「マスクをしていたら、自分の口が臭うのに気づいた……」
あなたも思い当たる節はないだろうか。実はコロナ禍以降、そう言って歯科へ来院する人が増えているという。実情を教えてくれたのは、日本歯科総合研究所代表で歯科医の森下真紀先生だ。
コロナ禍で口臭を自覚し出す人が増加
「自分の口臭には、なかなか気づきにくい。マスクで口元が覆われたことで、初めて自覚したという人も多いです。しかし、『口臭がする』というのは、れっきとした口内環境悪化のサイン。そのままにしておくのは大きな問題です」
ときには臭いで相手を不快にさせる「スメハラ」にもつながりかねない口臭。実は、世界的にみても日本人の口臭はキツいと悪名高いのだ。
それを裏付けるのが、在日外国人100人に対して行われたアンケート。この調査によると、「日本人の口臭にガッカリした経験はあるか?」という問いに対して「はい」と答えた人はなんと72%!
また、「日本人にオーラルケアを徹底してほしいか?」という質問に「非常にそう思う」「そう思う」と回答した人の合計も同じ72%だった。
街ゆく外国人にちょっと聞いてみただけでも、「日本は大好きだけど、口臭はひどいね。正直、あの臭いに勝てる国はないよ」とか、「デートした人みんな口がくさかった。歯磨きとフロスが足りてない」といった声が聞けた。
欧米人は、ハグやキスなどのスキンシップが日常的。なので、口臭を含めた体臭全般の評価にとても厳しいという。
「欧米では、『きれいな歯は正しい自己管理の証拠』とみなされます。歯並びもそうですが、口臭がしたり、歯が黄ばんだりしていると、品性を疑われ仕事の担当を外されてしまうことも。
日本人は欧米人よりパーソナルスペースの距離が遠く、また、大きく口を開けて笑うのははしたないという意識があります。口臭を気にする必要に迫られることが比較的少ないこともあって、ケア意識も甘くなりがち」(森下先生、以下同)
また、欧米では抜け歯や銀歯が貧困の象徴と捉えられてしまうため、子どものころから歯科治療や歯列矯正にお金をかけるのが当たり前。
定期的に歯科検診に通いケアを行うのは、日常的な行為として定着している。これも日本との大きな違いだろう。
歯の汚れの4割が取り除けていない
ただ、日本人が歯のケアにまったく無頓着というわけではない。実際に、日本人に歯磨きの回数を調査した厚生労働省のデータによれば、1日に2回行う人が49.8%、3回行う人が27.3%だった。回数だけでみれば、十分意識が高いようにみえる。
それでも口臭を指摘される原因は、根本的なケアの仕方を間違えているからだ。
「歯磨きを何のために行いますか、という質問には、大半の人が『歯についた食べかすを取るため』と答えます。実はこれが大間違い。歯磨きの本当の目的は、歯垢(プラーク)を取り除くことです」
歯の表面にまとわりつく、白くねばついたものが歯垢だ。これは細菌の固まりになっているため、取り除かなければ口内環境を悪化させ、悪臭の原因になる。
歯垢が残りやすいのが、歯と歯茎の境目、歯と歯の間や奥歯などのブラシが届きづらい箇所だ。
「多くの患者さんが肝心な部分を磨けていません。研究結果によれば、歯ブラシだけで取り除ける歯垢はせいぜい6割ほど。残り4割の汚れが残り続けるようだと歯磨きの効果がないんです」
歯の隙間を磨く道具が「デンタルフロス」や「歯間ブラシ」と呼ばれるもの。実は海外では、これらは必ず歯ブラシとセットで使う認識が根づいている。
しかし、日本ではセット使いがまだまだ普及していないのが現状だ。
また、口腔内をすっきりさせるマウスウォッシュだが、使い方を間違えている人が非常に多いという。昼食のあと、口をゆすいでおけば大丈夫と考えてはいないだろうか。
「マウスウォッシュはブラッシング後のコーティング剤として使って、はじめて効果が得られるもの。歯磨きの代わりにはなりません」
日本人の口内環境が悪化しがちな原因としては、医療保険制度の事情も関係する。日本では、すべての国民がなんらかの医療保険に入ることを義務づけられているおかげで、一般的には3割の自己負担で歯科医院に行ける。
しかしその反面、ケアするという意識が薄れ、悪くなったら行けばいいと考えがちなのだ。
「虫歯や歯周病がかなり進行してから来院し、予防治療していれば残せたはずの歯を失うケースも多いんです」
ホルモンバランスの変化も口臭の原因に
口臭にはいくつか種類がある。「病的口臭」と呼ばれる悪臭の原因の多くは歯周病。実は、日本では約8割の人が罹患しているといわれ、“歯周病大国”といっても過言ではない状況なのだ。
「歯周病は静かに進行する。軽度では自覚できる症状がほぼなく気づきにくいのです」
健康なら薄いピンク色をしている歯茎が赤くなったり、腫れがみられる場合、歯肉炎という歯周病の初期症状である場合が多い。さらに歯ブラシを当てて慢性的な出血があるようなら、悪化している可能性が高い。
「最初は歯茎だけの炎症が、悪化するにつれて骨まで達して歯を溶かし始める。重症になるほど健康な歯を取り戻すのは難しくなります」
歯茎が下がって歯の露出面積が増えたり、歯の隙間に食べ物が挟まりやすくなったり、歯がぐらぐらするなどの症状があれば、即、歯科医での治療が必要だ。加齢とともに、歯と歯茎のトラブルは増えていく。
ほかには、生活リズムの中で唾液の分泌が減り口内細菌が増えることで発生する「生理的口臭」にも注意が必要。唾液が減りやすいのは、起床直後、空腹時、緊張時など。口の中が乾燥していると、口臭がキツくなる。
「30代以上の女性は、ホルモンバランスの変化によって唾液の分泌量が減り、生理的口臭が強くなりやすいんです。
例えば、生理が近くなると口臭が強くなる傾向がありますが、更年期や閉経の影響を受ける50~60代の女性はより顕著になります」
加えて、口臭の思わぬ原因となっているのが、舌を出したとき、白くたまり込んでみえる「舌苔」という汚れだ。
ホルモンバランスのせいで唾液量が減ると、より舌苔がたまりやすくなるという。舌苔も細菌の固まりなので、放置せずに舌ブラシで取り除く必要がある。
「朝、鏡で舌を出してみて、白く汚れていたら、専用アイテムで数回ブラッシングを」
自分の口内環境の現状を知り正しいケアを実践すれば、気づかないうちに口臭で人を不快にさせることも少なくなるに違いない。
意外とできていない日本人多数!口臭を防ぐ習慣
毎日のプラークケア
・歯と歯茎の境目、歯と歯の間、奥歯の3か所を重点的にケア(補助アイテムがおすすめ!)
・歯ブラシを歯の面に対して45度の角度に当て、小刻みに優しくマッサージ
医療機関でケア
・2020年から、歯の定期検診にも保険が適用。3か月に1回、もしくは6か月に1回通う
・歯垢が固まった「歯石」は医療機関で専門的なケアを
歯科医が推奨する口腔ケア補助アイテム
磨きづらい箇所は清掃補助器具をプラス。タフトブラシは通常磨きにくい、奥歯の汚れを落とすのに最適。
舌の白い汚れ「舌苔」は、舌ブラシで取り除くことで口臭対策の効果アップに。
また、フロスは歯ブラシだけでは落としきれない歯間の食べかすや歯垢を取り除くため、ふだんから歯磨きに取り入れたいアイテムのひとつだ。
(取材・文/オフィス三銃士)