髪の毛がごっそりと抜け落ちる、激しい嘔吐と吐き気、手足のしびれ、起き上がれないほどの倦怠感、食欲不振……抗がん剤による副作用の症状はさまざまあるが、いずれも日常が壊れるほど壮絶なものが多い。
それでもなお、多くのがん患者が抗がん剤治療を受けるのはなぜか。それは「治るかもしれない」という一縷(いちる)の希望からだろう。
自らを実験台に「最後まで普通の生き方」を模索
がんの主な治療法は、手術、放射線治療、抗がん剤治療の3つ。がんにはステージ1~4があり、1~3は手術で取り除いたり、放射線をあてたり、抗がん剤と放射線を併用して治療する。
けれども、がんが最初に発生した部位を越えてほかの臓器に転移するステージ4、つまりがんの最終段階では、今の医療では抗がん剤治療しか選択肢がない。
緩和ケア医として2500人以上ものがん患者を看取ってきた山崎章郎先生は、「抗がん剤はがんを治す薬ではありません」と話す。
「国立がん研究センターのホームページにも、抗がん剤治療の目的は治癒とは書かれていません。その目的は、命を少しでも延ばすことなんです」(山崎先生、以下同)
どのくらい延命できるのかというと、やらなかった場合に比べて数か月から数年と個人差がある。ただし、すべての人が延命できるわけではなく、半数以上の人は、強い副作用に耐えても、治るどころか延命もできないというのが現実なのだ。
「抗がん剤はがん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃します。そのため、中には抗がん剤治療により命を縮めてしまうこともあるんです」
がんは日本人の死因の第1位であり、3人に1人が罹患し、2人に1人ががんで亡くなるといわれている。いつわが身に起きてもおかしくないステージ4という状況……。そのとき、私たちは何を選択したらいいのだろう。
日常生活が破綻するほどの副作用
30年以上にもわたって終末期のがん患者に寄り添ってきた山崎先生だが、2018年9月に、自身にもがんがあることが明らかになる。
「大腸がんでした。手術をし、術後の病理検査でステージ3の進行がんであることが判明したんです」
担当医からは「5年生存率は70%」と説明を受けた。そして再発予防目的のために、術後に抗がん剤治療を受ければ、生存率は80%になるとも言われたという。
「抗がん剤の功罪は知っていたので、その提案には一瞬、ためらいました。でも、多くの患者さんが体験している副作用を自らも体験すべきだと思い、試してみることにしたんです」
まず始まったのが食欲低下と慢性的な吐き気。そして下痢。
「いちばん悩まされたのが手足症候群でした。手足の皮膚が黒ずみ、ひび割れてくるんです。丹念にクリームを塗っても焼け石に水。ひび割れからは出血も始まり、絆創膏を貼ってなんとか仕事を続けたほどです」
さらには指先にしびれも出始め、まさに教科書どおりの副作用の連続だった。それでもなんとか治療をやり抜き、半年後、予定されていたCT検査を受けた。
自分らしく生きることを選択
「そこで主治医から言われた言葉は、“両側の肺に多発転移があります”。ステージ4、つまりがんの最終段階に進行していたのです」
強い副作用に耐えたにもかかわらず、がんは進行していたのだ。
担当医からは、さらなる抗がん剤治療を提案されたが、当然、前向きな気持ちにはなれない。ステージ4の固形がん(大腸がんや肺がんなどに塊を作るがん)になってしまったら、治癒は難しい。
抗がん剤治療を受けて身体が壊れるほどの副作用に耐えたとしても、延命でしかない。
「医師の側からすれば、ステージ4となったら抗がん剤治療をしても治らないことはわかっています。けれども今の医療では選択肢はそれしかない」
治らないとわかっていても、「治癒を目指して頑張りましょう」としか言えないのだ。
「限られた命。痛みと苦痛に耐えて終えるより、自分らしく悔いなく生きたいと思いました。抗がん剤治療なしで病状が進行していった場合に起こりうる心身の苦痛は、適切な緩和ケアがあれば対処可能なことはわかっています。
考えあぐねた結果、がんの自然経過に委ねることにしたんです」
病院との関係が切れがん難民へ
とはいえ、「抗がん剤を選択しない」=「生きることの放棄」ではない。
「ステージ4の標準治療である抗がん剤治療をしたくない患者さんは、治療を受けないのであれば、通院そのものを病院から断られてしまうことも、まれではありません。それゆえ代替療法や民間療法を探し求める人も少なくないんです」
藁にもすがる思いで怪しげな代替療法や民間療法、高額な免疫療法などを自費で受ける人々もいる。
「このような人は“がん難民”とも称されます。私もがん当事者となった今、取り組むべきことはこれらの人々を支援することではないか……そう思いを巡らし、たどりついたのが“がん共存療法”だったのです」
「がんが存在していてもすぐに命に関わることはありません。増殖が抑制できれば、がんとともに生きていくことは可能です」
