2時間ドラマの金字塔『西村京太郎トラベルミステリー』(テレビ朝日系)が12月29日、41年の歴史に幕を下ろす。十津川省三警部と亀井定夫刑事がタッグを組み、日本各地の列車を舞台に難事件に挑む姿は、残念ながら2022年で見納めになる。
時刻表をめくって犯人の足取りを推理、捜査本部に設置されたボードの相関図で容疑者について説明、犯人逮捕の瞬間にはなぜか捜査班が全員集合……。そんな2時間ドラマでは「お約束」と言えるシーンを、誰もが1度は目にしたことがあるのではないだろうか。
最終回を前にレジェンド作品の軌跡を振り返り、その魅力をあらためて掘り下げてみたい。
実は「F1層」の若い女性がターゲットだった!
見知らぬ街に降り立ち、旅先で想定外の事態に見舞われ、相棒と共に難事件を解決していく……。いまやおなじみとなったストーリー構成だが、こうした2時間ドラマのひな型は『西村京太郎トラベルミステリー』(以下、『トラベルミステリー』)によって作られたものだという。
『2時間ドラマ40年の軌跡 増補版』(東京ニュース通信社)の著書を持つ、阪南大学の大野茂教授が解説する。
「『トラベルミステリー』が始まったのは1981年11月17日。大阪朝日放送で制作された同名タイトルのドラマを経て、土曜ワイド劇場で放送された『終着駅<ターミナル>殺人事件 上野-青森 ミステリー特急ゆうづる』が初回です。
土曜ワイド劇場は“お茶の間にいながら非日常を視聴者に楽しんでもらう”というコンセプト。それを体現したドラマが『トラベルミステリー』でした。
当時は日本の鉄道網が発達して新幹線が次々に開通、地方の在来線と結びついていった時期。かつては行けなかった地域にも足を運びやすくなり、多くの人が旅を楽しむようになりました。『アンノン族』と呼ばれる若い女性の一人旅がブームになったのも同じころです。そんな旅先で思いがけない事件が起きる……。それが新鮮だったのでしょうね。
加えて、70年代後半には横溝正史の小説『犬神家の一族』が映画化、大ヒットするなど日本中がミステリー・ブームに沸いていた時期。『トラベルミステリー』は、そうしたタイミングが絶妙に重なって始まった作品なんです」(大野教授、以下同)
コンプライアンスが叫ばれる現代とは違い、テレビの規制もゆるかった時代。2時間ドラマには温泉でのヌードなど、「お色気シーン」がよく盛り込まれていた。
以前の土曜ワイド劇場ドラマはお色気満載だった
「土曜ワイド劇場のドラマには『混浴露天風呂連続殺人』のような、お色気満載の娯楽性に極端に寄せた作品もいっぱいありました。
そんな中で『トラベルミステリー』は、言わば正統派ドラマ。鉄道を使ったトリックやアリバイ崩しなどに力を入れた本格ミステリーに徹しています。たとえ犯人がアリバイを主張しても、十津川警部と亀井刑事が時刻表を見て推理し、自ら列車に乗車して確かめ、トリックを見破る――。西村京太郎さんの原作の特色を忠実に再現していました。
そのせいか、ごく初期の数話を除いて『トラベルミステリー』にはお色気シーンがほとんどないんです。今でいうF1層、20~34歳の女性視聴者をメイン・ターゲットにして始まったというのもうなずけます。これが40年にわたって続く長寿番組となった、大きな理由と言えるのではないでしょうか」
『トラベルミステリー』を通して「旅情をかき立てられた」と話すのは、コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんだ。
「亀井刑事が訪ね歩く、全国の景勝地の映像がとにかく美しかった。子ども心に“この列車に乗って旅してみたいな”と思って観ていましたよ。阿蘇へ向かう急行『火の山』とか、今はなき寝台特急『ブルートレイン』とか……。
なかでも、フィルムで撮影していたという90年代初頭までの映像美は格別ですね。ミステリーファンだけでなく、鉄道ファンの心もつかんでいたのだと思います」(木村さん)
事件に謎解き、鉄道、旅と、盛りだくさんな見どころによって、『トラベルミステリー』はこれほど長くお茶の間に親しまれてきたのだ。
シリアスな高田純次を見られるのはココだけ!
