はかわいそうじゃないですよ」と、笑みを浮かべつつ毅然と言い切った。それが彼女なりの流儀のようだ。
そういえば、動画の中でも、「痛い」「つらい」といった泣き言めいた発言もほとんどない。
「言っても意味がないし、かわいそうと思われたくないから、口にしないことにしています。ただでさえそう思われがちな体なので、せめて明るくありたいな、と」
つくづく、強い女性なのだ。しかし、なぜ、そんなに強くいられるのか──?
「いやいや〜! 私だって、健康な人が羨ましくて、病気がものすごく恨めしかった時期もありますよ。さんざん傷つけられて、落ち込んだこともありますしね。だからこそ、『負けたくない』『強くなりたい』って、すごく気を張っていたときも。そう思いすぎたせいで、躁鬱病と診断されたこともあるくらいです。だからいまは、ある意味諦めています。っていうのも、気を張っていたころは病気に勝とうとしてたんですよね。でも、治らないんです、この病気。だから病気と戦わずにうまく付き合って行くことにしました。それで『どうしようもない、諦めよう』って(笑)」
と、どこか悟ったような表情で話す。
「一生、つきあっていくしかない。だから今は、いい意味で『病気と向き合いすぎない』ことが大切だなって思っています。たとえば、環境を変える。自分がつらくない状況に身を置く。あと、痛みや不安に気持ちを持っていかれすぎないようにする。病気があっても自分にできること、やりたいことに目を向ければ、この人生も悪くないかなと思えるはずです」
「表皮水疱症」という病気があること、その患者のリアルな実態を、1人でも多くの人に知ってほしい。これによって、自分と同じ病気を患っている人たちが少しでも楽に、自分がずっと感じていたような生きづらさから解放されるのであれば──。そう思って始めたYouTubeだった。
現在、こむぎさんのチャンネル登録数は10万人超。その数と同時に、動画発信の意義も目的も、増えてきたと感じているという。
「いろんなコメントをもらうようになって、この病気だけじゃなく、ほかにも人から理解されないような難病と戦っていたり、病気じゃなくても、なにかを抱えて生きている人はすごく多いんだなと実感しました。そんないろんなことを抱えた人たちに向けて、私みたいな人もいるんだよ、これでも楽しく生きられているよっていうのを伝えたいと思っています。それで誰かが少しでも前向きになってくれたら……。私がこの病気を持っていることも、少しは意味があるのかなと思います(笑)」