副作用がなく延命ができ、費用も極力かからないものはないか……。代替療法やさまざまな文献を調べ、出合ったのが“糖質制限ケトン食”。
「がんは成長するためにブドウ糖=糖質を必要とします。糖質を抑える食事をすれば、がん細胞の増殖の勢いを抑えることが可能と考えました」
ご飯、パン、麺、甘味といった糖質を極端に控え、脂肪とタンパク質はたっぷりとる。
「糖質をとらないと元気が出ないのでは」と思いがちだが、糖質を制限すると身体は新たなエネルギー源としてケトン体を作り出す。ケトン体はがん細胞の栄養源にならないので、がん細胞を弱らせ、正常細胞は元気にするという効果が期待できるのだ。
「食事で気をつけたのがEPAを積極的にとるということ。イワシやサバなどに多く含まれる栄養素ですが、がん抑制効果が高いといわれています。ビタミンDも同様なのでこちらはサプリでとるようにしました」
そして夕食時には、ケトン体の生成をサポートするMCTオイルも摂取。無味無臭の油なので紅茶に入れて飲む。血糖値を上昇させない人工甘味料の「パルスイート」を少し加えれば甘さも楽しめ、リラックスできる。
こうして厳密な食生活に取り組み、3か月後、再び造影CT検査を受けた。
抗がん剤に劣らぬ成果を出す
検査の結果は、小さながんは複数残っていたがそのほかは大方消失していた。
「うれしかったですね。でもまだ3か月。引き続き継続していこうと気を引き締めたのを覚えています」
そしてまた4か月後CT検査を行うが、残念なことに一部のがんがやや大きくなっていた。
「次なる一手として取り入れたのはクエン酸でした。食品添加物のクエン酸を1日10gほど、500mlの水に溶かして飲むんですが、飛び上がるほど酸っぱい。でも抗がん効果に加えて、免疫力を上げる効果が期待できるため行動あるのみです」
3か月後の再検査では、がんは指でつまめばつぶせそうなほど縮小。“がん共存療法”がまた一歩前進した瞬間だった。
けれどもその後の検査では、がんは縮小もしなければ増大もしない状態が続く。とはいえその間、仕事もできて通常の生活が送れていたので“がん共存療法”は抗がん剤に劣らない効果があるといっていいのではないかと、山崎先生は話す。
さらに山崎先生は新たな武器を加えるため、丸山ワクチンや抗がん効果が期待できるという評価もある糖尿病治療薬のメトホルミン、少量だけを投与する少量抗がん剤療法にも挑戦する。このあたりの詳細については先生の著書(※)を読んでほしい。※『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』
ここで注意してほしいのが、がんなら何でも先生の“がん共存療法”がおすすめというわけではないこと。
「血液のがんや生殖器のがんは抗がん剤で治る可能性は高いです。またステージ3までなら、治る可能性があるので標準治療を試すのがいいでしょう。
私のような大腸がん、肺がん、すい臓がん、胃がんなど塊を作るがんでステージ4となったら、抗がん剤の目的は延命です。しかも半数以上の人には効果がない。それをふまえて、どう生きるかを考えてほしいです。
私のやり方は理論的には間違っていませんが、万人が同じ結果になるとは限らないので、取り入れる場合は自己責任で、となります」
“がん共存療法”を個人的な体験に基づいた、いち代替療法で終わらせないため、日本財団の助成を受け、東京都小金井市の聖ヨハネ会桜町病院で臨床試験が始まった(詳細は同病院ホームページ参照)。
「いずれは私も最期を迎えます。でもそれまでは、私の“がん共存療法”が“がん難民”といわれる人々の力になる日が来ることを目指して、歩み続けようと思っています」
山崎先生のある日の食事メニュー
1日にとる糖質は約40gまでに制限。コンビニには低糖質食品が多く、先生はよく利用しているそう。口寂しいときは、低糖質高タンパクのナッツ類をつまむ。
朝
・温泉卵3個(ファミリーマート)
・マヨネーズをたっぷりかけたイワシの水煮1缶
イワシの水煮缶にはEPAがたっぷりと含まれているので目標の4gに近づける。マヨネーズは低糖質なのでたっぷりかけてOK。
昼
・ブランパン2個入り(ローソン)
・卵サラダ(以下すべてセブン-イレブン)
・ナナチキ(揚げ鶏)
・カマンベールチーズ6P
・大豆プロテインバー
・セブンプレミアム ゼロサイダートリプル乳酸菌
パンを半分に割り卵サラダを入れ、ひとつにはナナチキを、もうひとつにはチーズ2個をはさんでサンドイッチにして。ナナチキの衣は糖質が高いので取りはずす。食後はバナナ味のプロテインバーをスイーツがわりに。これで糖質はトータル15gほど。
夜
・ぽろぽろ豆腐チャーハン
・MCTオイル入り紅茶
・クエン酸水
白米ではなく豆腐一丁を崩しながらフライパンで炒めるチャーハンは、奥様の手料理。糖質制限ケトン食はレシピ本も多く出ているので、それらを参考に調理してもらうそう。
(取材・文/樫野早苗)