シリーズが長期化するにつれ、俳優も年を重ねる。そのためメインキャストの顔ぶれも変遷した。
大きく変わったのは2回。主人公・十津川警部は1981年放送の第1回から33回までを故・三橋達也さんが演じ、2000年から高橋英樹に引き継がれた。亀井刑事役も同様に、2012年に故・愛川欽也さんから高田純次に交代している。
前出の大野教授はこう話す。
「シリーズ初期には、十津川警部を演じる三橋さんの年齢を考慮して、部下の亀井刑事が動き回ることが多かった。犯人の足取りを推理した亀井刑事は全国津々浦々、旅先の公衆電話から十津川警部に報告するんです。まだ携帯電話もインターネットもなかった時代ですから。
そういえば2代目の十津川警部を演じる高橋英樹さんは最近、“十津川警部もスマホに替えた”とお話しされていましたね(笑)」(大野教授、以下同)
主人公が高橋英樹に交代してからは、浅野ゆう子演じる十津川警部の妻が登場したり、亀井刑事と心の交流を図ったりと、人情噺的なストーリーも増えた。
「本格ミステリーであることを重視するスタンスは変わりませんが、バラエティー番組などで見せる、高橋さん自身の持つ明るさがドラマに影響したのだと思います。
特筆すべきは高田純次さん。シリアスな高田さんを見られるのは『トラベルミステリー』だけ! あの高田さんが笑顔ひとつ見せず、終始真剣な面持ちで亀井刑事を演じているんです。俳優・高田純次の妙味を堪能できます」
シリーズを通じて最も出演回数が多かったのは、意外にも主人公ではない。
「男性では、5回から68回まで出演した森本レオさんが最多。十津川班の西本刑事を演じていました。
北条刑事役の山村紅葉さんも息の長いレギュラー俳優陣のひとり。最近はボケ役というか、コミカルな役回りの多い山村さんが、当初は精悍で優秀な女性刑事だったことにも時代の変遷を感じます」
最終回はぜひSNSで「ドラマ実況」を
わずか数分の乗り換えを駆使して作られたトリックを、時刻表を読み込んで見破り、アリバイを崩す。そんな『トラベルミステリー』の手法は、スマートフォンが普及した現代には、通用しなくなってきた。
「乗り換えなんて、いまやスマホで調べれば一発でわかってしまいます。おまけに地方では鉄道の廃線が相次いでいる。最終回を迎える理由は、視聴率や2時間ドラマ自体の衰退もさることながら、原作のトリックが現代では使えなくなってきたことも大きいのではないかと思います」
と、大野教授。一方、前出の木村さんは、「『トラベルミステリー』だけに限らず、放送時間の長いドラマの存続が困難になっています」と指摘する。
「“ファスト視聴”という言葉があるように、放送時間の長いドラマが視聴者から敬遠されるようになってきました。『トラベルミステリー』だけでなく、2時間枠で放送されるスペシャルドラマも視聴率がふるわない。そのため最近では2時間枠のドラマ自体、数が減っています」(木村さん)
それでも『トラベルミステリー』には、「時代の変化」で済ませてはもったいない魅力が詰まっている。
「今では廃止になった列車や路線、公衆電話、昭和の地方の街並み等々、『トラベルミステリー』には資料的価値の高い映像が数多く記録されています。そこに注目して、これまでの作品を見返してみるとおもしろいのでは?」(大野さん)
「SNSには『ドラマ実況』と言う文化がありますよね。リアルタイムで視聴してツッコミを入れたり、感想を言い合ったり……。実は『トラベルミステリー』は、そういうSNS的な楽しみ方が向いているドラマだと思います。
テレビ局側も視聴者の声は意識しているので、最終回がSNSで話題になったら、数年後にBSや動画配信サービスでスペシャルドラマとして復活――、なんて展開になるかもしれませんよ」(木村さん)
最終作となる『西村京太郎トラベルミステリー・ファイナル 十津川警部のレクイエム』は12月29日(木)夜9時スタート。十津川&亀井コンビの最後の活躍をお見逃しなく!